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23. 逃げられる道




 都市には避難所がある。

 灰人が攻めてこられない地下深くに、人が避難出来るような広い空間があり、騎士と灰人との戦闘が終わるまで住民はそこに逃げ込むようだ。


「あの警報は異常事態発生を報せるものでした。今までやってきたものとは比べ物にならない数の灰人が押し寄せてきた合図です」


「そ、それと戦う騎士団は、どうなるんだ?」


「…………騎士は戦場から逃げることを許されません。灰人が滅びるか騎士団が全滅するか。どちらかが倒れるまで戦いは続くでしょう……可能性は、絶望的です」


 それでは地下の避難所に逃げても助かるとは限らない。

 だからって外に出ることも叶わない。今頃、外は灰人で溢れ返っているのだろう。そこに飛び出すなんて、自殺行為以外の何ものでもない。




「──アッシュ!」


 リーゼロッテの声が聞こえる。

 試験の時に着ていた鎧姿で、彼女はこちらに駆けて来た。


「リーゼ。どうやらここは危ないらしい。一緒に逃げよう」


 ほら、と手を差し出す。

 しかし、リーゼロッテはそれを握らなかった。


「……それは出来ない。私は灰人と戦う。まだ正式加入したわけではないが、少しでも騎士団の力になりたい」


「そんなっ……いくらリーゼちゃんでも無理だよ! アッシュさんの言う通り、一緒に逃げようよ!」


 アンナは悲痛に叫ぶ。友人がわざわざ死地に飛び込もうとしているのだ。そんな彼女を止めるのもまた、友人の役目だ。


「私はこの剣を持った時から、もうあいつらから逃げないと誓ったのだ。二度と灰人を前にして背を向けないと、あの日……」


 剣を掲げ、リーゼロッテは覚悟を今一度固いものにした。

 ──ふざけるなと、そう言いたかった。


「なん、だよ……それっ!」


「アッシュ……?」


「どうして死にたがる! お前は俺に話してくれたじゃないか。イルフレイムを目指すって。あいつに、女王に会って謝罪するって……! 今死んだらお前がやってきたことも、その目標も、何もかもが無駄になるんだぞ!」


 信念のために動くのは悪いことじゃない。

 だが、それで無駄に命を散らすのは悪いことだ。


「無駄ではないさ」


「……っ!」


「逃げることは出来る。生きることを第一に考えることも出来る。だが、騎士は民を守るものだ。私は、そうでありたい」


 ……ああ、ダメだ。

 俺達が何を言っても、彼女はその心を曲げない。


 こう言った強情な女を見たのは、これが初めてではない。

 この騒ぎの元凶となったイルシェーラもまた、己の信念の元に動いている。




「みんな、自分勝手過ぎるんだよ」


 気が付けば、その言葉は無意識に飛び出していた。


「なんでそう簡単に諦められる! どうしてそこまで騎士であろうとする! 怖くないのか!? あいつらが、灰人が!」


「怖いさ。とても怖い。灰人の恐怖は何度も味わってきた。その度に私は守られ、そして何度も逃げてきた」


 だからと、リーゼロッテは言う。


「次は私が皆を守るのだ。この身を呈して、何としてでも皆を守ってみせる」


「無茶だ。絶対に死ぬぞ。人は簡単に死ぬ」


「わかっているさ。だから覚悟を決めて屋敷を出てきた」


 ──それでも曲げられないものがある。

 リーゼロッテは、俺の初めての友達は、どこまでも真っ直ぐだった。


「だが、やはり怖いな」


 リーゼロッテは無理をしていた。

 それは誰が見ても、同じ感想を抱くことだろう。


「だから、これは最初で最後のお願いだ」


 にこりと、彼女はそれまでの緊張感を思わせない表情で微笑む。


「──私を助けてくれ、アッシュ」




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