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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第二章 《暗殺少女》編
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76.剣聖姫の在り方

 僕はエーナとメルシェと合流し、王都内を駆けながら話をした。


「申し訳ありませんが、《影の使徒》もイリス様も見失いました……。少し離れすぎていました」

「問題はないですよ。僕は動向を把握していますので」


 メルシェの言葉に、僕はそう答える。

 イリスの場所なら僕には分かる――彼女もまた、アリアの居場所を見つけたらしい。


「場所が分かるのならば話は早い。我々もそちらに向かおう」

「いえ、エーナ様とメルシェさんは騎士団と合流してください。レミィル・エイン騎士団長は分かりますね?」

「それは分かるが、奴らは――」

「あなたが追いかけていた者。それは分かっています。ですが、これも作戦です。団長と協力して、逃げ道を塞いでもらいたいんです」

「……なるほど、確かにそれも必要なことですね」


 メルシェが納得したように頷くが、エーナの方はやや不服そうだった。

 戦うことが好きな彼女が前線に行きたがる気持ちもわかる。それに、この組織を追っていたのも彼女の方だ。けれど、


「エーナ様、あなたは狙われている身なんです。申し訳ないですが、これから行く場所には一緒には連れていけません。賢明なエーナ様なら分かってくださいますね?」

「……その言い方は逆に挑発しているように聞こえるのだが」

「あはは、してませんよ。いずれにせよ、今僕達がすべき役割分担はこれで正解だと思います」

「お前一人で行くことが、か?」

「そうですね。僕一人で行って、残党が逃げるようなことがあればそれを狩る」

「ふはっ、一人で十分とは大した自信だ……だが、それをやってのけるだけの実力が、お前にはあるのだろうな。私にもそれは分かっているつもりだ」


 エーナが笑みを浮かべて、僕に手を差し伸べる。


「武運を祈ろう。今回は、お前にくれてやる」

「ありがとうございます」


 軽く握手を交わして、僕は二人を置いて駆け出した。

 イリスの居場所は分かる――以前、イリスに《お守り》を渡しているからだ。

 イリスを護衛するために渡したものが、このような形で役に立つとは思わなかったが。


(さて、地下に行くならここからの方が早いかな)


 僕は王都を流れる水脈の横道へと向かう。そこは入り組んだ《洞窟》のようになっていて、いくつか王都にある施設に繋がっている。

 かつて《剣客衆》と戦った地下水道を管理する施設も、その一つだ。

 イリスの動きは、すでに一つの場所で止まっている。

 おそらく、そこに《影の使徒》のアジトがあるのだろう。暗がりの中でも、僕は迷うことなく道を進むと、


「シャアアアアッ……」

「魔物か。なるほど、地下に住み着くことはあるけれど……」


 最近、特にレミィルが忙しそうにしていた案件を思い出す――丁度、王都の地下で魔物が出没する機会が増え、その対応に追われていたのだ。どこで繋がっているか分からないものだ、と僕は苦笑する。

 そして――《インビジブル》を放って魔物の首を跳ね飛ばした。


「――」


 あっけなく、魔物は絶命する。

 僕は嘆息しながら、再び駆け出した。


(他の騎士がやる予定だった分も、僕がやることになるわけだから……なるほど、これも騎士の仕事なわけだ。臨時収入とさせてもらうよ)


