63.交わる刃
「アリア……?」
イリスは、目の前にいる親友に驚きを隠せなかった。
動揺によって見せた一瞬の隙に、イリスの手足や身体に《糸》が絡み付き、動きを制限する。
「っ!」
「動かないで。下手に動けば、その糸は身体を簡単に切断できる」
アリアが淡々とそんなことを口にする。
イリスを拘束する糸は、周囲に作り出された《黒い穴》から伸ばされたもの――アリアが得意とする魔法だ。
嘘であってほしい――そう思ったけれど、その顔もその声も……イリスの知るアリアそのものだ。
「どうして……!」
イリスはアリアに問いかける。だが、アリアがイリスの言葉に答えることはない。
アリアの瞳はかつて出会ったばかりの頃のように冷たく、そしてイリスのことを見ていないようだった。
姿を消したはずの親友が目の前にいて、イリスとメルシェを襲撃している――何もかも整理ができない状況の中でも、イリスは自身のやるべきことを理解していた。
(先生達と合流しないと……そのためには……)
「……っ!」
イリスの動きに迷いはない。
糸が身体を締め付けても、自らの剣である《紫電》を呼び出すために身体を動かそうとする。
食い込んだ糸が肌を傷付けて、出血しても、イリスは気にすることはない。
「……」
アリアもまた、それを見て動揺する仕草を見せることはなかった。ただ、今すぐにでも動き出せるはずなのに、アリアが動く気配ない。
――動きがあったのは、反対側の方だ。
「――イリス様、ご無理はなさらないように」
「……え?」
耳元に届いたその言葉と同時に、イリスの動きを縛っていた糸が軽くなる。
メルシェの投擲したナイフが、糸を切断したのだ。
「メルシェさん……!?」
「敵は二人ですね――そちらは……」
ちらりとメルシェがアリアの方に視線を向ける。
わずかに驚いた表情を見せたが、メルシェがすぐに反対側を向いて駆け出した。
メルシェの動きに迷いはなく、イリスを手助けした後は正面にいる敵へと駆け出す。
懐から取り出したのは短刀――メルシェと暗殺者の交戦が始まった。
「イリス様、そちらはお任せ致します」
「……ごめんなさい、ありがとう」
メルシェもまた、エーナの護衛としてここにやってきている――むしろ、戦闘経験では彼女の方が上なのだろう。
イリスは改めて、アリアと向かい合う。
「……聞きたいことはたくさんある――けど、そのためにはアリア。あなたと戦う必要があるみたいね」
「いいよ、こっちに来て」
アリアがそう答えて、身軽な動きでイリスから距離を取ろうとする。
イリスはそれに追従するように動いた。
少し離れたところで、二人は動きを止める。
アリアが二本の短刀を構え、イリスは雷を纏い、自らの剣を手元に呼び出す。
お互いに模擬剣で切り合ったことはあっても、自らの持つ力を全力でぶつけ合ったことはない。
《剣客衆》と相対したときは、協力しあった二人は今――向き合って戦おうとしている。
「……本気、なのね」
「イリスもでしょ」
「ねえ、何であなたが……ここにいるのよ。私はずっと心配して……それなのに、あなたは、私達を狙っているの……?」
「……イリスには関係ない」
「関係ないわけないでしょう! 私達は――」
イリスの言葉を遮ったのは、闘技場の外から輝きを放った照明弾と――迷いのないアリアの一撃。
短刀と剣がぶつかり合い、二人の視線が交錯する。
「今、イリスと話すことはない」
「……っ!」
説得も何も通じることはないのだろう。
イリスは魔力を増幅させ、周囲の雷の威力を高める。
それに気付いたアリアは、すぐにイリスから距離を取った。
彼女の周囲に現れたのは《黒い穴》。そこに投擲することで、アリアはあらゆる方向からの攻撃を可能とする。……まさに、《暗殺者》が使うような魔法そのものだ。
(今は迷うな……私が、アリアを止めないと)
イリスは剣の柄を強く握り締めて、構えを取る。
再び二人は駆け出して――アリアとイリスの戦いが始まった。