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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第二章 《暗殺少女》編
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81.復讐するは

 白衣の男――クフィリオは一人、揺れる地下道を歩いていた。

 ちらりと後方を振り返り、小さく嘆息する。


「やれやれ、負けたか……私は」


 もう一人の自分――同じ記憶を持って、肉体と頭脳に分かつ存在のうち、クフィリオの肉体は敗北した。長い間培ってきた暗殺技術を、クフィリオは失ったのだ。

 再びクフィリオは前を向いて歩き始める。半身を失ったが、まだ問題はない。

 頭脳を担当する自分が生きている――暗殺技術に関する記憶もある。同じようにまた、『クフィリオ・ノートリア』を作り出せばいい。

 《影の使徒》は元より一人の男によって形成され、組織の形を成してきた。

 自分さえ生きていれば、何度でもやり直しは利く。


「しかし、今回は中々にスリルがあったなぁ。次こそは、誰にも負けないようなクフィリオを作ろう――」


 そこで、クフィリオはピタリと足を止める。何かに気付いたように、驚きの表情を見せていた。


「そうか……ははっ、私もまだ捨てたものではないな。ここに来て新しい目標ができるとは! 一つの国を支配する……その目標よりも面白そうだ」


 クフィリオにとって、それはゲームのようなものであった。

 人生とは短いものだ――生きている間に得られる経験など、たかが知れている。だが、寿命をもしも伸ばすことができたら?

 あるいは、肉体を変えることでもっと長い人生を生きられるとしたら?

 そんな研究から始まって、気付けば数百年という時を生きてきた。

 長生きをすればするほど、クフィリオにとっての楽しみ方はより、過激になっていった。

 帝国元帥の娘であるエーナ・ボードル――彼女が王国内で殺されたとなれば、保守派であるルガール・ボードルも過激派へと変貌することだろう。

 そうなれば、クフィリオの協力している過激派の勢力は揺るがぬものとなる。

 その戦争で、クフィリオは自らの技術を存分に振るう。仮に負けても、それはそれで構わない。現トップであるルガールを引きずり下ろすことは確実にできたのだから。

 誤算であったのは、王国内にその動きを悟られたこと。すなわち、ルガールの娘であるエーナに気付かれたということだ。

 たかが十数年しか生きていないような娘に、クフィリオの考えを読まれ、自らを囮にして誘い出された。

 そう思うと、クフィリオの口元が自然と緩む。


「全くままならないものだな。だが、これも――」

「面白い、か? 私は別に面白いとは思わないがな」

「! おや、まさかこんなところで出会うとは」


 クフィリオの言葉を遮ったのは、まさにクフィリオを誘き出して、ここまで追い詰めた少女――エーナであった。

 入り組んだ地下道でも、王国の『外』に繋がる道は限られている。クフィリオの脱出経路を読まれて、エーナに先回りされたのだ。

 帝国の軍服に身を包んだ彼女は、クフィリオを前にしても臨戦態勢にもならず、冷たい視線を送る。


「お前がクフィリオ・ノートリアか。随分と冴えない男だな」

「はははっ、冴える方は失ってしまってね。さて、ここに君が来たということは……私を捕らえにきたのかな?」

「捕らえる……か。確かに、私個人としては帝国の『膿』を出しきるためにお前の協力者については聞き出しておきたい。まあ、大方過激派連中の中枢ばかりだろうがな」

「どうだろうね……けれど、ここに君が来てくれたのは好都合だ。私にもまだ運があるね」


 クフィリオはそう言って、構えを取る。右手と左手に浮かび上がるのは《魔法陣》――戦闘向きではないが、クフィリオ自身も魔法に関する戦い方は心得ている。


「この狭い道だ……君を越えて行くしか脱出する方法はないだろう。だが……ここで君を殺して脱出できれば、それこそ言うことはないね」

「ほう、後ろで見学してばかりいたお前が、私に勝てると?」

「やってみなければ分からないとも……少なくとも私は――かふっ」


 クフィリオは突然、背中に走った痛みと共に吐血する。口元から流れ出る血を拭いながら、ゆっくりと振り返った。

 そこに立つのは、一人の少女。クフィリオも知っている――エーナの側近である、メルシェ・アルティナだ。ボードル家のメイドでありながら、軍人としても活動している少女……そんなメルシェが、気配もなくクフィリオの背後に迫り、一撃を加えた。


「なん……だ。君、は? 君のような、部外者が……?」

「『部外者』ですか。あなたはどこまでも酷い人ですね。まあ、顔も声も……変わっていますから、気付かないのも無理はないでしょうね」

「顔、声……? 君は……」


 ハッとした表情で、クフィリオはメルシェの顔を見る。彼女の表情は――かつてクフィリオが見たものと同じ。

 自分が育てて暗殺技術を教え込んだ一人であり、自分を裏切ってアリアを逃がした少女。


「残念だが、お前に鉄槌を下すのは私ではない。これは、彼女の復讐だ」


 最後に聞こえたのは、エーナのそんな声。

 クフィリオはようやく全てを悟る。ここまで追い詰められたのは、全てエーナの作戦に寄るものではない――起因となったのは、全く別の存在。

 さらに首元にもう一撃……確実にクフィリオを仕留めるための、一撃が放たれる。

 出血と共に、クフィリオは呆気なくその場に倒れ伏す。数百年という時を生きた男の最後は、とても静かなものであった。


 ***


 倒れ伏したクフィリオを見下ろすようにして、メルシェは大きく息を吐いた。


「ふぅ……」

「これで全て終わり……と言いたいところだが、これからクフィリオに関わりのある者を探す仕事が増えたな」

「……申し訳ありません。本来ならば、捕らえるのが正解だったのでしょうが」

「いや、これでいいだろう。長い間生きてきた男だ……下手に生かすよりも、始末した方が早い。一応、こいつに関わる者の何人かは生きているのだからな」

「ありがとうございます。では、王国の騎士を呼びに行きますか?」

「その必要もないだろう。じきに、ここに一人やって来るだろうからな」


 エーナがそう言って、クフィリオが向かってきた道の方を見る。先ほどの大きな地鳴りは、アルタ・シュヴァイツがもう一人のクフィリオに勝利したもの。そう、エーナは判断しているようだった。


「エーナ様がそこまで信頼されるとは、やはり男を好きになると変わるものなのですね」

「なんだ、その言い方は。ふっ、だが……否定はしない。私も乙女ということだな……」

「……ふふっ」

「笑うな、怒るぞ」

「も、申し訳ありません。ですが、おかげで私にとってやるべきことは終わりました。後は、エーナ様にお任せします」

「ああ……今後については任せてもらう。だが、まだお前のやるべきことは残っているだろう?」


 エーナの言葉に、メルシェもこくりと頷く。

 《影の使徒》はクフィリオを失ったことで解体される……だが、メルシェもまた関わりの一人として、やるべきことが残されていた。

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