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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第二章 《暗殺少女》編
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60.紛れ込む者達

(三……四――いや、それ以上いるね)


 馬車のすぐ上に感じられる気配は二つ。

 だが、民衆に紛れて感じられる気配はもっとだ。

 このタイミングで、何より馬車に注がれる殺意は間違いなくエーナを狙ったものだろう。

 彼女が元々狙われていたのか、それとも何らかの理由が彼女を狙うことにしたのか――それは定かではない。

 けれど、僕のやるべきことに変わりはない。


(剣がなくとも守れるのが僕なんでね――)


 ほぼ同時方向に、魔力で構成された風の刃――《インビジブル》を放つ。

 馬車の上にいる者達に傷を負わせ、動きを封じるためだ。

 だが、


(……かわしたか。速いね)


 馬車の上にいる二人が、僕の剣撃に反応する。

 少なくとも、僕の剣撃は一朝一夕でかわせるような代物ではない。

 ましてや、馬車の中から放った一撃だ。それをかわすということは、エーナを狙いに来た二人は相当な手練れということになる。

 僕の放った一撃……いや、二撃によって馬車の一部が破損し、馬車を操っていた騎士も状況に気付いたようだ。


「な、いつの間に……!?」

「今のは僕の攻撃です」

「シュ、シュヴァイツ一等士官……!」

「全体に指示を出します。民衆に数名、暗殺者が紛れ込んでいます。信号弾の色は黄色で」

「承知しました!」


 騎士がすぐに準備に入ると、僕はエーナの方に振り返る。


「では、エーナ様。こちらに」

「……お前が指示を出しているということは、やはり――」

「その話は後で。敵はそれなりの実力者のようですから。あなたの護衛を優先させていただきます」


 そう言って、僕はエーナの手を取る。

 だが、彼女は僕の手をそっと振り払うと――にやりと笑みを浮かべた。


「ふっ、下がれというか。この私に」

「……状況が状況ですから。敵はすぐ近くに二人います。まだ周辺の住民の避難も――」

「舐めるな。私がその程度のことで戦えんとでも」


 僕の言葉にエーナがそう答えると、外から強い魔力を感じた。ほぼ同時に、馬車の外から轟音が鳴り響く。

 それは魔力によって作り出された水――先ほど僕の攻撃をかわした暗殺者めがけて放たれ、二人が再びそれをかわす。

 周囲の住民は突然のことに驚きの声を上げているが、人が集まるこの場所でも、的確にその魔法は敵を捉えていた。……エーナの放った魔法だ。


「敵の数は私も把握している。確かにそれなりに腕は立つようだが……私を殺るには足らんな」


 そう言い放ち、エーナ自ら馬車の扉を開けて姿を見せる。


「な……ちょっと――」

「お前が騎士だと言うのならば、周りの人間のことを気にしろ。この程度の相手ならば護衛は不要だ。さあ、私はここにいるぞ! このエーナ・ボードルの首がほしければ、どこからでもかかってくるがいい!」


 そう言って、腰に下げたレイピアを取り出す。

 水色の刀身を持つレイピアの周囲に水の花弁が舞う。……エーナの得意な魔法は水なのだろう。


(それよりも、自ら名乗り上げるとはね……)


 エーナの行動は、僕に向けられた言葉の通りなのだろう。

 この程度の相手ならば彼女を守るのではなく、周囲の民衆を守るように動け、と。

 それはエーナの態度とは裏腹に、純粋に周囲への心配というのが見てとれる。

 ひょっとしたら、イリス以上に面倒な性格をしているのかもしれない……そう僕には感じられた。


(『周りの人間のことを気にしろ』か)


