親ガチャって言葉が流行ってんなぁ/ご挨拶
皆さんもご存知の親ガチャ。
その言葉がいいとか悪いとかという論議が巻き起こってたみたいですね。
親にしてみれば、あまり響きが良くない言葉だと思います。
そもそも「ガチャ」という言葉自体が、プレイヤー当たったキャラクターに対して「アタリ」「ハズレ」を上から目線で言ってる状態になります(元々のゲームに上から目線も何も無いが、ゲームだから「何も無い」が成り立っている)。
だから、親の立場になっている人にとっては、「失礼だ」と怒りたくなる言葉だと思います。
毎日汗水たらして働いて、そのお金の殆どを自分を差し置いて子供のために使って(=自分の幸せのためではなく、子供の幸せのために厳しい労働の対価を差し出して)いるのに、その子供に「ハズレ」なんて言葉を使われたら悲しいでしょう。
ましてや、恋愛結婚が当たり前になっている現在、現在のパートナーとの関係性がどうであれ、好きな人との子供にそんな事を言われたらたまったものではないでしょう。
とはいえ、そんな一生懸命な両親の元に生まれなかった人間は、親ガチャという言葉を使って茶化さなければ、やっていられないのですよ。
今回は、それが私だ!と、いい年した私・Kは言いたいわけなのです。
何をもって親ガチャハズレとするのかと言うと、
①遺伝
②育ち
③愛情の有無
の3つの要素が、判断する基準として重要じゃないかな?と思います。
まず①遺伝について。
これはブスの遺伝子とか、ハゲの遺伝子を受け継いでしまったって話ではありません。
自分の場合で言うと、父の統合失調症の遺伝子(統合失調症の因子は遺伝する要素が高い)とか、両親の発達障害がそれに当たります。
糖尿病とか高脂血症リスクも高い筈です。とにかく、そういう健康に関する遺伝子って、自分じゃどうにもできないことですよね~
とはいえ、健全な心を育んでいれば、身体が病気だろうと、うまく折り合いが付けられる可能性が高いのではと思うのです。
心の病気は、それすら難しいと感じます。
で、自分が親の遺伝を受け継ぐのも困る要素があるという事は、自分が親に育ててもらっているうちに、親がその要素により病む事も大いに有ることだと思います……
そして子供である自分が、病んだ親から逃げられずに子供らしく生活できず、アダルトチルドレンになるという二次被害が出てしまう。
そして世間で相手にされない人間として育った子供は、同じような境遇の人間としか話が合わなくなってしまうと思います。
結果、親ガチャ負の連鎖が始まるという地獄が続くんですね……。
何も対処しなければ、の話ですが。
次に、②育ちについて。
まあこれは、親が子供を産んだ環境と言い換える事もできるかもしれませんね。
自分が生まれた家庭の経済状況や、教育レベル、そして付き合っている人間のレベルといったところでしょうか。
子供が育つ上で、考え方にかなり影響を及ぼす要素だと思います。
一概に色々判断できない例を挙げると、裕福な家庭に生まれても卑しい性根の人に囲まれて育った子供とか、貧乏な家庭に育ったけれども情け深い人に囲まれて育った子供の場合でしょうか。
一番複雑な要素を持つのが、ここだと思います。
そして③愛情の有無について。
その子供を一番に見る親(多くは両親)が、どれほど子供を認めてやり、同時に子供がこれから生きていくために必要なことを学ばせてやれるかを考えて、育てていけるか……という事ですかね。
よく「子供を産んだら自然と親になる」という言葉を聞きますけれど、それは他人を大切にできる心がきちんと育まれてきた人間にのみ起こること。
「ガチ」の親ガチャハズレ組は、そうでない男女が子供を作ってしまった悲劇によって、人生をスタートさせる羽目になります。
虐待する親やネグレクトする親ってのは、ある意味他人を大切にできるように育てて「もらえなかった」被害者の子供が、そのまま育ってしまった姿でもあると思います。
彼らの行いは人として許されないことではあるのですが、非難されたとて「なぜ非難されているのか」を本当の意味では理解できないのです。
なので、親ガチャハズレだった人間は、自分もまた「親ガチャハズレ」だと、自分の子供に言われる可能性が高いということでもあると思います。
あくまでも可能性が高いだけ、ですが。
最近では、親ガチャハズレ勢が目立つ世の中になってきていますが、辛い中でも強くたくましく生きていけるようになっていけたらいいですよね。
私もまた親ガチャハズレ勢ではありますが、カウンセリングを受けたり、会社でなんとかやっているうちに、だんだん気持ちが変わってきました。
まだ前向きに生きていきたいな〜と思えてはいないのですが、「死にたい」と冗談混じりにでも言いまくっていた10年前とは大分変わったのではないかと思います。
小説家になろう様で、このような形で自分の事を書くのも、一旦やめさせてもらおうと思います。
もしまた書くとしたら、違う視点や違う形で書きたいと思います。
今までありがとうございました!




