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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第二章 《暗殺少女》編
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68.軍人娘は確かめた

 エーナは一人、部屋で休んでいた。

 静かに椅子に腰を掛けていると、今日の出来事を思い出す。

 暗殺者が彼女を狙ってやってきた。……ここまでは、彼女の計画通りということになる。


(やはり私を狙っているか。帝国内ではなく、王国内でなければ……仕掛けたところで無意味、ということだな)


 確実に王国に対して、エーナ暗殺の罪を擦り付ける――それを《影の使徒》は実行しようとしている。

 それを逆手に取って、エーナは自らを餌に敵を誘き寄せようとしていた。

 だが、そんな彼女にも一つだけ誤算がある。


(ひょっとしたら勘違いではないかと、思っていたのだがな)

「戻りました、エーナ様」


 エーナの下へと、メルシェが戻って来る。


「話はできたのか?」

「はい、先ほど。アルタ様は理解してくださいました」

「そうか。あの男はやはり優秀だな……。戦いでもその実力は見せてもらった。剣がなくとも相手を斬れる――面白い奴だ」


 エーナは暗殺者との戦いを思い出して、ふっと笑みを浮かべる。

 風の刃を瞬時に作り出し、それを振るう――《インビジブル》の性質は、エーナも間近で見て理解していた。

 あれほどの剣術を、それもまだ十二歳の子供が使っている……その事実が何よりも驚きであったが。


「ふはっ、だからこそ胸が高鳴るというものだ。私の『想い』も間違っていなかったのかもしれないな」

「……エーナ様、まさか」


 メルシェも何かを察したような表情を浮かべる。

 それに対して、エーナは首を横に振った。


「心配するな、今は奴らが先だ」

「……申し訳ありません」

「何故、お前が謝る? これは私が考えて実行に移した作戦だ。お前は全て、私の命令通りにやっている」

「いえ、元を正せば私が――」

「メルシェ」


 エーナはメルシェの言葉を遮って、その名を呼ぶ。

 ビクリとわずかにメルシェの身体が震えたが、エーナは微笑みを浮かべたまま、メルシェの傍に立つ。そうして優しく、その頬に触れた。


「何もお前は悪くない。私――エーナ・ボードルがそれを保証しよう。それでも不安か?」

「……いえ、あなたはいつも、そうですね」


 エーナの言葉に、メルシェが笑みを浮かべて答える。


「ふはっ、いつでも私らしく……それが私の信条だ。だが、どうにもアルタ・シュヴァイツの前では調子が狂うな」


 エーナはため息をつきながら、再び椅子に腰かける。

 ……エーナはアルタの傍に近づいて、触れて確かめた。

 今日出会った時は驚きのあまり言葉を失ったが、触れたくらいでは以前『抱かれた』時のような感覚はなかった。

 だが、戦いが始まると別だ。馬車の中でエーナを守ろうとしたアルタに、少しだけ胸の高鳴りを感じた。

 それが恋というものか、エーナには分からない。メルシェにそれを確かめる方法を聞いた時、「もう一度機会があれば触れてみては?」というアドバイスに従ったものだ。

 ……結果として、エーナは改めてアルタのことを意識していると、認識することになった。

 アルタは強い――敵として戦ったわけではないが、彼の実力は近くにいて分かる。

 ひょっとしたら、エーナでも勝てるかどうか分からない。少年でありながら、それほどまでの強さを得たアルタのことが、どうしても気になってしまう。


「もちろん、この戦いが終わるまでは私は奴らに専念するつもりだ。……だが、この気持ちはどうしたらいい?」

「……本気だったのですね」

「む、なんだ。私が冗談を言っていると思っていたのか?」

「いえ、そういうわけではありません。ですが、エーナ様がその……『恋』などと言うのは少し……」

「おかしいか?」


 明らかにメルシェがおかしそうに言うので、エーナは不満そうに問いかける。

 メルシェが首を横に振ると、


「いえ、ただそういうことにも興味がおありだったんですね、と」

「私も無縁だとは思っていた。私よりも強い相手に、こんなところで出くわすとは思わなかったからな……」


 王国最年少騎士――そんな存在が、エーナの護衛に就いている。

 エーナの心に迷いはない。今はただ、自らの目的のために動く。

……だが、それが終われば話は別だ。


「とりあえず、そうだな……。男と女がデートをする場合はどうしたらいいんだ?」

「専念するのではなかったのですか?」

「むっ、今くらいはいいだろう……。お前も少しは私の悩みに付き合え」

「いつも付き合っているでしょう……。まあ、そうですね。一先ずは――」


 エーナとメルシェはそうして、二人で話を始める。

《影の使徒》とアルタ・シュヴァイツ――今の彼女にとっては、その二つが作戦の対象となりつつあった。

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