 王都の地下の魔物の掃討――おそらく《影の使徒》が放ったその魔物達が、次々と僕の下へと向かってくる。だが、僕の敵ではない。

 僕は真っすぐ、イリスの下へと向かった。


   ***


 イリスは《紫電》を構えて、クフィリオと向き合う。

 対する少年姿のクフィリオは、イリスを見ても動じる様子はない。

 小さくため息をつくと呆れたように言う。


「まさか、ここを見つけてくるとはね」

「……見つけるわよ。アリアは家族だもの」

「家族、か――君のその雷の魔法だろ?」


 クフィリオはすぐに、その事実に気付いたようだ。

 イリスはずっと、微弱な電流を地面や壁に流し続けた。それは建物の状態を把握することができ、移動しながら幅広い範囲を観測することができる。

 常に放出し続ける必要があるために魔力の消費は激しいが、イリスはそんなことは気にしなかった。

 結果として、地下にあるクフィリオ達のアジトを見つけることができた。

 この途中、何体かの魔物に出くわしたが、イリスはそれも意に介さない。全てを切り伏せて、イリスはここに立っている。

 捕らわれたアリアは、ただただ悲痛な表情でイリスを見ていた。

 彼女の言いたいことは分かる――きっと、ここにイリスが来ることを望んでいなかったのだろう。

 望んでいなくて、けれど会いたかった。その気持ちは、イリスもよく分かる。

 アリアが敵であってほしくないと思いながらも、たとえどうあってもアリアに会いたいと、思っていたからだ。


「それで……君は一人で来たのかな?」

「ええ、そうよ。今は私一人」

「……ははっ、大した女だよ。《剣聖姫》と呼ばれるだけある」

「今、それが関係ある?」

「関係あるとも。その剣を以って、今からボクと戦うんだろう? だが、そんな状態で勝てるのかな? 呼吸も乱れて、魔力も減っている。今の君は、満身創痍の状態だ。もはや、ボクに使われるために来たとしか――っ!」


 クフィリオの言葉を遮ったのは、イリスの一撃。

 地面と蹴って距離を詰めて一閃。ギリギリのところで、クフィリオがそれをかわした。

 アリアのことはすぐにでも解放してやりたかったが、今は目の前の敵に集中しなければならない。

 整わない呼吸。身体のあちこちは痛んで、疲弊している。

 それでも、たった今放ったイリスの一撃は、クフィリオと交えてきた剣術の中でもっとも強力な一撃であった。

 意識だけははっきりとしていて、集中できている。

 今のイリスは、真っ当に剣を振れているのだ。


(身体は重い……けれど、剣は軽い。まだ動ける。私は、戦える……!)


 その確信が、よりイリスの気持ちを後押しする。

 すぐに、イリスは動き出した。

 続けざまに三撃。クフィリオとの距離を詰めて剣を振るう。

 クフィリオが短刀を取り出して、イリスの剣を防いだ。

 雷撃は放たない――先ほどまで身体に纏っていた雷撃はなく、今のイリスは剣でのみ戦っている。

 そんなイリスを見てか、クフィリオが笑みを浮かべた。


「あははっ、本当にギリギリみたいだね。さっきみたいに痺れさせようとしなくていいのかな?」


 こちらを挑発し、動きを乱す作戦なのだろう。けれど、イリスはそんな挑発に乗ることはない。

 剣を強く握りしめて、イリスはクフィリオに答える。


「確かに、少しばかり――いえ、私は《紫電》に頼っていたわ。けれど、そうじゃない。私は、この剣を使う前からずっと呼ばれてきたのよ……《剣聖姫》ってね!」

「……っ!」


 イリスはクフィリオの短刀を弾き、胴に目掛けて剣を振る。

 その動きには一切の迷いはなく、クフィリオを斬り殺そうとする意思があった。

 クフィリオが地面を蹴って、後方へと下がる。腹部をわずかに掠めた刃で、クフィリオが出血をした。


「まずは一撃。でも、まだ足りないわ」

「……驚いたな。成長しているのか、この短期間で」


 クフィリオが目を見開く。魔力の残量も少なく、体力もなくなっている。

 イリスはすでに、万全のコンディションからは程遠いものとなっていた。それでも身体は動く――目の前に大切な家族がいるのだから、当たり前だ。

 イリスは自信をもって、はっきりと言い放つ。


「当然よ、家族を守るためだもの。そのためなら、私はどこまでも強くなるわ」


 ――それが、イリス・ラインフェルの在り方なのだと。

 イリスの言葉を聞いて、クフィリオが楽しそうな笑みを浮かべる。


「あはは、年甲斐もなく楽しんでしまいそうだ。けれど、君は邪魔になるからね……。アリア、これから君の偽物の家族を殺すよ。だって、本当の家族はボクなんだからね」


 クフィリオがそう言い放つが、イリスの表情に動揺はない。小さく息を吐くと、《紫電》を強く握り締めて構える。

 すぐ傍に、アリアが捕らえられている。彼女とは視線を交えない――今イリスのすべきことは、目の前にいる敵を倒すことだ。

 短刀を構えたクフィリオと、イリスは再び向かい合った。

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