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第2話 視線泥棒


「マジでやるのか。まったくドキドキワックワクだぜ」


 正直な話、乗り気ではなかった。乗り気ではないどころか今すぐにでも帰りたい。


 盗みに入ろうとしている雲桐(クモギリ)邸は周囲が高い塀で覆われていて内部にはやたらでかい「森か!」と叫びたくなるような庭と大きな池とこれまた大きな洋風の家があるまさに金持ちの家といった感じである。こんなところに潜入するとなればコソ泥では済まされない。


 今から俺らが行おうとしていることはキチガイ沙汰だが、黒服たちは紛れもなくマジだった。


 現状をごくごく簡単に説明すると「デッドオア共犯」ということだ。もちろん死など選べはしない。要は俺に家宝奪還を手伝えということだった。もはや選択肢など存在しないのだ。覚悟を決めるしかない。


 あの少女が言うには家宝は半ば違法に奪い取られたもので、こちらが盗み返しても向こうは訴えることは出来ないという話だった。


 ただし、条件がいくつかある。他のものは盗まないこと。そして何も壊したり倒したりしないことだ。


 仮に何かを壊したり倒したりすれば器物損壊や傷害事件として別件での容疑がかかる場合がある。それは避けなければならないということだ。


 「まあ、それは分かった。だが、そもそも盗みって白昼どうどうやるもんじゃないんじゃないか?」と尋ねたら鼻で笑われてしまった。


 返ってきた答えは「多くの使用人と主人が不在で今が狙い目」とのことだった。また、監視カメラは事前に潜入している者が偽造データを流して誤魔化すらしい。


 そんなこんなで俺は服を着替えさせられ、なにやら隠密用の黒っぽい格好をして、これまた黒いウエストバッグを装着して立っているのだった。


「あなたにやってもらうのは囮役の一人よ。この位置から塀を越えて侵入して、こういう風に動きなさい。本命に注目が行き過ぎたら空いている囮に盗りに行ってもらいますのでそのあたりは臨機応変にお願いします。あとあなたのバッグにもこれと同様の地図が入っています。迷ったら確認してください」


 目標の雲桐邸が見渡せるビルの屋上で地図と現物を見合わせながら走行ルートを確認する。


 説明をしている少女自身も潜入するのか、あるいは単に目立たぬようにか、動きやすそうなジャージ姿に着替えていた。


 ジャージのほうが子供らしくてなんか似合っているな。


「ちゃんときいてます?」


 ぼーっとそんなことを考えていた俺を若干いらだった様子で叱咤する。俺の登場はまったく予定にはなかったことで、この大一番の舞台で余計な説明や手間をかけねばならないことに苛立ちを覚えるのは無理もないことだろう。


「あ、まあ、うん」

 呆けたような気の抜けた返答をする。


「最悪の場合、連絡を入れてくだされば、ヘリで回収します。連絡はこちらの無線で行ってください」


 まともに聞いていなかったのは一目瞭然で、うんざりしたのか深いため息をついたあと、そう言って俺の服の襟についている小型無線機を指差した。


「あのさぁ」

「なんです?」

 さっきまで受動的な態度を取り続けていた俺からの声に少女は多少怪訝な様子で答えた。


「家宝ってなんなの?」


 正直囮をやるだけで直接盗むつもりはないが、なにを盗りにいくかもわからずに現地にいくのはなんとも釈然としない。


 それに対し少女はもぞもぞと胸元からなにやら物を取り出してそれを俺に見せ付けた。


「箱に入っていてこのような家紋が入っているのですぐに分かるはずです。それとこの時計が傍にないと開かない仕組みになっています」


 目の前に出されたものは古めかしい感じの懐中時計だった。俺は値段をほいほい査定できる人間ではないが、それでもなにやら高価そうであることは分かる。その懐中時計の前面に紋様が刻まれていた。


 あえて物が何であるのか答えないということは、なにやら知られたくないようなものが家宝になっているということなのか。


 無理に聞くとそれはそれで問題がありそうだから、ここは聞かないべきなのだろう。


「それではもうそろそろ時間ですので移動してもらいます」

 少女は俺に見せた懐中時計をそのまま自分も見て時間を確認し、そう告げる。


「もう一つ質問があるんだが」

 俺の返答を待ちもせずに屋上の出口のほうへ歩いていく少女を呼び止める。


 無神経に俺が家宝について聞いてくると思ったためか、むすっとした顔で少女は振り返った。


「そういえばまだ名前を聞いていなかったと思ってな。俺は金森龍介(カナモリリュウスケ)

「リサよ」

 そういうと「別に名乗らなくてもいいのに」と小さく毒づきながら少女は扉の向こうへと消えていった。



****



「潜入って言うか乱入だぞこりゃあ」


 髪の毛に引っかかった葉っぱや泥を拭い落としながら悪態をついた。


 侵入予定の塀の近くまで黒服たちと一緒にやってきたまではよかったが、「どうやってこの高い塀を越えるんだ?梯子とか用意してあるのか?」と俺が尋ねれば黒服どもはにやりと嫌な笑みを浮かべて、ヒヤリと嫌な予感が過ぎるヒマもなく担ぎ上げられて塀の向こうへ投げ込まれたのだった。


