58.メルシェの質問
《黒狼騎士団》本部の見学にはそれほど時間をかけることもなく、エーナと共に僕達は次の目的地へと移動することになった。
元より見学する場所も限られている――ある程度自由行動ができるのならば、エーナも軍人としてもう少し見学に力を入れたのかもしれないが。
一応、騎士の訓練風景についてはしっかりと目を通していた。
そういうところの方が興味が沸くようだ。
……むしろ、騎士団の見学で露骨に嬉しそうな表情を浮かべているのはイリスの方だった。
あくまで自然体を装っているけれど、先ほどよりも何というか表情に艶がある。
イリスにとって騎士という職業が憧れなのだから、当然と言えば当然だ。
まあ、イリスの立場上、実力はあってもすぐに騎士になることは難しい。
特に上流の貴族であるイリスは真っ当に学園を卒業したという経歴が必要になる――あくまで、周囲からの目を気にしてのことになるが。
それと、イリスはまだ《王》になる可能性のある立場。いくら彼女にその気がなかったとしても、簡単に断れる話ではないということも、彼女は理解しているだろう。
(……とりあえず、今は護衛の仕事に集中しようか)
僕は思考を切り替える。
再編成した騎士の人数は最初の編成に比べておよそ半分――それくらいの人数差なら、僕一人でカバーするのは簡単だ。
むしろ、エーナの傍に僕がいる限りは戦闘面では問題はないと自負している――ただ、僕自身は直接の戦闘に特化しているタイプ。エーナやメルシェの戦闘スタイルは定かではないが、当然二人は戦力に数えないという前提で考えれば、僕とイリスは戦闘において役割が被る面もある。
そこで、他の護衛については主に後方支援に特化した者を揃え、その騎士を護衛する役割を持つ者も編成する。
一番厄介な問題が起こるとすれば……この場にアリアがやってくるということ。
(できればそういう事態は避けたいところだけどね。アリアさんの動向が掴めない分、むしろ出てきてくれたらありがたいと考えるべきか……)
そんなことを考えていると、馬車がある場所で動きを止める。
そこは学園から少し離れたところにある《魔導図書館》――魔法に関する知識が集約している場所とも言えるところだ。
「次はここか」
「ええ。王国指定の保護施設――つまり、ここも騎士団の管理する場所の一つということになるわね」
「……ふむ。では、早々に見学して次に行くとするか」
エーナがそう言って、馬車から降りていく。
メルシェやイリスを待つことなく、歩き始めてしまうあたり彼女の人柄というものがよく伝わってくる。
――騎士団の本部を見学したときもそうだが、どこか彼女は興味のある場所に大きく差があるようだ。
本部では特に訓練風景には興味を示したり、過去の騎士団長の経歴についても詳しく話を聞いていた。
――主に、戦闘面に関することに興味があるらしい。そういう意味では、性格は似てなさそうだけど、やはりイリスと似ている部分が感じられる。
イリスはどちらかと言えば、自らが強くなることに興味が強い。
エーナはそれに限らず、戦闘という分野や過去の経歴に至るまで――その歴史についても興味を示しているようだった。
魔導図書館でも、戦闘面で役立つことがあれば興味の沸くこともあるのかもしれないけれど、ここも機密事項の多い見学場所だ。
(それに、普通に観光とか口を滑らせてもいたし……。興味の出ることにはとことん、それ以外についてはささっと終わらせたいタイプなんだろうね)
エーナという少女について分析をする――護衛としての役割において、これは必要な仕事の一つだ。
イリスの時も護衛となるまでに色々とやってきたわけで。
できれば時間があるのなら、エーナと会話もできればいいのだけれど、僕がエーナに視線を送ると、ふいっと露骨に避けられてしまう。
(うーん、嫌われるようなことをしたつもりはないけど……。年下の子供が嫌い、とか……?)
「アルタ様」
「! メルシェさん?」
不意に声をかけてきたのは、後方を歩く僕のところまで下がってきたメルシェだった。
魔導図書館の案内もまた、そこに勤める管理官が先導してくれている。
エーナとイリスが話を聞いている中、メルシェがわざわざ僕のところにまでやってきたのだ。
「エーナ様についてですが……先ほどから少し冷たく感じられるかもしれません。その点について、私の方から謝罪を。申し訳ございません」
わざわざ僕に向かって、メルシェが頭を下げる。
エーナの部下であるという彼女だからこそ、こういう場面で色々と取り持つ機会が多いのだろう。
年齢的にはまだ学生くらいだろうに、よくできた子だ。
「いえいえ、気にしませんよ。僕はあくまでイリス様の付き人ですから」
「そう言っていただけると助かります。エーナ様はその……我が道を行くと言えばいいのでしょうか。気難しいというわけではないのですが、どうにも苦手なものは苦手でして……」
「……? なるほど?」
「ですから、エーナ様のことを悪く思わないでいただきたいと言いますか……むしろ、どう思っているか、など……」
「え?」
「いえ、今のは忘れてください」
メルシェの言葉はどこか、要点の掴めないものだった。
言いたいことは何となく分かるけれど、どこか本当に伝えたいことは隠しているような……。
むしろ、僕から何か聞き出したい――そんな雰囲気すら感じられた。
ちらりと、メルシェが話しながら一度エーナへと視線を送る。
エーナは変わらず、魔導図書館の管理官と話を続けていた。
それを一度確認してから、メルシェが不意に話を転換する。
「……それで、アルタ様。エーナ様とはいつ、お会いになられたのですか?」
メルシェが満を持したという表情で、そんなことを口にする。
それがきっと、彼女の聞きたかったことなのだろう。
だが、僕から言えることは一つしかない――
「……え、いつって、今日が初めてですけど」
「……え?」
僕の答えに、メルシェが目を丸くする。
当たり前のように答えたつもりだったが、メルシェにとっては想定外だったらしい。
「あ、変装していたからですかね……」
「……変装、ですか?」
「いえ、こちらの話です。申し訳ありません、変な話をしまして。それでは、また後程」
メルシェが再び頭を下げて、僕の下から離れていく。
どういう意図の問いかけだったのか分からないが……何となく察することはできる。
(僕とエーナ様は一度会っている……そういうことかな。え、そんな機会あったかな……)
思い返してみるが、彼女のような立場の人間に会ったのなら、絶対に覚えているはずだ。
……意味深な質問を受けて、僕はしばらくそのことについて考えてみたが、結論は『会ったことはない』というところに落ち着くだけであった。
更新遅れてすみません!