13,夜の密会
目覚めたら、ふかふかなベッドの上だった。
装飾の施された天井。
やわらかいシーツ。
山へ行ったのが夢のようだ。
柔らかい土を踏んで登って、石がゴロゴロころがる斜面で転んで。
子どもたちに助けられた。
そうだ、レオン。
俺はレオンに出会った。
あんな都合よく、レオンがいて、フィーの魂が宿っていたなんて。
体を動かそうとすると、足に痛みが走った。
「っつ」
声も出ない。足を抱えようとすると、腕も肩も全身に鈍痛が走った。
体自体いつもの何倍も重く感じた。
「体が重いし、痛い……」
「目覚められましたか」
ラルフの声だった。
「ラルフ?」
「山で寝入られて、迎えに来てくれた村人に背負われてここまできました」
夢じゃなかったんだ。
ラルフは怪我をした。治したとはいえ、大丈夫だろうか。
「怪我は」
「幸い、大けがは免れました」
静かなため息交じりの口調。
ラルフもそうとう疲れているのではないだろうか。
「ごめんね。巻き込んで」
「ひとりで行かせられません」
「私、ちゃんと山に行ったのね」
「ええ」
「夢かと思った」
レオンに出会ったのも。レオンの体に、フィーの魂がいたのも、本当だったのだ。
「良かった。本当に良かった」
涙がでてきた。
フィーがいた。
この8年間、ずっと気に病んでいた。
俺だけが生まれ変わっていたらどうしようと。
フィーもまた、生きていてくれて、本当に良かった。
「もう少し休まれますか」
ラルフが心配そうにのぞき込んできた。
「うん、怪我大丈夫だった?」
「幸い、骨もおれておりませんでした。あの斜面を転げ落ちたのに、大きな怪我無く奇跡のようです」
「うん。良かった」
ちゃんとラルフの傷も治せてた。
安心したら眠くなった。
体も重い。
俺は、そのまま静かに目を閉じた。
☆
昼間寝すぎたからかもしれない。
夜なのに、目がさえている。
体が重く、かすかに痛い。
寝て、起きて、食べて、また寝て。
休み過ぎたせいか、眠くならない。
ベッドから出て、窓へ向かう。
カーテンを開くと、月も星もまたたいていた。
懐かしい村の夜空だった。
ほっとする。
そんな夜空の真ん中に何かが良勢いよく飛びだした。
それは、一瞬で窓の柵に絡みつく。
縄が硬く巻き付けらた石。
窓を開く。
石に巻き付いた縄が柵にこすられ、ぎしぎしと鳴る。
身を乗り出すと、人影が見えた。
縄をつかみ、壁伝いにのぼってくる。
誰だ? と思う間に、その姿が月明かりに照らされあらわになる。
「レオン!」
あっという間に二階の窓辺まで登り切り、柵を乗り越えてきた。
身軽な身のこなし。
軽やかに、窓の桟を踏み、室内に着地する。
群青の髪が月明かりに照らされ、青白い光沢をもって柔らかく舞う。
こげ茶の瞳が艶やかで、見つめられた時、身がすくんだ。
なんてきれいなんだろう。
フィーを初めて見た時も思った。
彼女の魂からもれる何かが、きれいなんだ。
元は自分の体なのに、別人が宿るとこうも雰囲気が変わるものか。
あのおとなしい気弱な女の子が、芯の通った男の子になっている。
俺はフィーではないよ、と言われても納得してしまいそうだ。
「同じ体なのに、魂が違うと別人みたいだね」
フィーがゆっくりと近づきながら、つぶやく。
俺と同じように感じていることに驚いた。
「私が入っていた時は、もっと陰気臭い女の子だったもの」
思わず一歩引きさがる。
窓辺が背につき、もう後ろはない。
フィーの魂を宿したレオンの姿から目を離せなかった。
「誰かの顔色を窺って、周りから見ておかしくないかってバカみたいに気に病んでた。
本を読んだり、勉強したりするのが好きなんだって、自分に嘘ついて。
一人でいることが多かった。友達なんで誰もいない。
今振り返っても、かわいくない女の子。自信なくて、うつむいてばかり。愛想笑いばかり浮かべてた」
目の前にいるのは、自分のようで自分でない。
記憶のフィーとも違う。
知らない人みたいだ。
「フィーなんだよね」
尋ねる声は震えていた。
レオンの手が伸びて、フェリシアの月明かりに透ける淡い金の髪を一房握る。
「怖がらないで。
会いにきただけだから」