 しかし、特に怪我がなくてよかったな。これは幸運のなのかあるいは計画通りなのか。


 先ほど越えてきた塀を見上げる。ゆうに4メートルほどある。潜入場所が庭という名の森の中でうまい具合に木の枝に衝撃を吸収されながら落下したため軽い切り傷程度で済んでいるが、落ち方が悪ければ骨折していてもおかしくはない。


 周りを見渡せば草花が自由奔放そこらじゅうに生い茂り、茶色い地面が見えないほどになっているさまは手入れされた綺麗な庭とは程遠い。おそらく手入れされているのは中心部の辺りだけで端のほうや道から外れた場所は自然な雰囲気を出すために好きに伸びるままにさせているのだろう。


 まあ、とにもかくにも無事潜入できてよかった。さて、これから先ほど教えられたような道筋で走り抜けるわけだが――


「ヴァウヴァウヴァルルルルル!」


 どうやら予定通りにはいかないらしい。緊張にどくんどくんと脈が波打つ。


 なにやらいかめしい首輪をつけたワンワンが出るわ出るわ。おっきなおっきなドーベルマンが2、3匹這い出してくる。泣き声が「ワンワン」ではなく「ヴァウヴァウ」なあたりはセレブっぽさアピールだろうか。


「ワンワンよりニャンニャンのがいいな。いろんな意味で」


 俺は動物嫌いではないし、犬も苦手ではなく、むしろ好きなほうだがこれはお引取り願いたい。


「オーケー、オーケー。お前らの視線、体力、精神力、全部盗み取ってやるよ」


 犬たちはよく訓練されているのか包囲網を作ろうと回り込んできているのが分かる。


「ゲームスタートだ」


 俺は閉まりかけた包囲網の隙間へと駆け出した。


 高校生になってからは部活に入っていなかったが、帰宅部エースとしていかに早く帰宅するかを極めた俺は短距離ならばそこいらの適度に部活をやっている学生と同程度の出力で動くことが出来る。


 俺の動きに呼応して一斉に犬どもが移動を開始する。動く数は3つ。


 狭められてきている包囲網もこの速さなら閉まる前に走り抜けられる。

 俺はさらに加速して脚に力を込め力強く地を蹴ったはずだった。


 しまった。


 そう思ったときにはもう遅かった。堅い地面だと勝手に思い込んで踏み込んだ俺の足はつるりとした木の根を捉え、そのまま制止を効かず滑り出し体勢を崩し、片手をついて屈んだ体勢になる。

 その刹那、屈んだ頭の上を何か大きな塊が風を切って通り過ぎる。


「お、不幸中のなんとやら」

 俺がそう呟くとほぼ同時にどさっという着地音と、獲物を捕らえ損ねた悔しさに唸る鳴き声が響く。


 動いたのは3匹だったが、他に1匹微動だもせず伏せて必殺の機会を伺っていたようだった。

 偶然にもそのタイミングによろけ、屈みこむことで回避したというところだ。


 だが、安心していられない。敵は予想以上に訓練された手練れらしい。地形に足元を掬われているようでは限界が知れている。


 何か策を考えねば。


 後ろを見向きもせずにすぐ起き上がって走り始める。


 先の攻撃の際、お互いが衝突しないようスピードを落とした3匹の犬たちも作戦が失敗したと見るや再び猛追を開始する。


 焦るな。まず冷静になれ。自分の置かれた状況を確認しろ。


 ヴァウヴァウというやかましい鳴き声と自分の息遣いがやけに大きく聞こえる中でも頭だけは冷静に動かさなくてはいけない。


 今いる場所は庭の一角。足場は先ほど身を以って思い知ったように草が生い茂っていて視認しがたく何があるかわからない。追手は今のところドーベルマン4匹。だが今後どんどん増えないとも限らない。こちらの足はオンロード仕様、向こうはぷにぷに肉球のオフロード対応。右も左も不慣れな俺と、ひっそり住んでる草木の妖精さんまで顔なじみのワンワン。


 これはどう考えてもこちらが不利だ。これはどうにかこちらが有利な場所へ行く必要があるな。


 囮という役には反するかもしれないが、建物へ逃げ込むほかあるまい。背に腹は変えられないと言ったものだ。むしろこのままだと噛み砕かれて背も腹も必要なくなるかもしれない。


 本来のルートから逸れる以上、そういった旨を連絡しておく必要があるだろう。


 生命力の有り余っている雑草に足をとられないように気をつけながら手探りで襟元の無線機をいじり、通信を開始する。


 通信を開始する。


 かいしする。


「マジかよ」


 体力を無駄に消費するわけにもいかず、あまり声を出す余裕もないにも関わらず、ついそんな言葉が口から漏れた。


 つい足元を確かめるための視線を通信機に移し、二度ガン見してしまうほどの驚きだ。


 壊れていやがる。


 間違いねえ、お前が最強の視線泥棒だ。


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