彼氏いた≠恋愛した。
恋愛と友人、学生時代の生活について殆ど触れない(克服できてなくて触れられない)私ですが、今回は恋愛について触れてみようと思います。
タイトルの通り、私は付き合ったことは2回あれど、恋愛したことはありません。
2回とも相手の方から「好き」だと言われ、付き合ったからなんです。
私自身も相手が好きではないものの、付き合ったら好きになることもあるかな?と思ってOKを出していたからです。
あっ、これは自慢ではないですよ。自慢にもなりません。
なぜかというと、今以上に意思薄弱で性格が悪く、相手の気持ちが分からなかった私は、若さ以外に取り柄がありませんでした。そんな私でもいいと思う人なんて知れてます。
その目的も、エロいことしたいとか、ただの依存とか、そんなところだったのではないかと思います。
だから、20歳の時にはじめて付き合った人は、台湾人のイキった31歳の男の人でした。
当時「外国人と付き合えるなんて、自分マジ凄くね?!」と自分も調子に乗って痛かったので、似たもの同士のカップルですね…
とはいえ、付き合った当初は優しくしてくれたものの、一ヶ月もしないうちに遅刻したりキレたりし始め、すぐに分かれました。
今なら地雷だとすぐに分かるのですが、初めて彼氏というものができた喪女の私としては、もし一人ならなかなか相手を切ることができなかったでしょう。
たまたまカウンセラーの先生に相談していて、強く反対されたから一ヶ月程度で手を引くことができました。
付き合った時の当初から、「俺は映画レッドクリフの主演・林志玲と知り合いだ」だとか、彼は今思えば(今思えばかい!)色々怪しいことを言ってました。
※私が高校生の時にレッドクリフにハマって、大学時代に何度もレッドクリフを見ていた話を、台湾人の彼にしたからこの話題になりました。
でも、別れ際になると、「俺は台湾では、火炎瓶を投げて車を燃やした」とか「親父はヤクザみたいな、力を持った裏の人間だ」とか言って、擁護できない香ばしさが漂ってましたね。笑
その後、ホームレス時代を過ぎて貧しい中バイトしている時期、バイト先の先輩に告白されて付き合いました。
生活も安定しておらず、生きることになんの楽しみもなかった私は、寂しさから縋るような思いでOKを出しました。
先輩も、「男は肉と米しか食わん(本当は好き嫌い多いだけ)」とか「フォークとナイフを使うなんて男らしくない(ファミレスでの発言。本当はうまく使えないだけ)」とか言ったりと、なかなかのイキリ系でした。
でも、台湾人と比べると優しいところも多く、生活が苦しい私にコンビニで色々買ってくれたり、居酒屋でご飯を好きなだけ食べさせてくれました。
逆に、そこで感謝が無かった私がやばかったですね。
よく先輩は、可愛げのない私に奢り続けてくれました。…まあ、奢る自分に酔っていたというのも、大いにあると思いますが。
とはいえ、私の彼氏になる人なので、ただ優しいわけがありません。
彼は仕事場の近くに住む私のワンルームのアパートに入り浸り、よく眠ってました。彼は激務に疲れていたのですが、流石に何時間も毎日のように居座られれば、私もしんどかったわけです。
でも…その当時も人に面と向かって文句を言えなかった私ですから、本人にちゃんと不満を伝えてなかった気もします。
あれ?自業自得じゃん…
そんなわけで、イキリ同士が一緒になった結果、互いに本音を伝え合うことなく分かれました。
最後は確か、バイト先で他の女の子に「○○さんは海行かないの?水着着ないの?遊びに行こうよ」とニヤニヤしてたのがキモかったから、私が文句を言って分かれたハズ。
こういう記憶は、だいたい自分の都合のいいように覚えているからアテになりませんね。
一応自分の中では、そうなってます。
今現在では、自分自身の恋愛については諦めてます。
正確に言うと、「今の自分」には恋愛はできないけど、おばあちゃんになってからでも好きだと思える人ができれば、それでいいのでは?という考えになってます。
結婚は絶対向いていないので、奇跡()が起こらない限りしません。子供も絶対に欲しくない。絶対虐待してしまうと思います。
毒親を持つ人あるあるだと思うのですが…自分が親になったら、子供に「自分が親にされてきた仕打ち」をしてしまう傾向があるようなんですよね。
そしてカウンセリングによって、自分のそういう面について強い自覚があります。それが消えないうちは、絶対に子供は作るべきではないと思っています。
その一面は、私の書いた話のキャラクターにも現れています。
大概のキャラクターの恋愛関係は、シンプルに好きな男女の関係性だけでなく、なんらかの主従や上下関係があります(最近気づきました)。
自分が思うに、これは家族間で愛情のやりとりが無かったために、恋愛のみによって築かれる関係性が分からないからだと思います。
毒親との関係性は、完全なる主従関係ですから、どこかにその要素を薄めて入れないと、不安になってしまうのでしょう。
結局、書き手の自分が、一番愛情を信じられていないのです。
いやあ、通りで普通の話が書けないわけです。笑
なろう小説はバカにされがちですが、私はすごいと思います。
少なくとも売れてる作品は、わかりやすいストーリーの中にでも、キャラクター同士の愛情交換がきちんと描かれています。
それがご都合主義だったり、男や女の理想を具現化しすぎた、正直すぎるものであるのは否定しません。
けれど、私には絶対に書けないものなのです。
そんな私ですが、自分の自己満の為に、なろうの隅っこに居させてくださいね。笑




