8.《剣聖姫》の相談事
翌日――正確に言うとその日の授業終わりからだけど、僕の講師生活は始まった。
朝はホームルームで伝達事項を伝えたりするのが主で、帰りもそれは同じだ。
相談事があれば何でも言ってほしい、とは言ってあるけれど、さすがに僕みたいな子供に相談してくる子はいないだろう――
「ねえ、先生ってどこで剣習ってたの?」
「東の方ですよ。まあ、いい師匠がいたので」
「強すぎだよー。あんなに強かったらうちらじゃ勝てないって」
「ほんとほんと! 先生みたいな子が先生なんて信じられないけど……」
……思っていたのと違っていた。
いや、実際相談事ではなく質問ばかりなのだけれど。
放課後だというのに何やら女子生徒が集まって色々と聞いてくる。
相談事でないのなら手早く職員室に戻るつもりだったのだけれど、中々戻らせてくれない。
男子生徒達も僕の動向が気になるのか、視線は強く感じる。
主に嫉妬のようなものを。年下に嫉妬するんじゃない、と言いたいところだ。
「先生、放課後暇なら遊ぼうよ!」
「いや、先生は先生ですからね。放課後も仕事があるんですよ」
明らかに先生の扱いではなくなっている雰囲気はあるし、それに僕の思っていた感じとは違う。
強さを見せたからには多少の畏怖や敬意はあるものだと思ったけれど、生徒達からすればとにかくすごい子供という印象のようだった。
話も広まるのが早いもので、僕が《剣聖姫》を倒したとすでに広まっているらしい。
正確に言えば倒したわけでもなく時間切れで勝っただけなのだけれど。
ちらりとイリスに視線を向けると、僕の方を真っ直ぐ見ていた。
いや、物凄いプレッシャーだ。
それこそ、今にも斬りかかってきそうな感じがする。
さすがに全員が僕のことを良く思ってくれるとは思わないけど、護衛対象が一番警戒しているというのは何とも悲しい話ではある。
「えっとですね。皆さん、僕もそろそろ仕事がありますので――」
「待ってください」
話を切り上げようと口を開いとき、僕の言葉を遮ったのは様子を窺っていたイリスだった。
その表情は変わらず真剣そのもので、僕の周りにいた女子生徒も萎縮して下がってしまう。
さすがは剣聖姫と言うべきか。
「はい、何か用ですか? 相談事なら受け付けてますよ」
「……私と本気で戦ってください」
「なるほど――ん?」
てっきり講師になるのは納得できないとでも言われるのかと思えば、イリスの口から出てきたのはそんな言葉だった。
教室内がざわつく。本気で戦う――イリスの言葉は、模擬戦というレベルを超えて戦ってほしいというものだった。
いや、彼女の言っていることは同じなのかもしれない。本気で戦えば勝てる――負けたら、講師を辞めろ、と。
「僕はあの時全力で戦いましたよ。時間切れという結果で納得できないのは分かりますが――」
「違います! シュヴァイツ先生が先生になることは、その、もう納得しました」
やや納得してなさそうな雰囲気を出しながらも、イリスがそんなことを言う。
そうなると、彼女の願いはシンプルに僕と戦いたいということだろうか。
イリスが言葉を続ける。
「私は、先生の全力と戦ってみたいんです」
「だからあれが全力ですって」
「嘘を言わないでください! 私の目は――」
「シュヴァイツ先生、いらっしゃいますか? そろそろ定例会議の時間なのですが」
このタイミングで、別の講師が僕のことを探しに来てくれた。
いや、本当にナイスタイミングだ。
僕はイリスに背を向けて言い放つ。
「その話はまた今度ということで!」
「……っ」
イリスもさすがに、仕事があると言えば止めるようなタイプではないようだ。
けれど、僕と本気で戦いたいと言い出すなんて思いもしなかった。
さすがに護衛対象と本気で戦うなんてことはまずい気がするし、それに僕は仕事でここに来ている。
彼女とこれを機会に打ち解ける――なんてことも考えたけれど、色々加味すると今の距離感くらいが丁度いいのだろう。
イリスとて、僕がかわしていれば諦めるだろう――そう思いながら会議に出たあと、待ち構えているイリスに出くわすことになるとは思いもしなかった。