97.変わらぬ状況
現場は遅れてやってきた騎士達に任せて、僕はイリスから話を聞くことにした。
水着を切られ、胸元がはだけた状態の彼女には、一先ず羽織る物を掛けさせた。
――僕が到着した時には、すでに戦いの決着はついていた。
一撃で首を撥ねられた、《剣客衆》の死体。目まぐるしいと言える程に、状況は刻々と変化している。
先ほど、ラスティーユという女性が殺した占い師の死体を発見したばかりだというのに、今度はそのラスティーユがイリスと戦い、そして死んだ。
だが、ラスティーユを殺したのはイリスではないという――僕が到着する前に、別の誰かがそこにいたことは、僕も分かっている。
「……上から、降ってくるみたいに、刀で一撃でした」
イリスはそう、状況を振り返る。
ラスティーユを殺したのは、刀使いの着物の少女。イリスの前に姿を現したその少女は、僕がやってくると共に姿を消したらしい。
「その子が剣客衆を一撃で……なるほど。相手の実力は分かりませんが、少なくとも剣客衆の一人です。それをたったの一撃で倒したとなると、相当な手練れですね」
「……はい。止めようとしたんですが、彼女は『止めるのなら殺し合い』、そういうスタンスだったみたいで」
「それなら、イリスさんは手を出さなくて正解ですよ。剣客衆にせよ、警戒すべき相手でしょうね」
「……あの、シュヴァイツ先生。先生は、剣客衆がこの町にいることを、知っていたんですよね?」
イリスが悩むような表情を見せながら、問いかけてくる。
先ほど、アリアとはイリスに今の状況について話さないつもりだと言ったばかりだったのだが、まさかここでイリスが剣客衆と戦うことになるとは予想もしていなかった。
剣客衆側も、イリスを狙ったわけではなく、僕を呼び出すためにイリスを人質にしようとして、失敗したらしい。
だが、こうなると少なくとも、僕の仕事は終わってしまったことになる。
「そうですね、今となっては、隠しても仕方のないことです。この町にいる剣客衆の対応――それが、今回の僕の任務でした。結果的に、任務は強制終了という形になってしまいましたが」
「……そう、ですか」
僕の答えを聞いても、イリスの返事はどこか浮ついたものだ。
まるで、彼女の方が僕に何かを隠しているかのように。
「イリスさん、先ほどの着物の少女の件ですが、少女の名前はルイノ・トムラですか?」
「! 先生、ルイノって子を知っているんですか!?」
イリスが驚きの表情を浮かべて言う。少女――ルイノはイリスに名乗っていたようだ。
そして、イリスの前に現れて、剣客衆を倒したのはルイノ本人……《ベルバスタ要塞》でも、ロウエル・クルエスターという剣客衆を葬り去っている。
「知らない、と言えば嘘になりますが、僕も詳しく知っているわけではありません。これは本当です。ただ、そのルイノという少女は別の場所で剣客衆を殺害しています」
「剣客衆を……その、先生。ここでは少し言いにくいことなんですけれど……」
ちらりと、イリスが周囲を確認するような仕草を見せる。
周囲の騎士達には聞かれたくないことなのか、僕はイリスの傍に寄った。
小さな声で、僕はイリスと会話する。
「どうしました?」
「ルイノは、『騎士団と協力関係にある』と言っていました。でも、先生はご存知ではないことなんですよね?」
「……騎士団と?」
それは初耳だ。ルイノの情報は、レミィルから聞いた簡単なものと、たった今イリスから聞いたものしかない。
ルイノが突然この海辺の町にやってきて剣客衆を殺した――確かに、彼女が剣客衆を狙っているのだとしたら、不思議ではない行動だが……。
問題は何故、彼女がここに剣客衆がいることを知っていたか、だ。
「――その件については、私から話した方がいいかな?」
「!」
声のした方向を睨むように、イリスが立ち上がる。だが、すぐにその表情は驚きに変わる。
僕も、少し驚きながらその女性のことを見た。
「エインさん……? どうしてここに?」
「お久しぶりです、ラインフェル嬢。まずはすぐに替えの服装を用意させますので、もうしばらくお待ちを」
「ありがとうございます。ですが、それよりも話というのは……?」
「ルイノの件、団長は知らないような話でしたが……何か事態が変わった、ということですか」
「ああ。アルタ、君に話をしてから状況が変わった――《黒狼騎士団》団長の責任の下、ルイノ・トムラは今、私達騎士団と協力関係にある。それは事実だ」
「『二人目』っていうのは、剣客衆の数……。ルイノが言ったことは本当だったんですね……」
イリスはどこか浮かない表情をして呟く。他に何か気掛かりなことでもあるのか――だが、今はルイノの話だ。
「協力関係ということは、ここに団長が来たのは、ラスティーユという剣客衆を倒すため、ですか? それでは、僕をここに派遣したことと矛盾するように思いますが」
「その点についても説明しなければならないが……私からも聞きたいことがある。アルタ、君は本当にルイノ・トムラを知らないのか? 以前話した時の反応が気になっていてね。君は、少なくとも『トムラ』という名には心当たりがあるんじゃないのか?」
鋭い目つきで、レミィルが言う。
この前の僕の反応が気掛かりだったようだ。僕も咄嗟のことで反応してしまったが、今となっては、それがレミィルに疑念を持たせてしまっているらしい。
なんてことはない……ただ、『前世で知っている』というだけなのだが、それを正直に伝えるわけにもいかない。
「トムラという名前には心当たりはありますが、それだけです。彼女のことを知っているわけでもなければ、おそらく人違いかと」
「……そうか。私も、君のことは信頼している――言及はしない。今の状況について、話しておこう。現状、残る剣客衆は四人。一人は王都に直接やってきた」
「! 王都に……!?」
レミィルの言葉を聞いて、イリスが驚く。
各地に散らばっていたという剣客衆が、王都にまで足を伸ばしたということだ。
だが、今の話で何となく状況は察することができた。
王都にやってきたのは剣客衆だけではなく、ルイノも共にやってきたのだろう。
そして、ルイノとレミィルは協力関係を結んだ。
何故、ここにルイノとレミィルがいるのかも、それで説明がつく。
王都にいる剣客衆を誘き出すため……イリスが先ほど呟いた言葉は、ルイノが殺した剣客衆の数を指している。
――現状は変わっていない。王都にやってきた剣客衆は、ルイノによって殺されていないのだ。この町には、まだ剣客衆がいる。