第3話 電波泥棒
「すぐに音をあげてヘリを要請すると思っていたのだけれど、なかなか来ないわね」
私は金色の髪を指で弄いながら呟いた。
私はすぐにでも受信を受けるであろうと思っていた通信機の前ですぐに対応できるよう座っていた。
今部屋には二十代であろう若い通信士と初老を迎えたくらいの歴戦の執事長、そして私の三人しかいない。しかしそれでもこの比較的小さい部屋には十分すぎる人数だった。
部屋の大きさはともかく、そもそも部屋の領域の多くを通信機や望遠鏡、妨害電波発信器といった機材の類で埋まっているということが、この部屋を狭くしている大きな理由である。
「予想以上に根性があったということではありませんか?」
隣に控えていた執事長が呟きに対して答える。
ジャージ姿の私やサバイバル服の通信士と違って執事長は執事服を纏い、とても動きやすい服装とは言えない。私が作戦用に動きやすい服にと言ったが、彼にはこだわりがあるのか、他の服を着ることはなかった。
「RKが目標ルートから離れていきます」
私が答えようと口を開きかけたとき通信士が報告する。RKというのは例の闖入者、金森龍介のことである。
「かなり速い速度ね。何かに追われているのかしら」
私は顎に手を当て、壁をじっとにらみつけた。
壁にかけられているディスプレイには雲桐邸の簡略図と各潜入隊員の所在地が大まかに示されている。追われているかはともかく、点の移動速度から考えて疾走しているとみて間違いない。
「おそらく犬に追われているのでしょう」
執事長が状況を推察する。
確かに前情報ではドーベルマンが十数匹庭に配備されていることになっている。使用人の多くは雲桐と共に会合へと向かっているのでそんなに多く人間はいないはずだ。もし追われているとすれば、そのうちの何匹かを相手していると考えて間違いないだろう。
執事長はにこっとうれしそうな笑顔を見せて言葉を続ける。
「彼の服の中に魚肉ソーセージを少々入れておきましたので」
「えっ」
私は思わず声をあげた。
「魚肉ソーセージですよ?ご存知ありませんか?」
執事長はさも楽しそうに私に向かって話しかける。
「それは知っているわ。あなたはまったくいつも何をしているのやら」
「彼は囮オブ囮ですからいっぱいひきつけてもらわないといけません」
そんなことを彼は言っているが、単に面白そうだからそんなことをしたに違いないのだ。彼は度々公私混同しては罠を仕掛けては笑っていた。ところが彼は祖父の時代から仕えていたため、私も強く言いづらいところがある。それに彼が何かを企んだときの仕事はミスをしたことがないのだ。
「RKは依然高速度で移動中、屋敷のほうに向かっているようです」
「囮が屋敷のほうに向かってるですって。囮が屋敷のほうに」
私はジトっとした目で執事長の顔を捉える。
「足場の悪い庭より人工物のほうが有利だと考えたのでしょう。妥当な考えです」
私の非難の眼差しなどどこ吹く風で穏やかな顔をしている。
「通信士、RKを呼び出しなさい」
「はい」
通信士は通信機をすばやくいじり、金森の通信機に回線を繋ぐ。
「つ、繋がりません。エラー信号しか返ってきません。向こうの機械が故障しているようです」
通信士が焦りながらもきびきびと返答する。
どうにか繋ごうとしていろいろと試しているようだが、通信相手の機械が壊れているのでは手の尽くしようがない。しかし――
「所在地信号は出ているのに送受信は出来ないと言うの?」
「原因はよく分かりませんが、現状はおっしゃるとおりです」
通信士は申し訳なさそうにそう答える。
こんな変な壊れ方をするはずがない。壊れていないはずなのに送受信不可能だという嘘の情報を流している。
「執事長」
私は怒りを露わにしながらおおげさに振り返った。
「なんのことでしょう」
涼しい顔をしてそういうと彼はピューピューと口笛を吹いて見せた。