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第5話 空間泥棒

「いってー。どこだよここは」


 俺は全身を床に横たえながら呻く。


 なにがなにやら急なことでよく分からない。こういう場合はとりあえず素数を数えるのです。


 37は素数か否かと考えているあたりで、体の痛みもほとんどなくなり、冷静さを取り戻す。


 なるほど、俺はメイドさんに連れられて着いた部屋に入り、落とし穴かなにかで地下に落とされたらしい。


 つまり、俺はメイドさんに騙されたのだ。だが、可愛かったので許すことにする。


「真っ暗でよく分からんなあ」


 窓は一切なかった。部屋の中は薄暗く、先がほとんど見えない。うっすら周りが見えているのは蛍光塗料の類で直接的な光はどこからも入ってきていないようだった。


 ウエストバッグに懐中電灯とか入っていたものかと考え、ウエストバッグに手を伸ばした。


「うむ。バッグの口が勝手に開いていらっしゃるな。事前に主人の気持ちを汲むとは素晴らしいバッグだ」


 俺が開けようとする前に上から落ちてきたときに何かの拍子でバッグの口が開いてしまっていたらしい。


「んなアホなこと言ってないで拾うか。このあたりに落ちてるだろう」


 暗くてよく分からないので周りに落ちているものを手当たり次第に拾っていく。バッグに何が入っているかはリサが教えてくれていたはずだが、すでに記憶に残ってはいない。


 間違えて他のものを盗ってくるなという話だったが、落とし穴の先のこの部屋にあるものは大したものではないだろうし、なくなってもきっと構わないだろう。むしろ、バッグの中にあったものを落としてきて、証拠が残ることのほうがまずいだろう。


「ん、これはもう使えそうにないな。そもそも本当にこれが懐中電灯かどうかも分からないが」


 懐中電灯らしきものは見つかったものの落ちてきた衝撃で壊れてしまったようで、スイッチをカチカチと切り換えても、叩いてみても動きそうになかった。


 とりあえずすべて拾い終わったところで一息つく。


 まずはどこからか外に出て、自分の居場所を確認するべきだろう。場所が分からないと脱出方法も考えられない。


 物を拾い上げているときに様子をみたが、触れた感じではこの部屋はむき出しのコンクリートで囲まれた何にもない小さな部屋だった。人を閉じ込めておくための場所かと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。ドアが一つあったものの向こう側から鍵がかかっているからか、押しても引いても開かなかった。


「ドアが使えないとなると、まあ、通気口だろうな。こういう場合」


 窓がないのだから換気するためには通気口が必要だろう。こういう場合は通気口を抜けて脱出というのが世の常というものだ。


 耳を澄ませばピューピューとここから通れますよと誘う音が聞こえてくる。


 部屋の端を壁伝いに歩きまわり、上を見上げながら通気口を探す。


「あら、人の世の技術進歩は偉大だなあ。人類から無駄な空間や遊び心を盗んでいくぜ」


 もはや減らず口を叩くしかなかった。


 通気口は人が通るには小さすぎた。



****



「最後に信号があったのは確かにその位置なのね」


 私は雲桐邸の見取り図の一点をにらみながら通信士に再度確認をする。


「はい。彼の動向には十分注意していたので、その座標でまず間違いないと思います」


 信号は平面上の位置を示すものだから何階にいたかまでは分からない。それで複数の見取り図を交互に眺める。


 急に信号が途絶えたとなると考えられるのはおおよそ三つ。まず一つは何かの衝撃で無線機が故障してしまった。二つ目は妨害電波で信号をかき消されてしまった。そして、三つ目は無線が遮られてしまうような電波の届かないところに入ってしまったのか。


 二つ目の可能性は、妨害電波で通信が途切れたのなら他の者たちの信号も切れるからないだろう。そうなると、一つ目か三つ目の可能性になるが、さてどうだろうか。


「ん?ちょっと見取り図を見てもらえます?」


 私は建物の構造に違和感を感じて通信士に語りかける。


「見取り図ですか?」


「ええ。なにか違和感を感じるのですが、あなたはどう思います?」

「どうと言われましても、そうですね。一階のほうが二階の部屋より全体的に大きいですね」


 確かに見てみると一階の部屋のほうが、二階の部屋より大きくなっている。それなのに部屋の数が変わっていない。どこかで小さい部屋を作るか、数を減らすかしなくては直方体の家になりえない。


