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天邪鬼chocolate

作者: 柴犬道

その昔に書いた短編小説。

供養のために投稿します。


 私――鬼丸茜(おにまるあかね)は、俗に言う“天邪鬼(あまのじゃく)”だ。


 本心が言えないわけでは無い。ただ、“好意のある者ほどつい本心と逆のこと”を言ってしまう……。つまりは、特定人物に対してのみの天邪鬼だ。


 しかも、あいつ――真澄亮太(ますみりょうた)に、いざ本心を伝えようとする時に限って、邪魔が入ったり、あいつが話の腰を折ったり、私の勇気をさらっと上回ることをしたりする。


 ……実に遺憾だ。


 だがしかし、今回ばかりはいつもの私ではない。

 限定型天邪鬼・鬼丸茜は今日、その称号を棄てるのだ。

 費やした時間、繰り返した試行錯誤、吟味と改良を加え続けてきたのは、全て今日この日、2月14日のためなのだから!


 ――そう、2月14日“バレンタインデー”。女子が思いの丈を込めたチョコを意中の相手に渡す甘くもほろ苦い告白の為にあつらえられたかのような日!

 待ちに待ったこの日、私はあいつに言ってやるの!積もり積もった恋慕の情を!


 ――と、そんな風に覚悟を決めて、私は教室にいる。


 今日の教室は皆どこか浮き足だっていて、心なしか甘い雰囲気が漂っているようだ。


 かく言う私も、普段から冷血だ冷酷非道だと揶揄されてはいるが、今日ばかりは心が落ち着かない。

 仕方ないだろう、これでも私は女子なのだから。


 ……それにしても、よくよく思い返してみたら、私は、いままで一度も男子にチョコなんてあげたためしが無い。

 お遊びでチ◯ルチョコくらいはやってるかもしれないけど、そんなものはノーカウントだ。

 ましてや手作りチョコなんて今まで作ったことも無かった。

 料理上手な友人'sに手伝ってもらいながら作ったけども、もし万が一、たまたまあげたやつだけ不味かったら目も当てられない。


 さらに、さらにだ。こここここ告っ、告白なんて!人生初だ!自分からするなんて!

 今まで私に顔を赤らめ告白してきた男どもはこんな……羞恥と期待と不安と苦しみと喜びがない交ぜになったかのような混沌を内包していたとは……!!!

 見くびっていた私は愚か者だ……!!!



「――おはよう、茜ちゃん」

「……!!!おおあお、おっ、おはよう……!(ほたる)!」

「ふふっ、すっごい緊張してるね。大丈夫?」



 頭を抱え悶々としていた私を現実に引き戻した彼女は、先程述べた私のお菓子作りの師匠の1人、蛍だ。

 既に自分のクラス(※蛍は他クラス)に荷物は置いてきたのか、小さな紙袋(おそらくチョコだろう)だけを手に柔和な笑みを浮かべている。


「だっ大丈夫よ。問題ないわ……!」

「もう、強がりばっか。声震えてるよ?」

「……うぅっ」


 やはり親しい仲、私のことをよく分かっている。図星をつかれ、ぐうの音も出ない。

 私は恥ずかしさのあまり、顔を伏せた。きっと耳まで赤くなっているに違いない。

 くそっ、なんでこんなにも恥ずかしいんだ、こんなにも辛いんだ、全部亮太のせいだ!


