92.イリスと占い師
イリスは一人、飲み物を買うために町中の方までやってきていた。そして、少し後悔していた。
(上着でも羽織ってくればよかったかしら……)
海辺の町というだけあって、イリス以外にも水着姿のままの人は目に入る。だが、イリスはそもそも水着姿というものに慣れていない。
感覚で言えば下着姿を晒して歩いているような……。アルタの前では平静を装って練習をしていたが、正直に言えばずっと緊張していた。
(……余計なことは考えないようにしないと。先生も、何か事情がありそうだったし)
イリスはアルタの雰囲気で、そして周囲の状況から察することはできていた。――観光客の中に、《騎士》が混じっている。
アルタがイリスを護衛させるために用意するとは思えない。そもそも、護衛が必要ならば、何か言ってくれるくらいのことはあるだろう。
何も言わないということは、それはイリスには関わりのないことなのかもしれない。
(……それでも、相談くらいはしてほしかったわ)
アルタにとって、イリスは護衛対象でしかないのだろうか。そんな気持ちも沸き上がってくる。剣も泳ぎも教えてもらっておきながら、そんなことを考える自分が嫌だった。
けれど、イリスが聞いてもアルタは答えてくれないだろう。
(私が、まだ先生から頼られる強さを持っていないから……よね)
《最強の騎士》になる――それが、イリスの目標であり、夢だ。いつか、アルタがイリスのことを頼ってくれるくらいの強さを手に入れることができれば、このように悩む必要もなくなるのかもしれない。
「……ふぅ」
「何か、お悩みのようね?」
「!」
イリスは不意に声をかけられて、少し驚いた表情を浮かべながら、視線を送る。
そこに立っていたのは、一人の女性。
顔を紫色のヴェールで覆い隠し、ローブに身を包んでいる。
比較的暖かい気候であるこの地域で、随分と厚い服装をしているように見えた。
くすりと小さく笑いながら、女性がイリスに頭を下げる。
「……あなたは?」
「ワタシは、ここで占い業を営むノウェ・レーシンと申します。貴女は何やら、お悩みがあるのようですね」
「……別に、悩みというほどのことはないけれど」
イリスは若干、目の前に現れた女性――ノウェを訝しむ表情で見る。特に、イリスは占いなどに興味はない。
クラスメイトが楽しんでいるところを目撃したことはあるが、イリスからしてみれば遊びのようなものだ。
早々に話を切り上げて、アルタとアリアのところへ戻ることを考える。
「ウフフ……たとえば、想い人が貴女に隠し事をしている、とか?」
「! お、想い人?」
ノウェの言葉に、イリスは大きく反応する。
「アラ、違いましたか?」
「べ、別に想い人とかそういうわけじゃ……」
「ウフフ……『隠し事』はされているのですね?」
「っ!」
ノウェにそう指摘され、ハッとした表情を見せるイリス。確かに……今のイリスが悩んでいたことの一端に、アルタの『隠し事』はある。
驚くイリスに対し、意味ありげに笑いながら、ノウェが言葉を続ける。
「ウフフ……あながち馬鹿にはできないものでしょう。さほど時間は取らせませんので、ワタシにお付き合いいただけませんか?」
ノウェがヴェールを外して、その姿を見せる。左の頬に泣きボクロが特徴的。妖艶な笑みでイリスを見据えていた。
すぐに戻ることを考えていたイリスであったが、『自分の考えていた』ことを当てられて、わすがに心を揺らす。
イリスはしばし悩んだあと、
「……まあ、少しくらいなら」
そう、答えたのだった。
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