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第6話 死に場泥棒

「よおし」


 扉の向こうで声がした。


 出来るだけ体力を使わないように扉の傍で座ってじっとしていた俺はすばやく立ち上がって、壁に張り付き息を凝らす。


 チャンスは開いた瞬間だ。こちらは長いことこの暗闇の中におり、目が慣れてきている。それに対し相手は暗闇のなかで動くものに対して対応しきれないだろう。


 相手が一歩踏み出した瞬間にその足を払い羽交い絞めにし、無力化する。荒事は避けるようとのことだったが、捕まるよりはマシだろう。



 ぎぎぎぎという音が響き、ゆっくりと扉が開いていく。


 息を凝らしてあまり光を見ないように足元のほうへ目を向けて待機する。


 足が一歩踏み出す。

 その刹那右足をスライドさせ足を払い、体勢を崩した相手の背に入り、羽交い絞めにする。


「ちょっ、なにするの。離しなさい」


 女性の高めの声が響く。振りほどこうと腕を動かしているが、さすがにその細い腕では俺の腕を解くことは出来ない。


 ごっつい男がやってくることを想像していた俺は、相手があまりにちっちゃいうえ、女の子であることに驚いていた。だが、まだ他にも人がいるかもしれない。ひとまずそのままドアから離れて人質にする。