 すると、スポーツ女子の少し硬い手が私の後頭部を優しく撫で、続いて、ポスンと何かを乗っけられた。


「……きっと茜ちゃんなら大丈夫だよ。だって、あんなに頑張ったじゃない。きっと、真澄くんに伝わるよ……気持ち」


 顔を上げれば、慈しむように蛍が私を見つめている。そして、彼女は私の頭に乗っけていた小さな紙袋を手渡してきた。――友チョコだ。


「えっ!?チョコ!?うそ、ありがとう!……昨日は私を手伝ってくれてたのにいつの間に」

「茜ちゃんが頑張ってる間にちょいちょいとね」


 にこっと朗らかに笑う蛍。促され可愛らしい包みを開ければ、チョコレートの甘い香りがふわっと広がった。


「茜ちゃんの好きなほろ苦トリュフだよー。……それ食べて気合入れてね!」

「蛍……うん、頑張るから……!」


 私は自然と微笑んでそう答えた。それを見ると、蛍は満足そうに大きく頷いて、私のクラスを後にした。

 しかし、その背は自身のクラスではなく、他の教室へと向かっていく。

 もしかしたら蛍も、今から自分の意中の相手にチョコを渡しに行くのかもしれない。……いや、きっとそうだろう。私を励ますことで自分も奮い立たせているようだったから。


 ――頑張れ蛍。私も、勇気出すから。


 私は心の中でそう呟いて、彼女の不安げな背を見送るのだった。



  ※     ※     ※



 そして、瞬く間に時間は流れ今や放課後。

 私はとうとう、彼と共にいた――。



「――で、どうした茜?俺に話しって」


 亮太が私の背中を軽く叩き、隣に座り込んだ。

 それだけで、私の心臓が暴れる。息が苦しい……。

 人の気持ちも知らないで、軽々しいボディータッチをするな……馬鹿。


「茜?」


 言葉を待つ亮太と私の間に冬の風が駆け抜ける。

 今、私達は人目を避けて、教室ではなく近くの神社の境内にいた。外に移ったことを少し後悔する程の寒さだが、それでも火照った身体を冷まし、湯だった頭を冷やすには丁度良い。


 寒さで少し落ち着けた。さあ、言うんだ!伝えるんだ私……!


「……こっこれ!これ、やる!」

「へ?」


 ……よし!渡せた!


 亮太は私が物をやるなんて思いもしなかったのだろう、ポカンとした表情を浮かべている。しかし、その小さな包みがチョコレートだと分かると喜色満面の笑みに変わった。


「これチョコか!?うぉぉぉまじか……!!サンキュー!!」

「ばっ馬鹿……そんな大した物じゃないでしょ。チョコ一つで喜びすぎ……!」


 いつものように、照れ隠しで“大した物じゃない”等と言ってしまったが、子供のように純粋な笑顔に胸が高鳴った。

 

 ここで素直に“好きだから手作りで頑張った。亮太が好きなんだ”と伝えることが出来るならどれ程良いだろう。

 でも、まだ勇気が出ない……。私は……駄目だな。


「いや、そんなことねぇって!今日バレンタインだろ?まさか茜がくれるとはなぁ」

「え?」

「ん?いやだから、茜がくれるなんて驚いたなぁって」

「あ、ああ。まぁね……」


 いけない、いけない。ついネガティブな思考に走ってしまった。

 まだ、諦めちゃ駄目だ。蛍に言ったじゃないか、“頑張る”って。


 いけるわ、いきなさい私。ここで『だって亮太が好きだから』ってさり気なく言えばいいの!


「――だって」

「まじで本当にサンキューな!“義理チョコ”でも嬉しいぜ!」


 彼の言葉を聞いた瞬間、私は時が止まったかのような錯覚を起こした。


 ――え、“義理チョコ”……?私の精一杯のそれ、“義理”だと思われた……?