「この見取り図、偽造されていますわね。一階のどこかに見取り図に存在しない小さな部屋があるはずです。きっといなくなった座標付近の部屋でしょう」


 そうと分かればやることは簡単だ。これから屋敷内に侵入して、そのあたりの部屋を探る。見つけたら連れてすばやく撤退する。これだけだ。


 見取り図をしまうと通信を切り、館に向かって再び進行を開始する。すでに館の付近まで来ていたので、もうすぐそこだ。


「さて、どこから侵入しましょうか」


 館を目の前に捉えて、草木の陰から様子を見る。木々の間をがさがさ動いていたときは潜入というより遭難のイメージだったが、こうやって潜みながら行動していると潜入しているんだなという実感が湧く。


 入るなら裏口か、窓かのどちらかだろう。裏口からの場合、扉の先に何が潜んでいるかの確認が出来ない。一方窓から入る場合、内部の状況が容易に確認でき、事前に対処法を考えることが出来る。にわか雨は降ったものの、今日の陽気なら場所によっては既に開いている窓もあるかもしれない。


「あそこからなら容易に侵入できそうね」


 すでに開いている窓を見つけ、呟く。


 開いている窓付近には腰の高さほどの木がいくつか植えてあり、赤く鮮やかな花を咲かせている。様子を伺うために実を隠すにはうってつけだ。


 あたりの様子を隅々まで見渡し、安全を確信するとその木々のところまで全力で、かつ出来る限り足を忍ばせて走る。


 木々の間に滑り込むように入り、しゃがみこむと息を殺したまま音を立てないように呼吸をする。


 しばらくそのまま静止し、呼吸が落ち着くのを待つ。特に声や足音は聞こえない。誰にも気づかれた様子はない。


 心の中でほっと一息つくと今度は窓付近の様子を伺う。


 付近に人はいないみたいね。まっすぐな廊下だから油断は出来ないけれど、どうにかなりそう。


 そろりそろりと窓際まで行き、そっと頭を突き出して覗き、廊下の様子を確認する。少なくともこの直線上には誰もいないらしい。


 多くの使用人が主と一緒に屋敷を出ているのだから、人がいないのもまあ、当たり前のことですね。そのために今日にしたわけですし。


 少し拍子抜けではあったが、安全に事が運ぶに越したことはない。


 さてと、目的の部屋へ行きましょうか。

 

 金森龍介の所在地信号がなくなった位置はここからそう遠くない。すぐにでも辿りつけるだろう。


 予想に違わず警戒して歩いていったものの、人影はなく、目的地付近にすぐに到着する。


 信号のなくなった位置から察すると、怪しい部屋は今眼前にある二つの部屋のどちらかだ。右も左も部屋の扉の作りは同じでまったく不自然な点は見当たらない。扉の位置も他の扉と同じように等間隔で不審な点が見られなかった。


 まあ、見取り図を誤魔化すくらいなんだから、それくらいはしますわよね。


 そうなると外で考えても仕方がない。まず右の部屋から入ってみることにした。


 入ってみるとぱっと見は普通の部屋だった。普通といっても豪邸なので調度品はどれも高価なものであることは容易に分かる。だが、今はそんなことはどうでもいい。


 とりあえず、物の配置と部屋の大きさを把握する。左の奥は壁、右の奥は大きなクローゼット、窓が一つにベッドが一つあるまさに寝泊り用といった感じだ。そのあと怪しい部分、左の部屋との境目の壁をコンコンと叩いたり、押したり引いたりと試してみる。壁にそれなりの厚さがあるのか、空洞かどうか判断は出来なかった。


 続いて右の部屋を出、左の部屋に入って同様に調べにかかる。まったく同じ構造の部屋で、左奥が壁、右奥がクローゼットになっている。


 やっぱり、右とこの部屋の間に空間があるわね。


 大きさから考えて5、6メートル位の幅はあるだろうか。


 部屋があるのは間違いがないとしても、扉が見つからない。


 クローゼットを開けてみる。クローゼットには夜間用の服や上着が入っており、奥のほうが見渡せない。


 さすがにここにあったら、この部屋に泊まる人にばれてしまいますわね。


 そうは思いつつも念のため、奥のほうに手を伸ばす。伸ばした手は奥の板につくことなく、空を切り、体勢を崩しクローゼットの中へ転がり込んでしまった。


「痛たたたっ。やけに広いわね」


 べたんと打ち付けたおでこをさすりながら立ち上がる。


 どうやらこれが当たりみたいね。そういえば、以前にこういう風にタンスの中に入っていく物語を読んだことがあった気がするわ。


 数歩奥へと歩くとクローゼットと同じ素材の壁にぶち当たった。ただ、単なる壁と違うのはその壁にはドアのノブがついていたことだ。


「よおし」


 声を出して気合を入れなおし、扉をゆっくりと開けた。


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