「会いに?」
「夜に忍び込もうと前々から考えていたんだ。
まさか、お嬢様が単身山までやってくるなんて想像していなかった」
「晴れてたから、絶対に山にいると思ったんだよ。昔の俺なら、そこにいるって」
「今はお嬢様でしょ。無茶しないで」
フィーは笑みを浮かべ、からかうように言った。
俺はちょっとむっとした。
「ラルフと同じこと言うのな」
バカにされているようで少し面白くない。
一転、フィーの目から笑みが消える。
「仲いいんだ、ラルフと」
こげ茶の瞳がまっすぐ突き刺さってくる。
「そういうわけじゃないよ。同い年だから、一緒にいるだけだよ」
言い訳みたいだ。
「私がフェリシアだった時、ラルフはお兄様付きだった。
優秀だったから、お兄様が重用していた。
私は、ラルフを怖がってばかりだった。
一緒に行動するなんて、ありえない」
やはり、例の怖い子供の執事って、ラルフのことだったんだ。
「フェリシアの体に、レオンの魂が宿ることで、行動が変わり、出来事が少しづつ違ってきているね」
眼光がするどい。
見据えられたら、身がすくむ。
目をそらしたい。
「フィー。なんか、怖いよ」
「ごめんね」
フィーが笑った。
「色々考えすぎてさ」
「座ろう」と促される。
窓の下に二人並び、足を投げ出して座り込んだ。
「フィーはさ。ずっと村にいたらいいよ」
「どうして」
「村にいて、フェリシアと関わらなければ、きっと死なないよ」
「それに納得すると思う?」
「わからない。ただ、フィーには俺の体の中でも、生きていてくれたらいいと思ってた」
そう、だからフィーが無事で生きていることを確かめたかったんだ。
「今は、フェリシアが君で。こっちがレオンなんだよ」
「フィー?」
「君が、宰相のお嬢様で、俺はただの村人なんだ」
「そうだね」
「表向きは身分が違うんだよ」
「だから、関わらなければ」
レオンの人差し指が、俺の唇にそっとふれる。
「君はフェリシア。
今のレオンじゃ、フェリシアの人生にかかわることなんて、絶対にないし、許されない。
たとえ、母さんが元聖女で、父さんもそれなりの身分の人のようでも、許される肩書は何もない」
俺は、ずっと自分が村人であることに疑いもなかった。
自分の家に秘密があるなんて思ってもみなかった。
「フェリシアの人生にかかわりたいと思うなら、並みの努力じゃダメだ。
17歳まで王都の学校で学んだことを全部使ってでも、君のそばに行こうとしないと。
フェリシアの人生には手が届かない」
なんだろう。このまっすぐな目をした男の子は。
「変化は16歳の王都の学び舎から始まる。
それまでは、籠の鳥だった。
婚約の正式発表、妬み、そねみ、濡れ衣、婚約破棄からの追放。
村に来てからの様子は、見ての通りだ」
フィーの寂しげな姿が思い浮かぶ。
「フェリシア一人でそんな道を歩かせる気はないよ」
この男前な子は何を言い出すのか。
「王都の学園は平民にも門戸を開いている。
それは狭き門だけど。
俺はその試験を受けに行く」
そんな制度があるなんて知らなかった。
「お父様は、商家や下級貴族の第三子以下の優秀な人材を重用するために、難しい試験を用意して、門戸を開いた。
お父様自身も下級貴族の出でありながら、王様に認められて出世している」
今のレオンは俺の姿でありながら、俺じゃない。
「村人が、のこのこ王都に行っても下働きだ。
フェリシアの住む屋敷に入ることは許されない。
だから、決めたんだ。
一歩でも、君の近いところへ行くって。
もし、フェリシアの中にレオンの魂が入っているなら。
持っている知識と力をすべて使って、君のそばへ行こうって決めてたんだ」
☆
月に雲がかかり始め、レオンは窓から出て行った。
裏庭を一人横切っていく背を見つめる。
振り向くことなく、その姿は山間に消えていった。
しばらく茫然と彼が消えた静寂を眺めていた。
心音が奇妙に大きい。
「なんだよ。あの男前なの」
俺はうずくまって、膝を抱えた。
耳鳴りのように心音高く、頬も発熱したように熱い。
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