 亮太が私の言葉を遮って言った、“義理チョコ”という単語。

 本人は私達の関係性や私の性格を鑑みてそう言ったのかもしれないが、その言葉は彼が『私が本命をあげるとすら考えていない』ということを示していた。


 告白もしていないのに、ふられたわけでも、嫌いと言われたわけでもないのに、ただ自分が『告白してくるはずもない相手と思われている』事実が私の胸を焼き、苦しめる。



「――か、感謝しなさい。あなたは貰えやしないだろうから……!」



 私は憎まれ口を叩きながら立ち上がり、亮太から少し離れた。

 そして、背を向けたまま「馬鹿」も追加してやる。……いつものように天邪鬼でいないと、目頭を熱くさせるものが溢れ出してしまいそうだった。


「おいおいひっでぇな!……ま、その通りだけどな!ありがとうな!」


 亮太は私の憎まれ口を素直に受け取ってそう返した。

 その裏側に隠れている本心に気付きもしないで……。


 ――そう、気付かれない。それが余りにも辛く、苦しくて、やるせなかった……。

 私は、いまさら告白し直す勇気も出ず、ただ涙を抑えるために荒く息をする。



「……茜?どうした?」

「……なんでもないわ。……私、帰るわね」

「え?あっおい!茜!?」


 亮太は私の様子が少し変なのに気付いたようで訝しげだったが、私はそれを無視して逃げた。


 もうそれ以上、我慢が出来なかったからだ。


 私は振り返ることなく駆けだして……走って走って、そして人気のない場所まで来て、泣いた。

 声を押し殺して泣いた。


 想いが届かなかった悔しさ、はっきりと分かってしまった2人の距離。そしてなによりも、途中で諦め逃げてしまった自分の意気地のなさに涙が溢れた。


  ※     ※     ※


 どれほど泣いていただろうか、夕暮れは薄闇に変わり、寒さも増していた。

 1、2時間くらいだろうか?どちらにせよ、泣き続けたせいで目鼻は真っ赤だろう。


 だが、こういう時ばかりあいつはやってくる――


「――こんなとこに居たのかよ。……帰ろうぜ」


 なんでと思った。まさか探していたとは思いもしなかった。

 嬉しいのか、辛いのかよくわからない感情がこみ上げ、枯れたと思った涙がまた溢れそうになる。


 でも、泣き顔を亮太に見られるのはなんだか(しゃく)で、赤くなった目鼻を慌ててマフラーで隠した。



「……」

「……ほら、行くぞ?」



 あ……手、引かれてる。

 何なの……何でさらっとこういうことするの?分かってないくせに……。


 亮太は私に構わず、私の手を引いてずんずんと駅へ向かっていく。

 私はされるがままだ。

 きっと泣いて逃げた理由など彼は理解してない。でも、こういうことをやる。それが真澄亮太という男だ。


「……お前が何で逃げて、泣いてたのか知らねぇけどさ、辛いことがあんなら……話せよ?」


 亮太が私の手を引いたまま、振り向きもせず言った。


 ほら、やっぱり分かっちゃいない。お前がその辛いことの原因だよ……馬鹿。


「――馬鹿。あんたが私の悩みを聞こうなんて、おこがましいわよ……」

「ったく!素直じゃねーなー」


 ――“素直じゃない”……か。


 その言葉を噛み締め、改めて自分を省みる。

 告白出来なくて苦しい、蛍に約束したのに頑張れなくて悲しい、自分が情けない、色々な想いが去来してくる。しかし最後には、一つの想いにたどり着いた。


 そして、その最後の一つをどうするか熟慮し、自分なりの答えを見付ける。

 見付けた答えは、人によっては“逃げ”だと思うかもしれない。でも、私には最良だ。


「……そうよ、私は素直じゃない“天邪鬼(あまのじゃく)”だから。もう暫くはこのままでいさせてもらうわ」

「は?なに?なんだって?」

「二度も言わないわ。あと、そうね……『大嫌いなあんた』にもいつか悩みを聞いて貰うかもしれないわ」

「……?お、おう、待ってる」


 たどり着く最後の想い、この人が好きという感情。

 そして、出した答えは、()()()()


 今は告白しないでおく。

 今日からは、2人の距離を近くするための現状維持だ。亮太に『私も人を好きになる』って考えさせるのだ。それか、こいつが私に好意を持つようにしてもいい。

 そして、機が熟したら天邪鬼なりに、この想いを伝えよう……。


「――覚悟しなさい」

「は?」


 私は怪訝な表情を浮かべる亮太に、とびきりの意地の悪い微笑みを見せてやった。

 ――さあ、これから私に翻弄されるが良い。そんな意味を込めて……。




 こうして、私の今年のバレンタインは幕を閉じた。

 蛍に呆れられたのは言うまでもないが、ただ失敗を悔やむ私じゃない。



 私はいつものように天邪鬼。さらに今年は、“魔性の小悪魔”になるのだ――。


「――覚悟しなさい。亮太」


 私は今日も、彼の隣で意地悪く微笑んだ。

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