72.信頼する相手
雷を纏ったまま、イリスはクフィリオと対峙する。
クフィリオの見た目はほとんどアリアと変わらない――ただ、アリアが絶対にしないような、邪悪な笑みを浮かべている。
手に持った短刀を構えて、クフィリオは言う。
「なるほど。イリス・ラインフェル――この王国における大貴族であり、《剣聖姫》と呼ばれている……確かに隙がないね」
クフィリオは様子を見るようにして、距離を詰めようとしない。
イリスの纏う雷撃を警戒しているのか。
「来ないのなら、こちらから行くわよ」
先に動いたのはイリスだ。地面を蹴って、クフィリオとの距離を詰める。
それよりも先行するのは、イリスの纏う雷撃。触れれば、身体が痺れて動きを鈍らせることができる。だが――、
「分かっていると思うけれど、小手先の技はボクには通用しないよ」
クフィリオが取り出したのは二本の短剣。
それを無造作に地面へと投げ飛ばすと、イリスの周囲に流れていた雷撃がそちらの方へと流れていく。
(っ、避雷針ってこと……!? でも、関係ないわ!)
イリスは元より、剣術による近接戦闘に持ち込むつもりだった。
雷撃はあくまで、イリスの扱う《紫電》から生まれる副産物に過ぎない。
距離を詰めたイリスは、クフィリオに向かって一閃。
だが、クフィリオが手に握った短剣でそれを防ぐ。刃を滑らせるようにしながら、クフィリオがイリスとの距離を詰める。
イリスはすぐに剣に力を込めて、クフィリオとの距離を取った。
今度はクフィリオが動く。
(速い……!)
動きはアリアを彷彿とさせる。
だが、クフィリオの動きはそれ以上のものだ。
瞬間的にイリスとの距離を詰めて、短剣を振るう。
イリスはそれをギリギリのところで防ぐが、後方へと下がる。圧されている――クフィリオの狙いはイリスを戦闘不能にすることだろう。
イリスが警戒しなければならないのは、目の前にいるクフィリオだけではない。
後方に構える、残り三人の相手。いつ動き出すかも分からない相手に気を配りながら、クフィリオとの立ち合いに臨んでいるのだ。
「……舐めない、でっ!」
「!」
イリスの声と共に、周囲へと放たれるのは強い雷撃。ただ纏っていたものではなく、純粋な魔力による攻撃だ。
それに反応して、クフィリオが一度距離を取る。
ステップを踏んで、イリスの様子を窺うように周囲を駆ける。
イリスは動かない――クフィリオが仕掛けてくる瞬間を狙って、カウンターを仕掛けるつもりだ。
「あはは! 中々楽しいね!」
「……楽しいことなんてないわよ」
「いや、正直ボクの攻撃をここまで防ぐとは思わなかった。敬意を表するよ」
そんなことを言われても嬉しい気持ちにはならない。
イリスの視線の先には、不安げに戦いを見つめるアリアの姿があった。
彼女には、彼らと共に行動しなければならない理由がある――本当は、すでにイリスはそれを知っている。
アルタの言ったことが本当であれば、アリアは今も葛藤し続けていることだろう。
(だから、私は……)
アリアを救うために、イリスには果たすべき役目がある。
やがてその時は訪れる。
クフィリオが地面を蹴って、再びイリスとの距離を詰めた。
イリスはすぐさま反応し、身体を向けて剣を構える。
にやりと笑みを浮かべるクフィリオの顔が視界に入る――後方から感じられたのは、別の気配だった。
「っ!」
少し離れたところで、クフィリオの仲間の二人がイリスの後ろに構えていた。
そちらに一瞬視線を取られた隙に、ガシャリと金属音が耳に届く。
イリスの両手首にそれぞれ、《黒い穴》から伸びた鎖と枷が繋がれていた。
イリスの後方に構えた二人は、クフィリオの動く瞬間に合わせて気を引くために動いたのだろう。……ほんの一瞬でも隙があればイリスを捕らえることができる。
それくらいの実力を、彼らは備えていた。
「ま、わざわざ一対一でやり合う必要もないからね……それは分かっていただろう? だから警戒していたんだから」
「……ええ、私一人では正直、あなた達の相手は厳しいと思っていたわ」
「へえ、それなのに一人で来たんだ?」
「……私にも、頼れる人はいるのよ」
「――」
イリスの言葉と同時にやってきたのは、一人の少年。
その気配は近くに感じられるまで、ほとんどなかったと言ってもいい。
まるで空から飛び降りてくるかのようにやってきた少年が放った《風の刃》が、イリスを捕らえていた鎖を切断する。
地面に降り立った少年――アルタが、剣を構えてイリスの前に立った。
「時間ピッタリ、というところですかね」
「……はいっ、先生」
イリスの信頼する師が、《影の使徒》と対峙した。