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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第一章 《剣聖姫》護衛編
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9.追いかけっこ

「先生、シュヴァイツ先生! 待ってくださいっ!」


 後方から、僕を呼ぶ声が聞こえる。

 廊下を歩く僕の後ろから、女の子が追いかけてくる――そういう青春みたいなことは僕の人生経験はなかったし、ひょっとすると貴重な体験なのかもしれない。

 ――それが、普通の女の子ならだ。


「先生っ、私と戦ってください!」


《剣聖姫》と呼ばれるイリスが、僕を追いかけながらそんなことを口にする。何とも魅力のないお誘いだった。

 まだ校内にも生徒は残っているというのに、彼女は体裁というものを気にしないのだろうか。


「……はあ」


 小さくため息をついて、廊下の窓を開けた後に振り返る。

 イリスの表情は相変わらず真剣だ。一言「面倒臭いから嫌だ」と答えるのは簡単……簡単なのだが。

 相手は護衛対象の、それも四大貴族であるラインフェルの一人娘。

 僕は仮にも王国に勤める騎士だ。頼み込んでくる生徒をないがしろにするのは、騎士としても講師としてもダメだということ良識くらいは持っている。

 ……まあ、戦う気はないけど。


「……先生の、本気と戦ってみたいんです」

「本気は昨日見せましたって」

「違います。先生は、あれでも手加減していたはず」


 ……彼女は強い。僕から見てもそう思うくらいには。

 彼女クラスともなれば、ある程度相手が本気を出しているかどうか分かってしまうのだろう。

 生徒のレベルに合わせるのだとしたら、僕としてはあれくらいで丁度いい塩梅だと思ったのだけれど。


「君の思い違いですよ。それに僕にはまだ仕事がありますし」

「手伝いますからっ」

「え、本当に――ではなく、生徒にやらせるわけにもいかないでしょう」


 一瞬、釣られそうになってしまった。実際、今日は書類整理くらいのもので仮に僕が本当の子供だったとしてもできる仕事ばかりだ。

 ――とはいえ、それを手伝ってもらったくらいで戦うわけにもいかない。


「お、お願いします。何でもしますから」

「何でもって……駄目ですよ、女の子がそんなこと言ったら。如何わしいことでも頼まれたらどうするつもりなんですか?」

「っ!」


 僕の言葉を聞いて、驚いた表情をするイリス。

 バッと身を守るように構えて顔を赤らめているのは、きちんと僕の言っていることが理解できたということだろう。


「分かったのならそういうことは――」

「い、いいですよ……」

「はい?」

「せ、先生が望むなら、わ、私にもそれくらいの、覚悟は、あります」


 歯切れ悪く、涙目になりながらもそんな風に答えるイリス。

 ――いや、この子マジなのか。

 僕と戦うためなら何をされてもいい、と言っているのだ。……そもそも、見た目だけなら僕の方が年下なのだけれど。

 何がそこまで彼女を動かすのか分からないが、僕がそっと手をかざすと、イリスがびくりと身体を震わせる。

 そんな彼女の頭にポスッと手に持った資料を置く。


「それは覚悟ではなく自棄のようなものです。切り出した僕も悪かったですが……軽々しくそういうことを言っては駄目ですよ」

「か、軽々しくなんて言っていません!」


 ――そう、その通りだ。彼女は本気でそう言っている。

 だから困っているわけだけれど……。


(講師職って楽なわけじゃないんだなぁ……)


 生徒に合ったレベルのことを教えていればいいと思っていたが、こういう子がいる可能性もあるということだ。

 よりにもよってそれが護衛対象というのが難儀なところだけど。


「……分かりました。そこまで言うのなら一つ、条件を付けましょう」

「は、はい!」


 イリスの表情が明るくなる。僕がようやく乗り気になったと思っているようだが……そんな簡単に戦うとは僕の立場では言えない。


「今から、そうですね。三十分以内に僕を捕まえられたら、本気で戦ってあげますよ」

「……捕まえる?」

「そうです。それで無理なら今度こそ諦めてください。それが条件です」

「……やります。やらせてください」


 イリスの返事に迷いはなかった。

 彼女は間違いなく、全力で僕を追いかけてくるだろう。


「そうですか。それじゃ、今からスタートです――」


 僕はその言葉と同時に床を蹴る。

 先ほど開けておいた廊下の窓から、僕は飛び出した。


「え……!?」

「校内だけではなく敷地内ならどこにでも逃げますからねー!」


 条件を出したのは、捕まる気なんて毛頭ないからに決まっている。

 会議室のあるのは三階――ここから飛び降りたのなら、彼女が追いかけてくるだけでも相当時間が稼げるはずだ。

 ……まあ、大人げないかもしれないが逃げるのは全力でやらせてもらう。


「――逃がしませんっ!」

「……は?」


 飛び降りた僕の後を追いかけるように、イリスも飛び降りてきた。

 スカートだというのにそれも気にせず――というか、三階だというのに躊躇わず降りてきた。

 彼女レベルなら、それくらいやってのけるということだ。


「三十分はちょっと長すぎたかな……」


 そんな後悔の言葉を口にしつつも、僕は振り返ることなく駆け出す。

 こうして、剣聖姫との追いかけっこが始まった。

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