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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第二章 《暗殺少女》編
71/189

71.アリアの父

 広い公園の中――イリスは一人、歩いていた。

 アルタ達と別れて、アリアを誘い出すために一人で行動をしているのだ。来るかも分からない、親友を待ち続ける。

 すぐ近くに人が通れば、イリスは離れたところまで移動していく。

 ……万が一アリアがやってきた場合、すぐに戦闘になる可能性もあったからだ。


(私は、もう迷わない)


 イリスは心の中ではそう決めている。アルタと話して、イリスの決意は固まった――そう思っているが、少し手に汗をかいているのが分かる。

 どうしても緊張してしまっている――どこまでも、自分はダメな人間なのだと思い込んでしまうほどに。

 アリアには迷いはなく、イリスには迷いがある。その『迷い』こそが、今のイリスとアリアに決定的な差を生み出しているのだ、と。


(先生も言っていた……アリアが本当に敵になったのなら、私に手を引けとは言わないはず。そこに、可能性があるのなら――っ!)


 その人影は、迷うことなくイリスの下へとやってきた。

 少し離れたところから、ローブで顔を隠したまま真っすぐに進んでくる。

 他に誰か一緒にいる様子はない――遠くから見ている可能性はあるが、明らかにイリスに向かってその人物はやってきた。……本当に、姿を現したのだ。


「……アリア」

「イリスはやっぱり、そういう人だよね」


 察したように、アリアが言う。

 手を引けとアリアに言われたが、イリスはまだエーナの護衛に就いている。それも、アリアは把握しているのだろう。

 それでも姿を現したのは、きっとまだアリアにも話をするつもりがあるからだ。

 イリスはそう確信した。


「手を引けって言われただけじゃ、無理に決まっているでしょう」

「……うん、知ってた。でも、そうしてほしい」

「その前に、理由を聞かせて」

「……イリスに話すことはないよ」


 ちらりとアリアが周囲を確認する仕草を見せる。

 イリス以外に誰かいないか確認しているのだろう。少し離れたところにアルタ達が待機しているが、少なくとも見える距離ではない。

 アルタも規格外の強さを持つが、ここまで離れた状況までは把握できていないだろう。……ある程度時間が経てば、ここにアルタもやってくることになる。

 そうなった時、きっとアリアはイリスの前から姿を消すだろう。

 その前に、説得する必要がある。


「そんなこと、言わないでよ。私はアリアを家族だと思ってるの」

「……わたしは、そんな風に思ったことないよ」

「っ、それでも、私はあなたを大事に思ってる」

「関係ない。わたしはもう、イリスのことなんてどうとも思ってない」

「……だったら、どうして手を引けなんて言うのよ。本当にどうも思っていないのなら、今すぐ私と戦って――それで、殺せばいいじゃない。あなたの邪魔になるのならね。何を言われても、私はこの件から手を引くつもりはないわ」

「……イリスは本当に分からず屋だよね。昔からそう」


 アリアが小さくため息をついて、懐から《黒い短刀》を取り出す。

 イリスはそれを見ても構えない。アリアの表情は真剣だ――イリスですら、アリアの殺気が本物であることを感じている。


「構えて。この件から引かないのなら、わたしはあなたを、殺す」

「……やってみなさいよ」

「!」


 イリスもまた、表情を変えずに答える。拳を握り締めて、一歩前に出た。

 伝えたいことははっきりと伝える――今が、そのチャンスだからだ。


「あなたが本当に私のことを殺せるのなら、殺せばいい」

「戦わないで、死ぬつもり? 《最強の騎士》になるんでしょ?」

「ええ、そうよ。私が目指すのは、この国で最強の騎士になること。その想いに迷いはないわ」

「だったら――」

「でも、そうなるために私はあなたと戦うんじゃない。本気で戦ってあなたを止められるのなら、私は今度こそそうするわ。けれど、今は違うのよ。そんなことしたって何も解決にならないわ。だから……お願いだから、全部話してよ。私は、どんなことがあってもあなたの味方よ」