「離せと言われて人質を離す犯人はいないんだよなあ」


「金森龍介!あなた勝手に名乗っておいて私の声を忘れるとは何事ですの!」

 憤怒した声が俺の耳に届く。


「あ、リサか。確かにそのくらいの小ささだ」


 目が慣れてきていたとはいえ暗くてよく見えていなかったが、確かにリサらしい。それを確認すると俺はすぐさま腕を解いた。


「まったく。わざわざ助けに来たというのに何でこんな目に遭わねばならないのよ」

 リサはぶつぶつと不満を述べる。


「いや、俺もなんとか逃げないといけなかったから必死だったんだよ」

 出口に向かって歩き始めたリサに弁解しながらついて行く。


「こんなとこもうこりごりだわ。さっさと脱出しますわよ」


「それはまったく同感」

 へへへっと笑って答える。



 光のほうへと服の合間を抜けて歩いていくと一つ部屋へと抜け出た。


「タンスの中に扉があったのか。まるでナルニアだな」


 自分が出てきた場所を確認してにやりと笑みを浮かべる。


「ファンタジーの広い世界とは大違いの嘘っぱちせませまファンタジーだけどな」


 まったく屋敷の主もしゃれたことをするもんだ。


「ん、どうかしたか?」


 リサが何かを考えるように顎を押さえているのを目に留め尋ねる。


「あぁ、ナルニア国物語。また、してやられたわね」


 リサはなにやら呟いた後、「なんでもないわ」と言って出口のほうへ歩き出した。



 さっきまで暗くて気づかなかったけど、リサはだいぶ泥にまみれているな。きっとここまで来るのに苦労したんだろうな。

 そういえば助けてもらった礼を言っていなかったな。


 少し駆け足で走り、彼女の肩をぽんとたたき、追い越して口を開く。


「わざわざ泥にまみれてまで助けに来てくれてありがとう」


 あまり世話を焼かれてばかりではいけない。ここから帰るまでは俺が先頭をきるとしよう。まあ、外出てヘリ呼んで乗るだけだけどな。


「全然苦労はしなかったとはいえ、まったく、あなたのせいで厄介ごとばかりだわ」


 後方からため息交じりの声が聞こえるが、俺はへこたれない。というかへこたれるどころか、反発する。


「ええい、むしろお前らが巻き込んだんだろうが! そうでなければいまごろ、ふかふかの芝生の上で夕焼けを眺めてるんだよ」


 適度な速さで通路を駆けながら声を荒げる。


「あなたが立ち入り禁止の看板をしっかり見ていればこんなことにならなかったのよ!」


 リサはまるで速さの順位が正しさの順位かのようにして、俺に負けじと速く走り、俺を追い抜こうとする。


「看板をちゃんと見える位置においておかないのがいけないんだろ!」


 怒号を飛び交わしながら加速していく。が、そんなことは続くはずもなく、しばらくして二人とも肩で息をして立ち止まっていた。



「と、とりあえずだ。ヘリを呼ぼう」


「そ、そうですわね」


 リサは襟元に手をやり無線機を繋ぐ。


「RKを救出しました。ヘリをお願いします」


 俺は窓をリサより先に越え、簡単に乗り越えられるようにと手を貸してやる。


「ヘリを送ることは出来るんですが、少し問題がありまして」


 無線機の向こう側から通信士の声が漏れて聞こえてきている。おそらく俺にも聞こえるように音量を上げてくれているのだろう。


「問題って、なんです? また執事長ですか?」

 リサはうんざりとした声を出す。どうやら『また』と言われるほどに執事長はなにかをやっていたらしい。


「『また』とはひどい言いようですねえ。屋敷付近で呼ぶのは不安定要素が多く危険だということと、ヘリの音で犬が集まって来てしまうのではないかと言うことです。それに魚肉ソーセージもありますし」


