1,これは気まずい
初投稿です。よろしくお願いします。
1話ごと毎日投稿予定です。もうすぐ完結します。
晴れた日は放牧犬と一緒にヤギとヒツジを連れ、山近くの原っぱに行く。
俺こと、レオン・エルファーの習慣だ。
山へ向かう道沿いに、こぎれいな二階建てのお屋敷があった。
貴族の別荘であることは村の誰もが知っていて、知らないふりをしていた。
ほんの数か月前、そんなお屋敷の窓辺に女の子が現れた。
また数週間くらいで帰っていくのだろうと誰もが思っていた。
なのに、一向に帰る気配がしない。
彼女はまるで一人で暮らしているように静かにたたずんでいた。
遠目に見える姿は、窓辺のかざりのようだった。
村娘とは違う。服装や髪飾りからわかる。
村娘なら、笑いながら、井戸の水を汲んだり、畑仕事をしたり、長女なら下の兄弟のお世話をしている。みんな太陽のもとで働き、肌はあさ黒くなる。健康的で、遠慮がなく、ちょっとだけ怒りっぽい。
彼女の肌は白い。髪は薄い金色。タンポポの黄色さよりもっと透明で明るい色。
あんなに明るい髪をした村娘もまたいない。
何より村娘は髪飾りなんかつけない。仕事しやすく、後ろでまとめてしばっているだけだ。
青い髪飾りが、ただの女の子じゃないって物語る。
今日もほら、やっぱり、ぼんやりと外を眺めて、窓辺に座っている。
寂しそう。
哀しそう、なのかもしれない。
あんな今にも泣き出しそうな無表情を見ていると、胸が締め付けられるような痛みを感じてしまう。
「おい」
いきなり背後から、太くかすれた声がした。
誰かに見られていたことに、驚き、おそるおそる振り向く。
「あっ。こ、こんにちは」
見られてはいけない姿を見られていたような気分。
渋い顔をした馬にのる初老の男が俺を見下ろす。
「ここで何をしている」
威嚇されているようで、逃げ出したい。
「えっ、いや、なんと言うか。
ここに、人が住むようになったんだなって。
ずっと空き家だったから……」
女の子見てましたなんて、正直には言えない。
「まあ、もとは貴族の別荘だからな」
男はため息まじりに言った。
「へえ、やっぱり」
思わず彼女を見てしまう。
あの子は貴族様なんだ。
「だろうと思った」
「なあ、ぼうず」
呼ばれて振り向くと、あごを撫でながら、男がまじまじと俺を見ていた。
いつの間に馬からおりたんだ。
「お前、ここで働かないか?」
「はっ!」
俺が。貴族の屋敷で。まさか、つとまるわけないだろ。
「たまにここで立ち止まって見てるだろ。お嬢様を」
見られてた、いつ。かっと頬が熱くなった。
「だれも、気味悪がって近づかないのにな」
くくっと男は笑った。
「訳ありそうな貴族様とかかわる面倒ごとは大抵嫌だよな」
「そりゃあね」
見ていたっても、子供の背ぐらいの石壁の向こうをちらっと見ているだけだったじゃないか。
そんな一瞬を誰かに気取られているなんて思うわけない。
「本当は、村から二人ぐらい雇いたかったんだよ。力仕事に男一人、メイドに女一人。まだそういう雰囲気ではないなって思ってたんだ。お互いに」
「お互いに?」
「そう、お嬢様も、村の住民も」
そりゃそうだろうなあ。いつもなら、少し滞在して帰っていき、俺らとはかかわりを持たない貴族様だ。こんなに長く、しかも子供だけで居させられるのをいぶからない大人はいないだろう。
「なあ、ちょっとよって行けよ」
「俺はヤギとヒツジに草を食べさせに行かなくちゃいけないんだ」
貴族とかかわって、いいことなんてない。
「庭の草じゃダメか」
残念そうに男は言う。
「……まあ、いいけど。
今日ぐらいなら」
今日だけだ。今日だけ。
貴族とかかわってつらいのはこっちなんだから。
ありがとう。男はそう言って、鉄製の扉を開けた。
馬を引き、こっちだついてこい、と顎で示す。
屋敷へと通じる短い道がある。その横に広がる庭に草がたくさん生えていた。
男が言うには、人手が足りなくて刈れないそうだ。
ヤギとヒツジが食べてくれたら少しは楽じゃないかと言う。
難を言えば、やつらはフンをするから、少し臭くなるってことぐらいだと返したら。
そこまで考えてなかったなと笑った。
玄関先で止まる。
「ぼうず、名前はなんて言うんだ」
「レオ。レオン・エルファー」
「俺は、ドリュー・カスバート。昔、騎士をやっていたんだが、引退してね。隣村が故郷なもんだから、ここには通いで来てるってわけだ」
こっちも訳ありかよ。
俺、なんか沼に足を踏み入れてないか。
「馬小屋に馬を置いてくる。少しここで待っていてくれないか」
「その間に、家畜を放してもかまわないかい」
「かまわない。そういう約束だ」
男こと、元騎士ドリューは屋敷の左手向こうに見える小屋に向かって歩き始めた。
俺はヤギとヒツジを放して、あとは放牧犬にまかせた。
途中足を止めて、窓辺に向かって話す様子がある。彼女がいる場所だ。
ドリューは俺の方を見て手招きした。
俺は恐る恐る近づく。遠目で見ていた彼女がいる窓辺へ近づく。
「お嬢様。さっき話した。レオンです」
お嬢様はじっとこちらを見て、
「はじめまして」
と、軽く頭をさげた。
しぐさひとつきれいだ。父さんと街に行き、飾ってあった人形を思い出す。
「は、はじめまして」
あっ、やばい。声がうわずった。
お嬢様はちょっと目を丸くして、ふわっと笑った。
「緊張しないで」
きれいな笑顔。
「私、もう貴族じゃないのよ」
「えっ、
だって。ここは貴族のお屋敷だって」
「そうね。そうなんだけどね。私は、貴族ではいられなくなってしまったの」
語尾が小さくなって、彼女は下を向いた。
俺には、知りようもない何かがこの子にはあったのだろう。
今までの人生を失って、ここにきて。
一人で、窓辺にいたのかな。
「だから、あんなに哀しそうだった?」
「……哀しそう?」
彼女が目を丸くする。
俺、変なこと言った。やばい。
「えっと、遠目から見て、……何となく」
彼女はじっと俺を見て、そうね、とつぶやいた。
「きっと、私、哀しかったのね」
突然彼女の目が潤みだし。 はらはらと涙を流し始めた。
「あ、あの。俺、なにか」
悪いこと言ったか。
「違うの。
違うの。
ただ、ただ……」
俺はどうしたらいいかわからなくなった。
助けを求めようとドリューをさがすも、彼は馬を連れいなくなっていた。
とめどなく、流れる涙。
彼女は両手で顔を覆いながら、泣き始めた。
女の子が目の前で泣くのって、こんなにも気まずいものなのか。
しかもこれでは俺が泣かせてしまったかのようじゃないか。
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