「……そんなこと、聞いてない」


 アリアの表情がわずかに揺れる。長い間、一緒にいたから分かる。

 初めて、アリアが動揺を見せた。イリスの迷いのない言葉に、アリアの『本心』が垣間見えたのだ。

 イリスはさらに一歩、前に進む。


「聞いてなくたって言ってやるわよ。私はあなたを連れ戻す。あなたは家族だから」

「違う。わたしはあなたとは……違う」

「違わないわよ。あなたは私の親友で、家族なの。私にとってはそれが本当――」

「勝手なこと言わないでっ」


 初めて、アリアが声を荒げた。

 両手に短刀を構えて、イリスに殺意を向ける。

 イリスは怯むことはしない。一歩前に進むと、アリアが後ずさりをする。

 アリアは動揺した様子で、静かに言葉を続ける。


「お願いだから、もう手を引いて」

「それはできないわ」

「……わたしを家族だと思うのなら、お願い」

「っ! そんな顔してるあなたを放っておけるわけないでしょう。大丈夫だから、ね?」


 イリスは諭すように、アリアに話しかける。

 アリアの殺意は消えることはなく――遂にアリアが地面を蹴って距離を詰めた。イリスの首元に向かって短刀を突き立てる。

 イリスはそれでも構えない。ピタリと、アリアの短刀がイリスの命を奪う寸前で止まる。


「……っ」

「アリア」

「何で、イリスは言うこと聞いてくれないの……」


 アリアの表情は、今にも泣き出しそうになっていた。

 そんな悲痛な表情を浮かべたところは見せたことはない――それだけ、彼女が固い決意をしていたことが分かる。

 イリスの方が、その決意を上回ったのだ。


「私も、それにシュヴァイツ先生もいる。あの人も、アリアを信じて待ってくれているのよ。だから、ここには私一人しかいない」


 その言葉が本当であることは、状況が裏付けている。

 敵が潜んでいるかもしれないというのにイリス一人――そんなことをさせるということは、明確にアリアと接触しても問題ないと思っているからだ。

 アリアがイリスの喉元から短刀を下ろすと、視線を逸らす。

 どうするべきか、悩んでいる様子だった。

 だが、このままならアリアを連れ戻せる――そう、イリスが確信した時だ。


「やれやれ、困った子だねぇ……ノートリア」

「ッ!」


 アリアの背後から、その声が届く。

 ほとんど気配も感じさせることなく、現れたのは四人。

 三人はフードに仮面と、以前襲ってきた暗殺者を思わせる風貌。そしてもう一人は、白衣に身を包んだ白髪の男。

 お世辞にも健康的とは言えない顔つきで、にやりと笑みを浮かべる。


「結局は説得に失敗して絆されちゃうようじゃ、困るんだよ」

「……あなた達、《影の使徒》ね」

「おや、そこまでバレているのか――いや、むしろエーナ・ボードルはそれを見越して誘ってきていたのかな? ははっ、そうだとしたら少し困ったことになったなぁ……。もしかして、殺しても意味がない、とか?」


 色々と察したように一人で言葉を続ける男。

 イリスは懐にしまった《信号弾》を放つ準備をする。

 敵は四人――一人一人が、相当な実力者だ。

 イリスが単独で相手をするのはさすがに難しい、そう判断していた。

 その時、アリアがイリスを庇うように立つ。


「ま、待って。イリスは説得する、から……!」

「そんなに怯えなくても大丈夫さ。別にその子を殺すつもりはないよ。むしろ利用させてもらおうと思ってね」

「利用……? 私を?」

「ああ、そうさ。君も相当な実力者だが……困ったことにもう一人。情報によると、アルタ・シュヴァイツだったか。この子らが少し立ち合ったようなのだけれど、どうにも強すぎるみたいでね。だから少し、作戦を練り直そうと思うんだ。上手くいけば、君でも『戦争』を起こせるかもしれないしね」

「……! やっぱり、それが狙いなのね」

「ふぅむ、中々にあの娘は食えないな。こちらが狙っているつもりで狙われていたとは――だが、だからこそ今が好機だ。ノートリア、イリスを捕まえなさい」

「……っ」

「アリア、従ったらダメよ」

「従うな、か。何の権利があってそんなことを言う?」

「権利……ね。あなたがクフィリオ・ノートリアだとして、それでもアリアが従う理由があると言うの?」

「っ! ほう、そう来たか」


 イリスの言葉に、男は少し驚いた表情を見せる。

 今度はイリスがアリアを庇うように前に立った。

 アリアは迷っているようだった――それでも、イリスはアリアのことを信じている。

 ここでイリスが信じなければ、きっとアリアを連れ戻せないからだ。


「わたし、は……」


 アリアが言葉を詰まらせる。やがて、力なく両手に握った短刀を下げた。明確に、イリスへの殺意が消える。

 殺意までも嘘をつける――それがアリアという少女だ。

 それでも、イリスの決意がアリアの嘘を見破った。

 イリスは懐に忍ばせた信号弾に手を伸ばすと――


「それを出させるわけにはいかないね」

「っ!」


 動いたのは、四人の中で一番小さな子だった。

 声からして子供・アルタと同じか、それよりも下だ。

 そんな子が、一瞬にしてイリスとの距離を詰める。

 右手に持つのは短刀――それを捌くのに、イリスは信号弾を防御に使ってしまう。


「――《紫電》っ!」


 言葉と同時に、イリスは距離を取って剣を呼び出す。

 紫色の雷を纏い、イリスはその子供と向き合った。


「何もできないのなら下がっていなよ、ノートリア。ここはボクに任せてさ」

「父、さん……」

「! 父さん、ですって……!?」


 その言葉を聞いて、イリスは驚きに目を見開く。

 アルタと同じくらいの身長だと言うのに、アリアは確かにその少年のことを父と呼んだ。

 少年が仮面に手をかけて、その素顔を露わにする。アリアと全く同じ顔をして、にやりと不気味な笑みを浮かべた。


「残念だけれど、少し外れたね。ボクがクフィリオ・ノートリアだ」


 少年――クフィリオがそう言い放つ。

 短刀を構えたクフィリオと、イリスは向き合った。

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[気になる点] 最後のところ。 家名がノートリアだから、下がっていなよアリアじゃないの?
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