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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第二章 《暗殺少女》編
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77.限界の先

 紫色の美しい刀身を持つ《紫電》の刃先をクフィリオに向けて、イリスは静かに様子を窺った。

 この部屋にいるのはイリスを含めて四人。拘束されたアリアと、距離を置いた白衣の男――クフィリオ。そして、イリスの目の前にいる少年のクフィリオ。

 二人のクフィリオの内、戦闘に参加できるのは片方だけのようだ。

 白衣のクフィリオは、自らの顎を撫でるようにしながら目を細め、


「ふむぅ、手短に頼むよ、クフィリオ。装置を直す時間も含めれば、結構掛かってしまいそうだ。イリスがいなくなった時間が長ければ長いほど、警戒心がより強くなってしまうだろう。そうなれば、君がアリアになったとしても失敗だ」

「アリアになる……?」


 イリスはその言葉を聞いて、周囲の装置を確認する。

 少なくとも、アリアに取り付けられたそれが、彼女にとっては『良くないもの』であることは分かっていた。

 少年の姿のクフィリオを見て、イリスは全てを察する。――彼は、もう何年も同じように身体を変えて生きているのだ、と。


「そういうこと。どうりで子供のままなわけね」

「クフィリオ、いくら殺すとはいえ……あまりネタばらしをするのは感心しないなぁ」

「はっはっはっ! それも含めて私ということだねぇ」


 記憶を移し替えることが可能であれば、コピーをすることもできる――そういうことだろう。

 ここにいる姿の違うクフィリオは、身体は違えど同一人物ということだ。《帝国の闇》――そんな人道に反した技術を持っているのだとすれば、確かに闇という言葉に間違いはない。

 だが、今のイリスはその問題を言及するつもりはない。

 やるべきことは一つ――アリアを救い出すために、目の前にいるクフィリオを倒すことだ。


「いい集中力だ。先ほどの一撃も、あと一歩踏み出していればボクの内臓にまで届いていたかもね?」

「……」


 イリスは答えない。《紫電》の柄を強く握り締めて、わずかに一歩前に踏み出す。


「だが、その一歩が遠い――そうだろう?」

「……ええ、そうね」


 クフィリオの指摘は間違っていない。

 あと一歩、踏み出せばイリスはクフィリオを倒せていたはずだ。だが、その一歩を踏み出していれば――わずかに出血した首筋が、ヒリヒリと痛む。命の奪い合いであることを、実感する痛みだ。

 クフィリオもまた、イリスを殺すための一撃を放っていたのだ。


「ふぅ――」


 小さく、息を吐く。

 こんな痛みも、今のイリスにとっては邪魔になる。

 必要なのは、意識を集中させること。『アリアを助ける』ために必要なことは、『クフィリオを倒す』ことだ。

 それを実行するために、イリスは身体の疲労や痛みには一切意識を向けない。

《紫電》を握る感覚だけあればいい――全てを捨て去って、ここに《剣聖姫》は完成する。


「参ります」


 その言葉は、イリスにとってのスイッチのようなものであった。

 言葉と同時に、イリスは左足で地面を蹴る。クフィリオとの距離を詰めて、一閃。


「同じようなこと――!」


 クフィリオが短刀で防ごうとして、大きく一歩後ろに下がった。

 イリスの一撃に、何かを感じ取ったのだろう。イリスはさらに追い打ちをかけるように《紫電》を振るう。

 パリッとわずかに音を立てて、雷が奔る。これはイリスの魔力ではなく、《紫電》が特有に持つ雷だ。周囲に飛び散るのではなく、刀身を纏うように光る。

 クフィリオは身体を逸らして、イリスの一撃を回避した。すぐに態勢を整えると、今度はクフィリオが前に出る。

 穿つような一撃。イリスはそれを、刀身で防ぐ。金属の擦れる音が響き、クフィリオが刃を滑らせる――イリスはわずかに《紫電》を弾くように動かして、クフィリオの短刀の軌道を逸らした。