 魚肉ソーセージとは何のことだろう。


 頭を抱えるリサを眺めながらどのように脱出しようかと思いめぐらす。


「ヘリを呼ぶ前に適当な位置の木に登って、そのあとヘリに来てもらったらどうだ? これなら犬が集まってもよっぽど大丈夫だろう」


 ヘリの梯子が枝に引っかからないかとか上昇時に怪我しないかという点はあるが、脱出できないとか、犬に噛まれるとかよりはかなりマシだ。


「ふむ、なるほど。それならば問題はなさそうですな。では木に登り終えましたら連絡を入れてください」


 リサは簡単に返答をすると通信を切り、こちらに向き直った。


「というわけで、適当な木のところにいきますわよ」


 リサは森のような庭のほうへと歩き始める。


 適当な位置ということだが、屋敷から5、600メートルも離れていれば十分だろう。



 雨で若干湿った草を掻き分けながら、庭を奥の方へと進んでいく。ぬかるんだ地面は歩きにくいが、慣れてきたのかそれほどでもない。


「ここらへんでいいんじゃないか?」


 ある程度突き進んできたところで、前を歩いていたリサに声をかける。


「ええ、そうね」


 リサはくるりと向きを変えて立ち止まる。


「あの木が登りやすそうだな。まず俺が登って、そのあと上から引っ張り上げてやるよ」


 そう告げると、頭上の枝へと両手を伸ばし、身体を引きつけるようにして持ち上げ、片足ずつ枝に絡ませていく。


 昔取った杵柄というやつだ。幼少期の経験はなかなか覚えているものだ。


 枝を中心に身体をぐるりと回転させ、枝の上へと捩り出た。


「それじゃあ、引き上げるから手を出して」


 俺は折れないように枝の根のほうに移動し、手を伸ばす。


 その刹那。


「ヴァウヴァウルルル」

 恐ろしい咆哮がその場にいるものを耳朶を打つ。


 声の大きさからしてかなり近い。一つの雄たけびに呼応して、周囲から唸り声が飛び交う。


「早く手を!」

 俺は思わず声を荒げる。奴らに捕まったらひとたまりもない。


「こ、腰が抜けて」


 リサは手をこちらに伸ばしてはいるものの、へなへなと座り込んだままでその場を動けないでいる。


 これじゃあどうがんばっても手は届かない。


「くそっ」


 悪態をついて木から飛び降りる。着地の衝撃を膝を軽く曲げて逃がし、すぐさまリサに駆け寄り、その両腕を掴んでおんぶする。


 いくら軽いとはいえ、この状態で木に登るのは不可能だ。


「他の奴らはどこから脱出しているんだ」


 止まっている暇などない。奴らが集まってくる前に動かなくてはいけない。返答を聞く前に適当な方向へと走り始める。


「ほとんどは塀から縄梯子を使って外に出ているはずよ」


 背負われて文字通りお荷物になっていることを気にしているのかリサの声はいつもに比べて張りがない。


「とりあえず塀に向かえばいいんだな。どっちが一番近い!?」


「右よ」


 声に応じて右へと身体の方向を変える。急に曲がると転びかねないため少しずつ右へと進行方向をそらしていく。


「人をやって到達予定地点に縄梯子を用意させるわ」


 リサは通信機を繋ぎ本部と連絡を取りにかかる。


 すでに俺はそちらに思考を裂く余裕はない。未だ姿こそは見えないもののドーベルマンの唸り声は周囲で響いている。


「ヴァウ」


 黒光りした筋肉質な犬が掛け声と共に前方から俺を目掛けて跳躍する。


 半ば本能で頭を下げて回避行動を取る。が、俺が避けては背負っているリサに直撃してしまうことに理性が気づく。


「くっそぉ」


 下げかけた頭を突き出すようにして上に無理やり押し上げる。


 鈍い音が鳴る。


 よもやそのまま突進してこようとは思っていなかったのか、跳躍中で無防備な犬の下顎に俺の頭が突き刺さった。犬の両前足は一瞬俺を捕らえ、爪を肉に食い込ませたものの、昏倒し、力を失って離れる。


 頭に乗っかった犬を首を振って払い落とし、そのまま驀進する。いまや、俺は暴走機関車さながらだ。


 俺一人ならいい。自分のことだ。構わない。だが、他人を見捨てることは出来ない。それはヒーローだとか、いい奴だとかそんな話ではない。もし見捨てたら、俺が俺に自身に後ろ指をさされ、生きていられなくなる。ただそれだけの自己中心的な理由だ。


 俺がそれを許さないから、俺の何をかけてでもそれを守り通す。


 走り続けていく中、相変わらず犬の声はし続けているものの、俺の気迫に圧されてか、飛びかかってくる気配はない。


 気がつけば塀まであと少しというところまできていた。


 正直なところ足はもう限界が来ていた。心臓がバクバクとなる音だけがやけに大きく聞こえる。気力だけで、信念だけで足が動いている。おそらく一度止めてしまえば、もう再び動かすことはできないだろう。


 汗でにじんだ視界の奥に縄梯子のかかった壁を捉えた。


 疲労で靄のかかった思考の中、縄梯子に向かって最後の力を振り絞る。


 不安定に揺れる縄梯子を駆け上がるようにして登る。ぎしぎしという縄の軋む音と共にひたすら上へと進む。


 もう少しで塀の頂上が見えるというところだった。


 疲労に疲労を重ねていた足が縄を捉え損ね、体勢が大きく崩れる。咄嗟に両手でリサを突き上げ、塀の上へと押しやる。その反動で身体は不安定さを増し加え、片足を縄に引っ掛けたまま天地を反転させ、逆さまになる。


 ああ、これはもうダメだ。


 なんとか動かしていた足は、止まってしまったらもう動かない。左足のかかとが縄梯子に引っかかっていて、辛うじて落ちずには済んだものの、這い上がる気力も体力ももう残ってはいない。じきにかかとが縄から外れ、地面まで落ちておしまいだろう。犬の唸り声がもうほんのすぐ近くまで迫ってきている。


「縄を掴みなさい!私がわざわざ救出に来たのに無駄にする気ですか!」

 リサの怒声が上方から降り注ぐ。



 なるほど、あいつも俺と同じで自己中心的な奴らしい。



 逆さまのまま両手でぎゅっと縄を握り締める。足は動かないが手はまだなんとかなる。


 薄れていく意識の中、縄の擦れる音と共に身体がずるずると引き上げられていくのを感じた。


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