 僕は小さく息を吐いて、彼女の隣に立つ。

 エーナがこちらに視線を向けることはなく、


「何をしている。護衛は不要だぞ」

「僕からも一言。あなたを守るのが周囲の人々を守る最善でもあり――貴方を守りつつ他の人を守ることもそこまで難しい話ではないので。むしろ、ご無理はなさらないように」

「……ふはっ、言うではないか。ならば見せてみろ!」


 その言葉と同時に、僕とエーナは動き出す。

 直後、信号弾が天高く放たれる。

『敵襲あり。周辺住民の安全確保を優先しろ』という意味で、これは使われる。

 僕は馬車の上で、周囲の状況を確認する。

 動揺した周囲の人々も、信号弾によって何かあったということは理解したらしい。

 即座に護衛の騎士達が声をあげて、誘導が始まった。

 エーナが追撃した二人は左右に別れ、こちらの様子をうかがっている。

 この二人は実力がある他、周辺に混じっている暗殺者から注意を逸らす役目もあるのだろう。


(付かず離れず……僕の間合いをよく理解しているね。こうなると僕としてはエーナ様の近くにいるのが一番楽ではあるのだけれど……)

「アルタ・シュヴァイツ。お前は右をやれ。私が左をやる」


 それを、エーナが汲み取ってくれることはない。

 少なくとも、二人の暗殺者の『身長』を見るに僕の危惧している状況にはないようだ。ただ、気掛かりなこともある。


「エーナ様、意見を」

「……っ、なんだ、今動こうとしたところだぞ。帝国にも私を止める者はそうそうにいないというに」


 何となく帝国の人の気持ちは分かってしまうが、僕も護衛としてするべきことがある。


「状況を見るに、動き出すのは少し待ってください。イリスさん――様も信号弾を見てすぐに戻ってくるでしょう。敵の数は多くはない……実力のある者はおそらくそこの二人です」

「……にらみ合いが最良だと?」

「優良かと」

「最良はなんだ?」

「最良となるのは、このタイミングでイリス様がどちらか片方と戦ってくれることなんですけどね」


 少なくとも、僕のインビジブルをかわすレベルの相手でも、イリスが遅れを取ることはないだろう。僕なりに、今回の護衛任務ではイリスに信頼を置いているつもりだ。

 エーナの臨戦態勢は変わらない。今すぐにでも動き出しそうな状況だったが、しばしの沈黙のあと、


「……私も同意見だ。お前の意見を受け入れよう」

「! ありがとうございます」


 ……ちょっと意外だったとは口が避けても言えないが、エーナが僕の意見を受け入れてくれた。いや、彼女も若いとはいえ軍人――階級持ちだ。部下を持つ立場であるのなら、当然指揮系統も任されているはず。

 状況を見れば今動き出すべきかどうかくらいは判断できるだろう。……これがたとえば、彼女一人だけだったのなら、間違いなく戦いに走っている気はするが。


(さて、あとは向こうがどう動くか……ん?)


 二人の暗殺者が後退りをするのが見えた。

 このわずかな時間で状況を見極め、撤退する方向に転換したのかもしれない。


(暗殺者なら失敗した時点で逃げることは考えられたけど、すぐに逃げ出さずに『今』なのか。エーナ様が動かなかったのを見て作戦を変えた……ということかな)


 こうなると、有効的になるのは僕とエーナでまずは一人を追うこと。もう一人はイリスに任せたいところだけど、メルシェと揃って戻ってくる気配はない――騎士の指示もあり、動揺はあっても人々はここから逃げ出しつつある。


(戻って来ないのなら……仕方ない)


「エーナ様」

「二人でどちらかをやる……それがお前の作戦か?」

「! ええ、その通りです」

「ふはっ、お前とは気が合うな。だが、イリスとメルシェが戻ってこない。私の部下であるメルシェもこのような奴らには遅れを取らないのだが……仕方あるまい。二手に分かれるぞ」

「いえ、それは……」

「分かっている――私はここから遠くまでは動かない。奴らが私を狙っているのなら、私が単独になれば動き出す可能性もあるだろう。そこを狙え」


 ……つまり、エーナが敵を誘い出して僕がそれを倒す、そういうわけだ。

 たった今、僕は剣撃を見せたわけだけど、そこまで任せられることになるとは――


(あはは、あまり大きいことは言うものじゃなかったね)

「答えは? いや、次は聞かずとも動くぞ」

「イエスですよ。合同作戦、開始としましょう」


 突発的とはいえ、僕とエーナによる……暗殺者との戦いが始まった。

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