99.残りの剣客衆
夜、ゼナス・ラーデイは一人、森の中にいた。
手に剣を握ったまま、月明かりだけが頼りとなる暗い道を歩く。
目的地は海辺の町――《リレイ》。ザッ、ザッと足音と立てて、迷いのない足取りで進む。
王都で一戦を交えたゼナスであったが、ルイノが王国の騎士団と協力したことで方針を変えた。……一時、撤退をするという道。
《剣客衆》の多くは、その道を選ばないだろう。
その日、その時――戦うと決めたのならば、そこが『死に場所』。
そういう連中が集まって、圧倒的なまでの戦力となった。
だが、その戦力も……すでに半分を失っている。
「……」
ゼナスが歩を進めていると、すぐ近くから《魔物》の気配を感じた。
森の中に入ってから、ずっとそうだ。
特に、夜の森は魔物の数が多く、たとえ馬車に乗っていたとしても、進む者はいないだろう。
ましてや生身などもってのほか。それができるのが、ゼナスという男である。
魔物はゼナスの方を見ている――そんな視線を気にすることもなく、真っすぐに町を目指した。
そこに、ゼナスの目的がある。
「ガラァッ!」
「――邪魔、だ」
瞬間、飛び出してきたのは《狼》の魔物。ゼナスは狼の方向を見ることなく、握った剣を振るう。ズルリと、飛び出した狼の首は切断され、宙を舞う。
鮮血が周囲に飛び散るが、ゼナスの持つ真っ赤な剣の色は変わることなく、ただ剣から色落ちでもするかのように、水滴だけが垂れる。
血を拭うこともせず、そのまま歩みを進めようとするが――今度は別の何かに気付いて、その方角を見た。
「……まさか、こんなところで、合流するとは、な」
視線の先――そこにいたのは人影。襲ってきた狼にすら、視線を向けないゼナスが、その人影には声をかける。
ゼナスの前に立ったのは、一人の男だった。
「まあねぇ……今、《剣客衆》を纏められる奴はいないわけでしょうよ? そうなったら、仕方ないからとりあえず、オジサンが代理を務めるしかないわけじゃない?」
姿を現したのは、困ったような笑みを浮かべる初老の男。雑に生やした髭を撫でて、ゼナスの目指す先に視線を送る。
「アルタ・シュヴァイツはこの先、か。やれやれ……剣客衆を一人で四人も倒した騎士だよ? ラスティーユちゃんだって、とっくに倒されちゃったんじゃないかい? 正直、オジサンはもうアルタ・シュヴァイツを狙うの、やめた方がいいと思うんだよねぇ」
弱気な発言をする初老の男。仮にも剣客衆という組織に属しながら、これほど奥手な発言をする者も他にいないだろう。
他のメンバーが聞けば、すぐにでも『処理』しているかもしれない。
だが、ゼナスはその発言を聞いても怒るような素振りは見せず、視線を目的地の方へと向ける。
「……かも、しれないな。だが、俺の狙いは、そいつじゃない」
「んー? それって、もしかして……ロウエルを殺った子ってことかい?」
「そう、だ。ロウエルを殺した、あいつを……俺は必ず、殺す」
「君、ロウエルと仲良かったもんねぇ。剣客衆でも珍しい――いや、それこそアディル君とフィスちゃんもそうだったかな」
「ロウエルは、俺の友……だった。一緒に、剣客衆に入った、から。だから、俺はそいつだけは、許さない。アルタ・シュヴァイツは、そのあとに、殺す」
「なんだ、結局そっちも狙うのかい? 本当に、難儀な子達だねぇ……」
「あんたは、どうする? あんたなら、アルタ・シュヴァイツも殺せるんじゃ、ないか?」
ゼナスは問いかける。
それは、言葉通りの意味であった。ゼナスは目の前にいる男を殺さないのではない――自分よりも『遥かに強い男』の言葉など、ゼナスからすればただ面倒事を嫌っているようにしか思えなかった。
「どうだろうねぇ。剣客衆って組織は、仮にもあのアディル君が強者を集めたんだよ? そのうち四人も倒しちゃうくらいだし……私にはそんなことできるかねぇ。最近は腰も痛くて痛くて……アタタタ」
腰に手を当てながら言う男。白々しい――きっと、この男を知っている人間なら、そう言うだろう。ゼナスもまた、男の言葉に触れるようなことはしない。
「どうするかは、あんたに任せるよ。俺は、ロウエルの仇だけは取るつもり、だ」
「んー、そうかい……。まあ、私も君を止めようと思って来たわけじゃないよ。他の二人にはもう連絡をつけてある――二人は、このまま別のところで王国とやり合ってもらうことにしたよ」
「それじゃあ、あんたは?」
「一緒に行くとも。こう見えて、私は仲間思いでね。歳のせいもあるかもしれないけれどねぇ」
笑顔を浮かべて、男は言った。
その言葉にゼナスは頷くと、男と共に歩き始める。残る剣客衆は四人――その目的は、アルタ・シュヴァイツとルイノ・トムラの殺害である。
あと一話で100話です!
書籍版も来月発売となりますので、宜しくお願い致します(明日にはtwitterで色々と情報公開するかもしれません)。