80.《剣聖》vs《戦王》
僕の《銀霊剣》とクフィリオの持つ《紅鳴剣》がぶつかり合う。銀色に輝く刀身と、赤色に染まった刀身がぶつかり合って、火花を散らす。僕の魔力はすでに底を尽き、クフィリオも先ほどの《記憶読込》によって魔力を使い切っただろう。
《剣戦領域》――己の肉体と武器でのみ戦うことが許された空間で、僕とクフィリオは剣を振るった。
「ハッハーッ! 思い出すぞ、ラウル・イザルフ! お前の剣を受けるたびに、あの時の戦いを!」
クフィリオがそんな笑い声を上げる。今の彼の精神には、リクトの記憶が融合している状態だ。話し方はほとんどリクトだが、彼自身はクフィリオという存在なことに間違いはない。
先ほどまでは僕の剣術を防ぐことができなかったクフィリオが、堅実に僕の攻撃を防いでいる。口調こそ荒々しく、剣を振る動きも雑に見えるが――これこそまさに《戦王》と呼ばれた男の剣術だ。下手に突っ込めば、僕の方が斬られることになるだろう。
滑らせるような一閃を放てば、クフィリオはそれを防ぎ、一歩前に踏み出して懐へと飛び込んでくる。僕の剣を弾いてから、高く剣を掲げて振り下ろす――わずかに身体を逸らしてそれをかわす。
今度は僕が弾かれた勢いのままに再び一撃。クフィリオもそれに呼応するかのように剣を振るい――剣撃の応酬が始まった。
「お前の剣は、オレが一番よく知っている……二度は斬られんぞ」
「本来ならば、《剣聖》の前に二度立つことはないんだけどね。そういう意味ではあなたが初めてかもしれないな」
互いに一撃一撃が命を奪うための一振り――そんな中で、まるで昔のことを思い出すかのように会話を続ける。
かつて斬り合ったときは、言葉という言葉もかわすことはなかった。
命を削るような戦いの果てに、勝利したのが僕だったのだ。
「ならば、オレは素晴らしい体験をしているな。所詮オレの記憶が紛い物だが――今の高揚感は本物だ……!」
「興奮するなよ、《戦王》。剣術が乱れるよ」
「ハッ、これこそがオレだろう! この高揚感こそが、オレを高めてくれる……。お前を斬るための一撃はそこにあるッ!」
言葉と共に、クフィリオが強烈な一撃を放つ。
わずかに押されて後方へ下がると、クフィリオがそれを見逃さずにさらに一歩前に出て猛攻に出る。
続けざまに五連撃。力強い一撃は鈍い音を鳴らしながら僕を狙う。三撃目までは防いだが四撃目がわずかに肩をかすめる。
五撃目――僕もその瞬間に剣を振るう。リクト・ヴィルターの剣撃には癖がある。横に薙ぎ払うような一撃を放つときに、地面を強く踏みしめて、わずかに挙動が大きくぶれる。
その瞬間を、僕は見逃さない。それが、かつてリクトを殺したときの一撃なのだから。
僕の動きを見て、クフィリオがにやりと笑みを浮かべる。僕もすぐに気付く――その動きこそが、『誘い』なのだと。
「――」
僕は咄嗟に地面を蹴って、後方へと下がる。
クフィリオが左手に、懐から取り出した短刀を握っていた。その刃先から、ポタリと鮮血が垂れる。僕の右手首への、一撃だ。
「クク……ハッハッハッ! 二度は斬られんと言っただろう!」
一度僕に斬られて学習したということか、あるいはクフィリオとリクト二人による合わせ技というべきか――一撃は深くないが、わずかに手首の痺れを感じさせる。剣を握る分には何も問題はないが、これから振れば振るほど、僕が不利になるのは事実だ。
「もう少し深ければ、『致命傷』だったな」
クフィリオの言う致命傷とは、剣を握れなくなるということを意味しているのだろう。僕はその言葉を聞いて、くすりと笑う。
「あはは、確かにそうかもしれないね」
「……何か可笑しいことがあるか?」
「いや、あなたにできて僕にできないと思っているわけじゃないだろう。僕だって――剣を二本持っているんだ」
《銀霊剣》を左手に持ち替えて、僕は右手に《碧甲剣》を持つ。ラウル・イザルフとしての剣と、アルタ・シュヴァイツとしての剣を。僕のその姿を見てクフィリオが目を見開き、
「おおっ! そうでなくてはな! 死力を尽くしてこそに意味がある――お前とオレの戦いは、そうでなくてはならないッ!」
クフィリオもまた、剣と短刀を構えて動く。お互いに間合いをはかりながら、再び剣撃を繰り出した。彼の持つ短刀は僕には届かない――今はすでに、防御のためにある存在だと言ってもいい。
かたや、僕の右手は出血がある。むやみやたらに振れば先に限界が来るのは僕の方だ。……だが、その限界が訪れることはないだろう。
舞い散る火花と、鮮血。互いに二刀を持っての斬り合いは、明確に僕の方が優勢だった。クフィリオの表情から、余裕に満ちた笑みが消える。
「……ッ!」
「驚くことではないよ、《戦王》」
「なにを……!」
「僕はどちらでも同じなんだ。右手でも左手でも――どちらの腕でも、剣術においては僕を超える者はいない。あなたは短刀を持っているが……それはクフィリオの暗殺技術に過ぎないものだ。そんなものでは、僕は殺れない」
クフィリオの短刀を弾き、僕は《碧甲剣》を手放した。クフィリオはリクトという男の記憶に頼り、僕と戦った。そしてリクトは、記憶だけの存在でありながらもクフィリオという男として、その技術にも頼った。結局のところ、彼の敗因はそこにある。
剣術に特化したリクトと暗殺術に特化したクフィリオ――身体的能力に頼るだけならばまだしも、即席で組み上がったような技術では、僕の領域には遥か遠い。
地面を蹴って、両手に剣を握る。クフィリオが取るのは防御の構え。
「僕は《剣聖》として戦うと言った。それを名乗ったからには、僕が負けることはない」
金属と金属のぶつかり合う音が響き――やがてキィンと大きな音を響かせた。《紅鳴剣》の刀身も両断し、クフィリオの身体までその一撃を届かせる。折れた刀身が宙を舞い、クフィリオがその場に膝をついた。
僕はそんなクフィリオに向けて、剣先を向ける。銀色に輝く刀身は、より強い輝きを放つ。食らった魔力を解放することで、《銀霊剣》は魔力による強力な一撃を放つことができる。
そんなことをしなくたって、今のクフィリオを殺すことはできる――けれど、僕は約束した。アリアさんを、呪縛から解き放つ、と。
この部屋にその『技術』があるのなら、それも含めて消し飛ばす。それが、僕にできることだ。
「あなたが頼ったのは所詮、過去の亡霊だ。そして、それはあなたも同じだよ」
「ボクも、同じ……だって?」
《紅鳴剣》が折れたことで魔法の効果が切れたのか、クフィリオの口調が元に戻る。僕は頷いて、剣を振り上げる。
「あなたは長く生き過ぎた。今を生きる子の命を使ってまで、生き延びようとするものじゃない」
「は、ははっ……やっぱりボクと君は似ている、よ。君が《剣聖》なら……君も同じく『過去の亡霊』、だろ?」
「ああ――だから、僕が始末をつけるんだよ」
部屋ごと吹き飛ばすように、《銀霊剣》の中にある魔力を解き放つ。銀色の輝きが部屋を包み込み――やがて地下全体を揺らした。