64.イリスvsアリア
イリスの振るう《紫電》は、刀身自体も雷を帯び、それを持つ人間にもダメージを与えることになる。
イリスはそれを克服し、使いこなすことができる――けれど、自らの意志でこの剣を振るうと誓ったのは、ほんの少し前のことだ。
それまでは――《最強の騎士》となるまでは、この剣を持つことにも躊躇いがあったからかもしれない。
だが、今は違う。
目の前にいるのが親友だったとしても、止めるためならば迷わず剣を取る。否、相手がアリアだからこそ、イリスは自ら剣を取ったのだ。
一度目の打ち合い。紫色の雷を纏うイリスに、アリアが迷うことなく距離を詰めた。
アリアはこの剣の性質を理解しているはず。それでもなお、イリスの剣とアリアの《漆黒の短刀》はぶつかり合う。
「……っ!」
剣と短刀がぶつかった瞬間、アリアが苦悶の表情を見せる。
イリスの纏う雷が、容赦なくアリアに襲いかかったからだ。
それを見て、イリスもまた表情を曇らせる――だが、
「……油断しないで」
「なっ……!?」
イリスが纏う雷を受けながらもなお、アリアの動きが鈍ることはなかった。
むしろ加速しているかのように、二本の短刀を振るう。
アリアの連撃の速さは圧倒的で、イリスも本気を出したアリアの猛攻を防ぐには加減などしていられない。
(けれど……)
お互いに、何年も一緒だった。
その打ち合いの中で成長してきたのだから。
アリアがどう攻撃してくるかも、イリスはおよそ予測できている。
雷撃を受けてもなお動きを止めないアリアの猛攻は、『短期での決着』を予感させた。
長引けば、それだけ攻撃力も耐久力もあるイリスの方に分があると理解しているのだろう。
続く連撃の中でも、イリスは常に反撃の隙を窺う。
そして、その時はすぐに訪れる。
アリアの猛攻の中、どうしてもわずかな隙が生まれる。
それはアリアの癖のようなもので、どれだけ速い攻撃の中にも必ず大振りの隙があった。
イリスだからこそ、そのわずかな隙を逃すことはしない――一歩踏み出して攻勢に転じる。その瞬間、
「――」
イリスが感じたのは、自らの振る剣への違和感。
まるで外側に引っ張られるような感覚に、イリスは視線を剣の方へと向ける。
刀身の柄に近い部分、そこに一本の糸が巻き付いていた。
(……これ、は……!)
先ほどイリスを拘束したのと同じ物――否、それであれば、イリスの刃を止めることはできないだろう。より硬質なものを、イリスが攻勢に転じる瞬間を見て巻き付けたのだ。
ほんの一瞬――隙を見せたようにして、アリアがイリスの一つ先を行くために。
「だから言ったでしょ。油断しないでって」
「!」
イリスの周囲に、『黒い穴』が出現する。
そこから現れたのはアリアの持つ短刀とは別の、小型のナイフ。
糸も、少し離れたところにある穴から伸びたものだ。
イリスの動きを封じるためか、そのナイフはイリスの足元を狙って放たれる。
「こ、の……!」
イリスの剣はアリアの糸によって捕まったままだ。
だが、イリスは自由の効かない剣を地面に突き刺して、それを軸にその場で飛び上がる。
同時にアリアに蹴りを食らわせるような動きだ。
アリアがそれを防いで、わずかに後方に下がる。
「あなただけじゃないのよ、こういう動きができるのは」
「……違うよ。イリスとわたしは、全然違う」
「何が――」
「全部。今までだって、そう。わたしは、イリスとの戦いで――本気で戦ったことなんてなかった。イリスだってそう……今も雷、弱いよ?」
「! それは……」
アリアにそう指摘され、イリスは表情を曇らせる。
その指摘は間違っていない――無意識になのか、イリスはアリアとの戦いで、本当の力を発揮しきれていなかった。
本気でアリアのことを止めるつもりなのに、そうすれば――
「わたしは違う。『大切な人』のためなら迷わず殺せるよ。そこが、わたしとイリスの違うところ」
「……っ!」
アリアが短刀を構え、再び臨戦態勢に入る。
イリスもまた、動揺を隠しきれないままに、剣を構える。
迷いは剣を鈍らせる……分かっていても、簡単に切り替えることはできない。アリアとイリスがもう一度動き出そうとする――その時、別方向からもう一人やってきた。
(……! 援軍……!?)
イリスは身構える。
アリアと同じような服装をしていることから、仲間のだということは分かる。
もう一人の仲間は、アリアに耳打ちするような仕草を見せると、
「……今日はもうおしまい」
「何ですって?」
「おしまいって言ったの。イリス……あなたはあなたの仕事をすればいい。わたしはわたしのするべきことをする。けど、一つだけ――この件からは、手を引いて」
「アリアっ!」
イリスはアリアを引き留めようとする。
だが、アリアの動きは速い――仲間と共に離れていく。
イリスも追い掛けようとするが、視界の端に映ったメルシェの姿を見た。
「メルシェさん!」
イリスはその場で膝をつくメルシェに駆け寄る。メルシェが手で制止するような仕草を見せた。
「ご心配なく。私の方も逃げられましたが……」
少し怪我をしているようだったが、無事のようだ。
イリスは、アリアの消えていった方向を見つめる。
「どうしてよ……」
その疑問には誰も答えてくれない。
何も答えが分からないまま、アリアが明確に敵であるという事実しか、イリスには残らなかった。
……アルタとエーナがここにやってきたのは、この少し後のことだった。