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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第三章 《剣客少女》編
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96.剣を振るう理由

 イリスはすぐに臨戦態勢を解かなかった――否、解けなかった。

 突如として目の前に現れた少女は、倒れ伏したラスティーユに目をくれることもなく、


「にひっ、これで『二人目』だね」


 三日月のような笑みを浮かべて、そんなことを口走る。その数が何を意味しているのか分からなかったが、ようやく少女がイリスの方に視線を向ける。

 イリスは《紫電》の柄を強く握り、構えた。


「……あなた、一体何者?」

「人に名前を聞くならさぁ、自分から名乗ったら?」


 少女が肩をすくめて言い放った。

 イリスに比べて、少女はまだ臨戦態勢という状態でない。ただ、刀は抜き去ったままだ。

 ピリピリと、肌に感じるのは殺気なのか――しばしの静寂の後、イリスは小さく息を吐いて名乗る。


「……イリス・ラインフェルよ」

「! イリス……? イリスって、《剣聖姫》?」

「ええ、そう呼ばれているわ」

「ああ、そっか! なら、いいや!」


 少女がそう言うと、不意に刀を上空に放り投げる。その刀は綺麗に回転しながら、少女の鞘へと納まった。まるで自分の体の一部のように――いや、それ以上に刀を自由に扱っている。

 ……確かに少女の一撃は、不意打ちではあった。

 だが、《剣客衆》のラスティーユは攻撃を受ける直前に、彼女の存在に気付いていたはずだ。

 イリスも防げるかどうか分からない程の威力と速さを持った一撃で、彼女は剣客衆を葬り去ったのである。

 少女が刀を納めても、イリスはまだ臨戦態勢のままだった。


「そんなに警戒しないでよ。あたしはルイノ・トムラ――あなたの味方だからさ」

「味方……? どういうことよ」

「にひっ、言葉のままの意味だよ。あなたの仲間――あたしは、あなたには危害を加えるつもりはないの!」


 先ほどまでとは打って変わって、年相応の少女らしい笑みを浮かべるルイノ。

 だが、イリスはその発言の中に含まれる『言葉』を聞き逃さなかった。


「『あなたには』ってことは、『他の誰か』を狙っているってこと?」

「! あー、そういう意味にも取られちゃうかな。それより、あなたのその服装は趣味?」

「服装って――!」


 イリスは指摘されて、焦ったように胸元を隠す。最初にラスティーユによって水着は斬られていた。ルイノ以上に胸元がはだけてしまっているという事実に気付かされる。それでも改めて、イリスはルイノに言い放つ。


「……先に言っておくけれど、いきなり現れて、こんなことをしたあなたを信用しろっていうのは無理よ」

「『こんなこと』? それって、この剣客衆の首を跳ね飛ばしたこと?」


 ルイノが首をかしげる。

 イリスと同じくらいの年齢で、何の迷いもなく人が殺せる――その時点で、イリスからすれば、ルイノは異常な存在であった。ルイノが何者かの依頼を受けてここにいるのは分かるが、味方を名乗る彼女の存在は益々理解できなかった。

 ルイノがくすりと笑いながら、言葉を続ける。


「もしかして……あなた、人を殺したこと……ないの?」

「っ! 当たり前でしょう! そんなこと、簡単にするものじゃ――」

「なーんだ。剣聖姫なんて呼ばれてるなら、何人か斬ったことあるのかと思った。それじゃあ、あなたは何のために剣を握ってるの?」

「何のためって……今はそんな話――」

「大事なことだよ。だって、あなたはあたしに対して剣を向けたままなんだもんっ。どうして殺す気もないのに、剣を向けてるの?」

「……仮に殺す気がなかったとしても、あなたは私からすれば不審な相手でしかない、それだけよ。だから、必要によっては捕らえるわ」

「にひっ、そっかそっか! やっぱり殺す気はないんだっ! にひひっ、それじゃあさぁ……たとえば、あたしがアルタ・シュヴァイツを殺すつもりできたって言ったら、どうするの?」

