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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第三章 《剣客少女》編
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85.『山』を選ぶ理由

《フィオルム学園》の職員室に、僕――アルタ・シュヴァイツはいた。

 入口から入って右奥の方、他の講師達と同じように席をもらっている。

 剣術の授業の生徒達の評価シートをまとめながら、僕は小さくため息をつく。


「ふぅ……あと少しかな」


 すっかり僕の講師としての仕事も板についてきた――それが良いか悪いかは全くの別だが。

 一応、この学園の全ての生徒達の剣術を担当している身として、しっかりと評価を付けなければならない。

 剣術という点において、まずはイリス・ラインフェルの右に出る者はいなかった。

 さすがは《剣聖姫》と呼ばれるだけはある……僕から見ても、やはり彼女の剣術は学生のレベルにはない。

 次いで評価が高いのはイリスの親友であるアリア・ノートリア。剣術という枠に入れていいのか判断に迷うところではあるが、シンプルに剣を扱わせても彼女は十分に実力がある。

 他にも数人、剣術という点においては光るものがある生徒達はちらほらいた。

 いずれも将来は《王国騎士》を目指すつもりなのかもしれない。実力のある人間が騎士に入ってくれたら、この国の将来も安泰だろう。


「アルタ先生、少しいいか?」


 声をかけてきたのは、学年主任であるオッズ・コルスターであった。

 相変わらず、魔法の授業を担当している割には筋肉質な身体つきに目がいってしまう。

 同じ講師のことを名前で呼ぶようにしているらしく、『シュヴァイツ先生』と呼ばないのは彼ぐらいだろう。この学園の中でも、僕が《騎士》であることを知っている人物の一人でもある。

 だが、普段は同じ講師として接していた。


「コルスター先生、どうかしました?」

「ああ、今度の課外授業の話だが、山側と海側のアンケート結果を聞きたくてな」

「課外授業……確か、クラス毎に向かう場所が違うんでしたっけ?」

「そうだ。海派の方が例年だと多いんだが、山は山で学べることが多い。山好きも毎年一定数いるからな」


 僕のクラスでもこの前アンケートの結果を回収したばかりだ。

 大体結果はまとめてある……僕は机から用紙を取り出して確認する。


「うちのクラスも……海、ですね」

「海かぁ。いっそのこと、全クラスとも海でいいかもしれんな。ありがとうよ」


 オッズはぶつぶつとアンケート結果に頭を悩ませながら、僕の下を去っていく。――課外授業は毎年、どの学年でも行われている授業の一つだ。

 他にもいくつか行事はあるが、この時期だと山か海かでアンケートを取って行先を決めているらしい。

 僕のクラスのアンケート結果も他と違わずに『海』が圧倒的であったのだが……イリスは『山』を選んでいたことを思い出す。

 山修行……確かに彼女が好きそうな言葉ではあるが。さすがに、そのために選んだとは思いたくはない。

 アリアについては、普通に『海』を選んでいた。正直言ってしまえば、生徒達にとっては遊ぶ場所を選ぶアンケートでもあるのだ。

 泊まり込みで三泊四日ほどだったか……海側の方が、泊まる場所も町中と決まっている。

 僕的には、比較的静かに落ち着ける山でも全然構わないのだけれど、この調子だときっと海に決まるだろう。

 僕は剣術の授業の評価をまとめ終えると、席を立って職員室を出る。

 すると、そこにはイリスとアリア――二人の少女が出迎えてくれた。……僕が出てくるのを待っていたのだろう。


「シュヴァイツ先生、お待ちしていました」

「あはは、出待ちとは恐れ入りました」

「イリスが待ちきれないって」

「そ、そんなこと言ってないでしょ」


 少し顔を赤くして、アリアの言葉を否定するイリス。だが、アリアの言葉に信憑性は十分にある。職員室を僕が出た時、嬉しそうな表情のイリスを見てしまったからだ。

 ……まるで飼い主を待っている犬のようだ、と表現すれば間違いなく彼女は怒るだろうから黙っておく。

 二人と共に、本校舎の裏へと向かう。

 放課後に修行を見るのが当たり前のようになっていて、そこが僕達にとっての修行の場となっていた。

 僕は歩きながら、ふと先ほどのアンケートのことを思い出す。


「イリスさん、そう言えばアンケートの話なんですが」

「アンケート? あ、もしかして課外授業の……山ですか?」

「いえ、たぶん海になるかと思いますが」

「! そう、ですか」


 僕の話を聞いて、何故か意味ありげに視線を逸らすイリス。


「山に行きたい理由でもあるんですか?」

「そこに山があるから……?」

「なぜ疑問形なんです? イリスさん、そんなに山が好きだったんですね」

「いえ、そういうわけではないんですけど……山の方が色々と、修行もできるじゃないですか」


 まさか僕の思っていた通りの理由をそのまま言うとは思わなかった。

 彼女は大貴族の一人娘のはずなのだが……どうしてそんな野生児のような発言をしてしまうのだろう。そう思っていると、僕の隣にアリアがやってくる。


「それだけじゃないよ。海だと泳ぐことになるでしょ」

「……? そうですね」

「こ、こら。アリア! その話は……!」


 イリスが慌てた様子でアリアの言葉を遮ろうとする。

 だが、アリアはタッと駆け出して、イリスから逃げるように言い放つ。


「イリス、まだ泳げないんだよ」

「……っ、ま、待ちなさいっての! どうしてばらすのよっ!?」


 イリスが怒りながら、アリアを追いかける。相変わらず騒がしい二人だが、アリアの発言は中々に衝撃の発言であった。……いや、実際のところ貴族には意外と多いのかもしれない。

 この辺りは川こそあるが、貴族が川遊びをする機会も少ないだろう。

 別に恥ずかしがるような話でもないのだが、それ以上に心配になってしまう。――騎士になる以上、泳げないのはまずいことだからだ。

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