17,宣言した
声と髪色は覚えている。
生まれた時、フェリシアに名づけをした人。
服装と髪型が違い過ぎて、記憶がつながらなかった。
「フェリシア、どうしましたか」
王様が不思議そうに尋ねる。
茫然と目を丸くしている顔に驚かれたのかもしれない。
「王様が」
フェリシアの父ですよね、とは聞けない。
「あまりに、荘厳なお姿に」
声がうわずる。
「驚き、緊張しております」
「それはそれは、美しいお嬢さんを困らせてしまい申し訳ない」
王様は、そう言うと、かがみこんだ。
膝を床につける。
俺より低い目線になる。
会場全体が、ざわつく。
そして、俺の手を取り言うのだ。
「こんな可愛らしいお嬢さんが、王太子の婚約者に選ばれるかもしれないのだね」
王様が、膝まづく。
周囲の冷ややかな目線が背中に突き刺さる。
違う。
きっとこの人は、久しぶりに会った娘の顔をよく見たいだけだ。
たぶん。
「あなたの母君はよく知っている方だった。
その顔には、面影が色濃く。
とても懐かしい気持ちになるよ」
「母をご存じなんですか」
「とても、よく」
目を細めて笑う。生まれた頃、フェリシアを抱いて、同じ顔をしていた。
「私は、あまり母を知らなくて」
母……?。
「フェリシアの髪色は似ている。
明りに照らされた髪色は、母君にそっくりだよ」
じゃあ。
王太子様とフェリシアは、異母きょうだい。
そして、このままだと、婚約破棄から地方へ飛ばされて、殺される。
首をはねられて。
雨の中で、俺はフェリシアの代わりに命を落とす。
「王様、恐れ多くも」
声は震えていた。
足も震えている。
「私、フェリシアは、王太子様とは」
今ここで、何も言わないで去れば。
「婚約したくありません」
きっと後悔する。
「フェリシア」
俺の言葉に驚いたのは父だった。背後から向けられた棘のある声。
振り向けない。
父の顔を見るのが怖い。
王様はじっと俺を見つめている。
「それはなぜだい」
本当のお父さんである王様の顔は平静だった。
「私は」
婚約したら、殺されるから。
とは言えない。
きょうだいとの婚約についても、触れれない。
「私は」
フェリシアを助けたいだけで、ここまできただけなんだ。
「待っている人がいます」
「待っている人」
王様が静かに問う。
「十六歳になったら、会いに来てくれると約束しています」
王様が、父の顔を見る。
そしてゆっくりと立ち上がる。
俺は顔をあげ、まっすぐに王様を見つめる。
「どうしても、その方に会いたいのです」
レオンの姿をしたフィーに会いたい。
婚約しないで、会って。
大丈夫だよって言ってあげたい。
一緒に、8年先も生きていたい。
「フェリシア、君の気持ちは分かった」
会話はそこで止まった。
王様がふいっと横を向いた。
俺は小さくお辞儀をした。
「フェリシア。こっちへ」
父が俺の腕を引く。
「お父様」
父に腕をつかまれ、背中を押され、無理やり歩かされる。
速足で、靴音が甲高く耳にさす。
怒ってるようだった。
ラルフの元へ連れられて行く。
「例の山で出会った少年だね。フェリシア」
「はい」
「彼を待っていると言うのかい」
俺は黙って頷いた。
父が、思い切り大きなため息を吐いた。
ラルフの前にきた。
「この子を、少し外へ」
「かしこまりました。旦那様」
事情を察したラルフは真顔で父より俺の手を受け取る。
すぐさま父はきびすを返す。
王様の元へずんずん歩いていく。
「ごめんなさい。お父様」
父の背につぶやいた言葉はきっと届いていない。
大人の事情を壊す、子供の一言にいら立っているのかもしれない。
それでも、婚約はどうしてもしたくなかった。
後で後悔してもきっと遅いんだ。
☆
ラルフに手を引かれ、会場の外で出た。
俺の背を見送る会場の視線は、場を離れるごとに感じなくなった。
一瞬の出来事は忘れ去られた。
後は、もとの大人の時間へ戻っていく。
夜風が冷たい。
庭先にちょうどよくベンチが置いてあった。
俺とラルフは並んで座った。
「何があったのです。お嬢様」
「怒られることを言ったみたい」
「いつものことです。何も驚きませんよ」
ラルフは、あきれた声で首を振った。
「あのね。婚約したくないと言ってしまったの」
「……何を言い出すかと思いきや」
背もたれから崩れ落ち、片手で額を抑えた。
「ダメなのかしら」
「はい。ダメです」
「じゃあ、どうしたら良かったのかしら」
「わかりません」
「ラルフ?」
「大人の決め事に、子どもが割って入るなんて。
どんなに頭をしぼっても浅知恵でしかありません」
婚約して、破棄されて、追放されて、殺される。
そういう流れなんだってラルフに言って、分かってもらえるだろうか。
「16歳になったら、学園に行くでしょう。
その時に、約束しているの」
「約束?」
「平民でもがんばれば、入学できるのでしょう。
だから、来るって。
来るって言うから」
「あの村の子供ですか」
「そう。約束してるの」
「そんなの村人は忘れていますよ」
「忘れてない。
レオンは、絶対に、忘れてなんかないわ」
「やめてください。そんな夢物語を信じているなんて」
忌々し気な顔になって、声が荒ぶる。
ラルフは知らない。
フィーと俺の過去。
その過去を引きづったつながり。
出会い、約束。
その重さを今ここで、説明するのは難しい。
「婚約したくない。
それだけよ」
それは本当。
「レオンは関係ない」
ここで、言い張っても、信じてもらうのはきっと難しい。
「それにしても、
村人を理由に、婚約を辞退しただなんて。
呆れて何も言えませんよ」
「そうね」
「そんなに、婚約がお嫌なら他にもっと上手なやり方もあったでしょう。
わざわざ王様の目の前で宣言しなくても、旦那様を通して話すなど、やりようはあったはずです」
「そこまで、考えられなかったわ」
「小さなお声だったので、王様と旦那様しか聞いていないかもしれません。
旦那様が真顔でこちらに歩いてきたときは、心臓がつぶれるかと思いました」
「ごめんなさい」
でもこれで、一番言いにくいことを、一番伝えにくい人へ、つなげられたってことなんだよな。
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