87.海辺の町
《剣客衆》の件を受けてから二週間後――僕は生徒達を連れて《リレイ》の町にいた。
海岸沿いにあり、そこに隣接するだけあって水産業が発展した場所だ。王都で取り扱われる海産物には、ここから仕入れられた物も多く存在する。
観光地としても有名だ。町自体は小さな山沿いにあるためか、坂のような場所に作られていて、そこから見える海の景色はとても美しい。
「先生っ! 泳いできてもいいっ!?」
「あはは、その前に点呼を取るので浜辺に集合ですよー」
女子生徒のはしゃぐような問いかけにさらりと答える。
元気な子達は早々に浜辺に駆けていき、男子生徒達もそれに続くような形となった。
僕は取り残されるような形になる――と思えば、僕の隣にはどんよりとした雰囲気のイリスがいた。
「イリスさん、平気ですか?」
「! へ、平気です! 別に、海だからテンションが低いとかそういうわけではなくてですね……」
丁寧にテンションの低い理由まで自分から説明してくれる。
目の前には小さいとはいえ山がある。イリスがそちらの方に視線を送ると、
「……ここで海派と山派で別行動というのは?」
そんな希望をポツリと口にした。
「引率が僕だけですからそれは無理ですね」
「ですよね……」
そんなイリスの希望を打ち砕くと、彼女はがくりと肩を落とす。どうやら本当に海に行くのが嫌だったらしい。
だが、これはイリスにとっても必要なことだ。
「イリスさん、君の気持ちも分かりますが……泳げるかどうかは騎士にとって重要なことなんです」
「っ! 泳げないから嫌がっているわけでは……あ、ありますけど」
視線を逸らしながらも、素直に認めるイリス。その姿に思わず笑ってしまいそうになるが、僕は海の方に視線を送って続ける。
「これも修行の一環ですね」
「……修行?」
「はい。僕は君が《最強の騎士》になれるように手助けをするつもりです。けれど、泳げないなんて理由で騎士になれなかったら、それこそ恥ずかしいことだと思いませんか?」
「……! 確かに、先生の言う通り、です」
「泳げないことが悪いとも言いませんし、今泳げないことが恥ずかしいとも言ってません。この課外授業の中で、泳げるようになればいいわけですからね。僕がしっかり教えますから」
「シュヴァイツ先生……分かりました。私、この授業で泳げるようになります……!」
決意に満ちた表情でイリスが宣言する。一応、授業の目的は泳げるようになることではないのだが……まあ、彼女にとってそれでやる気が出るのならいいだろう。
決意を新たに浜辺へと向かうイリスに続くと、
「先生」
不意に背後から声をかけられる。相変わらず気配を消すのが上手い――アリアだ。
「アリアさん、まだ浜辺には向かってなかったんですか?」
「うん。ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
「そう、問題なさそうだったけど。先生、授業の他に仕事もあるよね?」
「!」
アリアがそんな風に問いかけてくる。ちらりと彼女が視線を送ったのは、少し離れたところにいる観光客。彼らが本当は観光客でないことに、アリアは気付いたようだ。
偵察や監視の任務に特化した騎士達なのだが、それにすぐ気付くとは、やはりさすがと言うべきか。
「……さすがですね、アリアさん」
「たぶん、イリスも気付いてると思うよ。言わないだけで。それで、今回はどういう仕事なの?」
「あはは、君は相変わらずストレートに聞きますね」
「うん、気になるから」
「そうですかーー今回は、君達には関わりのないことだと思います」
僕はそう答える。実際のところ、嘘は言っていない。今回の件については断定できないが、狙われているのはイリスではなく僕の方だろう。
それならば、今の状況でイリスやアリアに負担のかけるような話をする必要はない。
実際、イリスが聞けば間違いなく協力する、という風に答えるだろう。
アリアは訝しげな表情を浮かべながらも頷いて、
「……分かった。先生がそう言うならいい。けど、わたしは先生のことを信頼してる。だから、先生も必要ならわたしを頼って」
そう言って、イリスの後を追うように駆け出した。
……以前のアリアであれば、ここで食い下がってでも話を聞こうとするか、自分で調べあげそうなものだが、そういう意味ではきちんと信頼されているのかもしれない。
だからこそ、僕自身の手でこの問題を解決する必要がある。
この近くに潜んでいる剣客衆と、ルイノ・トムラという少女――
(トムラ……か。今更聞くことになるとは、思いもしなかったね)
それが僕の知る『トムラ』という人物に関係があるか分からない。けれど、もしそうだったときーー僕の取るべき行動も考えておかなければならないことだ。
最近書いてて思うんですけど、イリスにはチョロイン的な気質があるような感じがしてきました。