「――」


 ルイノの発言を聞いて、イリスの表情は怒りに満ちたものになる。

 すぐにでも駆け出して斬り伏せる――その衝動を抑えて、イリスは冷静にルイノと向き合った。


「シュヴァイツ先生の名前を出すってことは、あなたは先生の知り合い?」

「んーん、知り合いでも何でもないよ。ま、王国の騎士には協力関係にあるけどね」

「騎士と協力……? あなたが?」

「にひっ、そういうこと。騎士団長とかいう人も来てるから、後で聞いてみてよ。でも、残念だなぁ……」


 ルイノが興味を失ったかのように、イリスに背を向けて歩き出す。

 イリスはすぐにルイノを止めようと動き出すが、瞬間――紫電の剣先にわざと、ルイノは胸元を当てた。反射的に動きを止めて、ルイノに刃を突き立ててしまうのを防ぐ。

 そんなイリスを見て、ルイノが冷ややかな表情を浮かべる。


「何で止めたの?」

「な、何でって……」

「今、あたしを止めるために動いたんだよね? それなのに、あなたは今、あたしを斬れなかった。こんなに無防備で、簡単に殺せるようにしてあげたのに。だから、残念だって言ったの。あなたの戦いは離れたところから見てたよ。十分に強いけど……ただそれだけ。そこに相手を殺すっていう明確な意志がないもん。それじゃあ、ダメだよ。剣を握って戦うのなら、相手を殺すつもりでないと」

「……必要があれば、そうするわ」

「今はそうする必要がないって? あたしは『アルタ・シュヴァイツを殺す』って明確に宣言したのに? にひっ、だから甘いって言うの! 本当は少しくらい、戦ってみてもいいかなーって思ったんだけど……あなたはいいや。自分のために剣を振るわない人の剣に、興味はないから」


 そこまでルイノが言い切ると、再び反転する。

 ルイノの言葉は、イリスを批判するものだった。確かに、イリスの剣は相手を殺そうとするものではない。

 今までも、相手を殺すつもりがあったわけではない。イリスの剣はあくまで、『誰かを守るための剣』だからだ。

 ルイノが否定しているのは、イリスの生き方そのものであった。


「ま、待ちなさい! このままあなたを放っておくわけには――」


 ヒュンッと、風を切る音がイリスの耳に届く。

 ルイノが再び、刀を抜き去ったのだ。イリスに刃先を向けて、睨みつける。


「あたしはね、あたしのためにしか刀を振らない。あなたみたいに、『必要に応じて』なんて甘い戦いをするつもりはないの。戦うと決めたら、それは『死合』しかない。それができないのなら、邪魔しないでよ」

「……っ」


 一触即発。互いに武器を向け合っているが、ここでイリスが踏み出したのなら、それは殺し合いに発展する。少なくとも、ルイノという少女がそれを望んでいることが、イリスには分かる。

 不意打ちでも剣客衆を軽々と葬り去った彼女を、果たして捕らえるなどということができるか――イリスには、迷いがあった。

 その迷いを見透かしたかのように、ルイノが刀を鞘に納めて去っていく。……もう一度仕掛ければ、今度は確実な殺し合いとなる。


「私は……」


 ……今のイリスは、『誰かを守るため』に剣を振るう。

 ルイノと戦うということは、ただの殺し合いにしかならない――そう、イリスにも予感させた。彼女がイリスの敵である剣客衆を打ち倒したことは事実であり、それが現実だ。

 迷いながらも、イリスはルイノを止めるために一歩踏み出そうとした時、


「イリスさん、無事ですか!」

「! シュヴァイツ、先生……!?」


 背後からアルタの声が耳に届き、イリスは驚きながら振り返る。

 先ほどのルイノの発言を思い出し、すぐにイリスは臨戦態勢に入るが――ルイノがいた方向に視線を送ると、そこに彼女の姿はなかった。

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