 刃に対して刃を滑らせる技術――これは、クフィリオだからこそできるものだろう。防いだと思っても、ほんの一瞬のうちに身体へと短刀が届いてしまう。

 戦いの中で冷静に、刃先を滑らせるような動きができるのは、クフィリオがそれだけ卓越した技術を持っているということが分かった。

 だが、今のイリスにはその技術は通用しない。ただ相手の動きを見て、それに対処する――作り上げられたシステムように。


「なるほど、剣技においては確かに、《剣聖》の名を借りた《剣聖姫》を名乗るに相応しいね」

「褒めても出るのはあなたを倒す一撃だけよ」

「ははっ、いいね! けれど、ボクは褒めるために言ったわけではないよ。ボクの技術はあくまで、《殺し》専門でね……いつまでも君の戦い方には付き合わないさ」


 その言葉と共に、クフィリオの周囲に《黒い穴》が出現する。

 それはアリアが使う《魔法》と同じものだ。否――アリアがクフィリオから教わった魔法なのだろう。空間と空間を繋ぎ合わせて、『物を通す』魔法。

 通常の《属性魔法》とは異なるタイプであり、分類するならば《無属性魔法》と呼ばれる特異なものだ。

 周囲に視線を送ると、イリスを囲うように《黒い穴》が現れているのが目に入る。クフィリオが取り出したのは、数本の刃。


「踊って見せてくれよ」


 数本の刃を、《黒い穴》へと放つ。

 中に入った刃は、すぐさま別の穴からイリスに目掛けて飛翔してくる。

 イリスはそれを、身体を逸らして回避する――だが、すぐに後ろに出現した穴の中に刃が入ると、今度はイリスの上方から刃が落下してくる。

 別の穴から別の穴へ――放たれた刃はイリスを狙って不規則に飛んでくる。

 イリスはそれでも怯まない。クフィリオの言葉通りに、まるで踊るかのように刃を交わし、《紫電》を振るって刃を弾き落す。だが、


「っ!」

「イリスっ!」


 悲痛な叫び声をあげたのは、アリアだった。

 がしゃん、と彼女を拘束している鎖が音を鳴らす。

 背中に走るのは痛み。イリスでも、全てを回避するのは難しかった――だが、イリスは振り返らない。

 さらに二撃。二の腕と太ももに一撃ずつ、刃が突き刺さる――その状態で、イリスは大きく一歩踏み出した。

 クフィリオが驚きで目を見開く。どこから刃が飛んでくるかも分からない状況で、大きく前進するのはリスクでしかない。 

 だが、彼女はこの状況を打破するために、迷うことなくクフィリオへと向かってきたのだ。

 放ったのは突き。真っすぐ刃をクフィリオへと向けるが、短刀を以ってそれを防がれる。

 にやりとクフィリオが笑みを浮かべたのを見て、イリスは刃を翻した。


「っ!」


 刃を滑らせるようにして、クフィリオへ一撃を放つ。それは、先ほどクフィリオが見せたものと同じ技術。ここにきてなお、イリスは敵の技術も取り入れて戦う。


「あはははっ! 本当に面白いね!」

「別に、面白くも何もないわ。その余裕な表情、すぐに崩してあげるから」

「ああ――なら、ボクも本気で殺してやろう」


 再びクフィリオが、刃を放つ。

 周囲に現れた《黒い穴》――さらに、クフィリオ自身がイリスと距離を詰める。

 刃を交えると、周囲からもまた刃が飛翔する。イリスはわずかに身体を動かして、それを回避する。

 ――それができるのは、きっとアルタとの修行があったからだろう。一対一の、剣での戦闘でならばイリスは《最強》に近い存在にある。

 だが、クフィリオのような暗殺者との戦いでは、どうしても搦め手が多い。

 今のように、色々な方角から刃が飛んでくるようなことだって、ほとんど経験したことがないものだった。

 だが、イリスはそれを避けながら、なおもクフィリオと斬り合う。

 動くたびに背中の痛みは増していき、手足に突き刺さった刃から大きく出血する。

 鮮血が舞う中で、やがてイリスの意識が遠のいていく。


「――リスッ! ――」

(アリア……?)


 聞こえるのは、アリアの声。

 けれど、上手くは聞こえない。そうだ、イリスはほとんどの感覚に意識を向けないようにして、ここに立った。けれど、痛みが増しているのは、今のイリスの集中力が途切れ始めているからだ。

 満身創痍の中、ようやくイリスはアリアに視線を向けた。

 戦いの中でのほんの一瞬。悲痛な表情を浮かべる、アリアの姿を。


「――っざけないでよっ!」

「っ!」


 ギィン、とクフィリオの刃を弾き返す。

 湧き上がった怒りの感情のままに、イリスは剣を振るった。

 彼女にそんな表情をさせるのは、今の自分があるからだ。クフィリオに対する怒りと、自分に対する怒り。

 次の一撃があれば、確実にクフィリオに届く。

 だが、イリスの身体はそこで止まってしまう。ぐらりとバランスを崩して、イリスはその場に倒れそうになる。

 クフィリオがそれを見逃さない。すぐに一歩を踏み出して、イリスにトドメを刺そうと近づく。


(私は――)


 負けた。その事実には、まだ納得していない。《紫電》を強く握り締めて、何とかクフィリオの一撃を防ごうとする。そのとき、クフィリオが何かに気付いて後方へと下がった。――イリスの足元が崩れ去り、身体が落下したのだ。

 だが、すぐに誰かがイリスの身体を支えてくれる。

 驚きながらもその人に視線を向けて、イリスは思わず安堵した表情を浮かべてしまう。頼ってもいいと、彼は言っていたからだ。


「イリスさん、もう限界ですか?」


 そんな少年――アルタがイリスを見て、言い放つ。

 ちらりと後方を見ると、壁を切り進んできたというのが分かる。どこまでも、常識外れなアルタの問いかけに、イリスは笑みを浮かべて答える。


「まだ、やれます」

「そうですか、では――お任せします」


 アルタの下を離れて、イリスは《紫電》を構えて立ち上がる。

 すでに限界など超えている。それでも、アルタはイリスに任せてくれる。


「驚いたね。君が来たこともそうだけれど、まだその子は戦えるのか。けれどいいのかな――もう、彼女は死ぬよ」

「それを決めるのはあなたじゃない。イリスさん自身だ。それと――」


 ちらりと、アルタがアリアに視線を向ける。

 アルタがいれば、少なくとも彼女の安全は確保されたと思ってもいい。イリスは再び、クフィリオに向かって駆け出した。

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