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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第三章 《剣客少女》編
90/189

90.泳ぎの練習

 先ほど浜辺を歩いていて見つけた岩場の陰――人通りはなく、緩やかな波の音だけが聞こえる空間がそこにはあった。

 他の生徒の目も考えて、僕は目立たない場所を選んだつもりだ。

 海の中に入ると、まだまだ冷たさを十分に感じる季節であることを実感する。この水温でもはしゃげるのはやはり若さというところか……まあ、年齢で言えば僕の方が下にはなるのだけれど。


「イリスさん、こちらに」

「は、はい」


 戸惑いながらも、イリスが僕の指示に従い海に入る。泳げないというが、水に抵抗があるわけではないらしい。さすがにそこからだと、僕が教えても時間がかかってしまうだろうが。


「とりあえず、どのレベルか見ておきたいので試しに泳いで見てもらえますか?」

「え、泳ぐって言われても……これくらいしかできないですけど」


 そう言ってイリスが見せてくれたのは、バシャバシャと水の音を立てる犬かきであった。

 一応、泳ぎ方の一つではあるし進めてはいるのだが……割りと必死で泳いでいるのが伝わってくる。

 さすがにこの姿はクラスメイトには見られたくなかっただろう。そう思いながら浜辺の方を見ると、必死に泳ぐイリスを見守るアリアの姿があった。

 しゃがみながらこちらを見るアリアの表情は相変わらず気だるげ……だが、よく見ると少し震えている。――笑いをこらえているな、あれは。


「こ、こんな感じ、です……」


 イリスがそう言いながら立ち上がる。少し顔が赤いのは、犬かきしかできないことに恥ずかしさを感じているからか。


「大体分かりました。一先ず、ばた足から練習していきますか」

「はい――その前に、アリア! いつまで見てるつもり!?」


 気にしていないのかと思ったが、やはり浜辺にいるアリアのことが気掛かりだったようだ。

 アリアが素知らぬ顔で答える。


「イリスが泳げるようになるまで」

「ずっとじゃないの!」

「アリアさんは泳げるんですか?」


 僕が問いかけると、アリアが何も答えないまま岩場の上へと向かう。そこは結構高さのあるところだが、アリアは一番上に立つと、両手を高く上げて迷いなく跳んだ。

 文句のつけようのないほどに綺麗なフォームのまま、海の中へとダイブしていく。

 ……さすがというべきか、アリアの飛び込みは完璧だ。イリスと暮らし始める前から泳げたのだろう。

 戻ってきたアリアはしたり顔を見せながらこちらに向かってくる。


「!? ちょ、アリア! 水着!」

「あ」


 アリアもイリスに指摘されて気付いたらしい。元々布面積の少なかった水着は、飛び込みの勢いで流されてしまったのか――胸の部分が完全に露になっていた。

 僕は咄嗟に視線を逸らしたが、イリスが僕の視界を遮るように手で塞ぐ。


「早く水着を取ってきなさい!」

「そんなに慌てなくてもすぐに行くから」

「なら何でこっちに来るのよ!?」

「少し休もうかなって」

「胸を、胸を隠しなさいって!」

「イリス、慌てすぎ」

「あなたが慌てなさすぎなのよ!」


 間違いなくイリスをからかうつもりでやっているのが分かる。

 ――僕が慌てるようなことがないというのは、アリアも分かっているだろう。他の生徒達のように、僕にたいしてちょっかいを出してくることはほとんどないからだ。


「そんなに慌てるならイリスが取ってきてよ」

「なっ……わ、分かったわよ! 私が探してくるから……せ、先生のことは信じてますっ」


 言うが早いか、イリスがパッと手を離してアリアの飛び込んだ方へと向かう。

 そもそもイリスは泳げないから探すのもほとんど無理なはずだが、よっぽど慌てているのだろう。

 そんなイリスの姿を見ながら、アリアがくすりと笑う。


「イリスはからかい甲斐があるね」

「まったく、泳ぎの練習はこれからなんですよ?」

「分かってる。ちょっと遊んだからもう邪魔しない」

「それなら構いませんが……遊びたいのならクラスの子と遊んでは?」

「イリスと一緒の方が楽しい」


 アリアもこういうタイプなので、距離を置いているというよりはイリスに付きっきりというのが正しいのかもしれない。生徒達も、二人でセットみたいなところは感じていることだろう。

 これもまたアリアの性格のところもあるので、言ったところで仕方ないのは分かっている――だが、担任としては一応仲良くするように言った方がいいのだろう。


「せっかくの機会ですから、他の子とも親睦を深めることも考えては?」

「ん、イリスが泳げるようになったら考える」

「イリスさん第一、ですね」

「先生もそうだよね?」

「僕は君とは少し違いますよ」


 そう答えて、アリアの方に視線を送る。依然、水着が流されたままの彼女は、恥ずかしがるような素振りを見せずに胸をさらけ出したままだった。

 これでも動揺しないのはアリアらしい―そう思ったとき、


「……あまり見ないで」


 少しだけ頬を赤くしながらアリアがようやく胸元を隠す。……彼女にも一応、羞恥心というものがあったらしい。


「そう言うなら初めから隠してくださいね」

「……うん」


 僕は浜辺に置いておいた上着をアリアにかけると、必死にアリアの水着を探すイリスのところへ向かって言う。


「イリスさーん! 水着なら僕が探しますから、泳げないんですから無茶しないでくださいね」

「だ、大丈夫です! 溺れたりはしませんから!」


 何故そこで強がるのか――そんな疑問を覚えつつも、僕は泳いで早々にアリアの水着を見つけ出す。その後のアリアは結局浜辺にいることにはかわりなかったが、静かに僕とイリスの練習を見守るつもりのようだった。

 ようやく、イリスに泳ぎを教えられそうだ。 

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