88.騎士団長の選択
レミィル・エインは《会議》を終えて、執務室に戻るところであった。王国内にいる五人の《騎士団長》――一堂に会する機会は、月に一度あればいい方だったが、今は高い頻度で召集を受けている。理由は簡単だ。《剣客衆》という、この国にとっての脅威が迫っている。
以前は《剣聖姫》イリス・ラインフェルを狙ってのことで、その件は犠牲を払いながらも《黒狼騎士団》が解決をした。
正確に言えば、アルタ・シュヴァイツという少年騎士のおかげであるが。
(今回も、君に頼ることになるか)
五ヶ所それぞれに別れて滞在していると目される剣客衆。その一人の対応は、アルタに任せている。
残りの四人についても、それぞれの騎士団にいる精鋭達が、その対応に当たるとのことだった。
……どの騎士団も、『虎の子』と呼べるような騎士を抱えているだろう。レミィルにとってはアルタと、先の戦いで失った《蒼剣》ベル・トルソーがそれに該当していた。
(……私も、デスクワークばかりしている場合ではないのかもしれないがな)
そんなことを考えながら、レミィルは執務室まで戻る。扉に手をかけたところで感じたのは、人の気配であった。
その気配はどこか異様なものであった。扉を開く前から、こちらの気配にも気付いている。警戒しているというわけでもなく、だがどこか鋭い視線のようなものを感じた。
レミィルは腰に下げた剣の柄に触れ、警戒しながらも扉を開く。
そこにいたのは――一人の少女であった。
必要以上にはだけた着物姿で、胸元を強調するかのようにしながらもさらしすら巻いていない。
この辺りでは珍しい、東洋の国で見られるものだ。丁度、剣客衆であるアズマ・クライがそうであったように、刀を持った少女がレミィルに笑顔を向ける。
「おかえりー、待ってたよ」
「――ルイノ・トムラか?」
「ん、そうだよ。何で知ってるの?」
報告にあった外見的特徴が一致する。侵入者は悪びれる様子もなく、ソファーに腰掛けていた。
「知っているさ。剣客衆の一人を単独で破ったという……何故、君がここに?」
レミィルはあくまで冷静に問いかける。今回の件の中でもっともイレギュラーな存在――それが、目の前にいるルイノという少女だ。
剣客衆の狙いが、アルタであるということは分かっている。仲間四人の復讐か……そんな繋がりがあるのか分からないが、少なくとも彼らは結託してアルタを狙っている。
目的が分からないのは、このルイノという少女であった。何かの組織に属しているという情報もなく、剣客衆を打ち倒したことで知られることになった少女。
……問題は何故ここに彼女がいるか、だ。
騎士団の警備も抜かりはない――それらを容易く掻い潜ってきた時点で、彼女の実力が高いことが理解できる。
「にひっ、面白いこと聞くね? それはもちろん、ここに用があったからだよ」
「用、とは?」
「質問ばっかりだねぇ。でも、あたしも聞きたいことがあるから答えるよ。色々と『聞いて』みたけど、アルタっていう子供の騎士が、ここにいるって話なんだけど、会えるかなって!」
「……アルタに何の用がある? 用件なら代わりに私が聞いておこう」
「んー? お姉さんも悪くなさそうだけど、ちょっと『足りない』かなー。剣も刀も、毎日振らないとね?」
確認するような視線で、ルイノがレミィルの手元を見る。すでに臨戦態勢に入っているのは分かっているはずだが、ルイノの態度はあくまで余裕のままだ。
ルイノは、目的があってここに来たと言う。彼女の雰囲気から、おおよそのことは察することができた。
「君も、アルタのことを狙っているのか」
「君もってことは、やっぱり剣客衆もそうなんだねぇ。さっきも絡まれたくらいだし……ここに来たからには用はないんだけど」
「さっき……?」
「そんなことより! アルタはどこにいるの?」
「答えると思うか?」
「答えた方がいいと思うよ? まあ、力ずくっていうのも嫌いじゃないけどねっ! にひっ」
ルイノが刀の柄を握る。一触即発――いつ斬り合いになってもおかしくはない状態だ。
「貴様、ここで何を――ぐあっ!」
「!」
その時、外から聞こえてきたのは叫ぶ騎士の声。それを聞いて、ルイノが眉をひそめる。
「あーあ、こんなところまでついてきたんだ」
「一体、何を連れてきた……!?」
「さっき言ったでしょ。ここに来る途中でも、絡まれたんだよねぇ」
ルイノの言葉と共に、扉が剣で切り裂かれる。
すぐに反応して、レミィルはその場から跳んだ。姿を現したのは、全身が鮮血で染まった細身の男――
「剣、客衆……!」
もう一人の来客は、予想外であった。
剣客衆の動向は、騎士団でも常に確認している。だが、彼らの動向を完全に把握しきるのは無理なことだろう。
このルイノという少女も含めて、想像以上に動きが早い。
現れた剣客衆――ゼナス・ラーデイはギョロリとした目でルイノを睨む。
「逃げられると、思うなよ」
「にひっ、別に逃げてないって。目的地がここなんだから、もうあなた達に構ってる暇はないの!」
ルイノの言葉に、ゼナスが耳を貸す様子はない。
真っ赤な剣を手に握りしめて、ポタリと鮮血を滴しながらゆっくりとルイノに近付いていく。
レミィルの取るべき行動は、可能であればどちらも捕らえることだった。
だが、いずれも実力で言えば……まともに斬りあってもレミィルが負ける可能性がある。それに、剣客衆までもすでに王国内に侵入している状態だ。
はっきり言って、緊急事態だと言える。
そんなレミィルの方を見ながら、ルイノがにやりと笑みを浮かべて言う。
「じゃあさ……取引しようよ。アルタに会わせてくれるなら、協力してもいいよ?」
「なんだって……?」
それはレミィルにとっては、最悪でありながらも最も望まれる選択肢であった。