57.本部到着
僕達を乗せた馬車が《黒狼騎士団》の本部に到着すると、早々にレミィルを含めた騎士達の出迎えがあった。
エーナが馬車から降りると、早々にレミィルの前に立ち、
「初めましてだが、話に聞いている特徴が一致する――レミィル・エイン騎士団長か?」
「ええ、お待ちしておりましたよ。エーナ・ボードル様」
そうして、お互いに挨拶を交わす。
毅然とした態度のエーナに対して、レミィルもまた普段見せないような真面目な騎士の姿を見せる。
ついこの間まで部下に追われていた騎士団長とは誰も思わないだろう。
レミィルは微笑みながら、エーナをエスコートするように礼をする。
「本部の見学については私の部下が致しますので」
「ああ、わざわざすまないな。騎士団長も忙しい身だろう」
「いえ、本来ならば私はご案内したいところなのですが――」
ちらり、とレミィルが後方に視線を送る。
その視線に応えるように、後ろで待機していた騎士が頷いた。
……おそらく、エーナのことを案内したいと言うのはレミィルの本心なのだろう。
そして、本来ならばレミィルも案内役に加わる予定だった――僕は少なくとも、レミィルからそう聞いている。
けれど、レミィルが加わらないということは、考えられる答えは一つ。
(……まだ仕事片付いてないのか)
何となくそれを察してしまう。
何せ、レミィルはついこの間まで怪我もしていて、それを理由に仕事をサボっていた節もある。真面目に取り組めば彼女は優秀な騎士なのだが……こんな時でもある意味では彼女らしさというのが垣間見えてしまった。
エーナに続いて、メルシェとイリスが案内に従って建物の中に入っていく。
イリスも貴族ではあるが、こうして騎士に案内されて騎士団内を見学する機会は少ないだろう。少しだけその表情は嬉しそうだった。
……何せ、彼女はこの国の《王》ではなく、最強の《騎士》を目指しているのだ。
騎士団自体、彼女にとっては憧れの場なのかもしれない。
楽しんではならないと心の内では葛藤しているのか、嬉しさを隠している辺りが本当にイリスらしかった。
(まあ、イリスさんもまだ子供ということだね。それよりも――)
「団長、まだ仕事終わってなかったんですか」
エーナ達から離れて、僕は彼女達を見送るために残ったレミィルの横に立つ。
レミィルは視線を逸らすことなく、
「君はいかないのか?」
「四六時中、一緒でなければいけないわけではないですから。少なくともここにいる限り彼女は安全でしょう」
「違いないな。だが、君が騎士であることはバレていないだろう? 私と話しているところを見られたらどうする?」
「僕も一応貴族ですから、別に団長と話しても問題ないですよ」
「あ、そうか。あはは、あまりに金にうるさいものだから時々忘れてしまうよ」
「まあ、僕も貴族らしくないとは思いますけどね。それより、仕事はどうしたんです?」
「いやー、君に頼まれた仕事をしていたらちょっと、ね」
「……それは僕に手伝えと言っているんですか?」
レミィル曰く、仕事が終わっていないのは僕が依頼したアリアに関する調査で時間が取られたからだ、と言いたいらしい。
そこを突かれると僕からは何も言えなくなるのだが、レミィルはくすりと笑って、
「冗談さ。君はVIP対応に忙しい身だ――ここは騎士達が集まる場所だからね。息抜きとまでは言わないが、君の気が少しは休まる場所なんじゃないか?」
「気が休まるって程ではないですけど。でも、別に彼女達と一緒にいるからって気疲れするってわけでもないですよ。イリスさんもいますし」
「ほう、君は随分と《剣聖姫》を信頼しているな」
「ついこの間、僕達に協力してもらったばかりじゃないですか」
「おっと、その通りだった」
レミィルが肩を竦める。
イリスは騎士団の中でも、《剣客衆》と互角に戦いを繰り広げた少女として評価が上がっている。
普通の貴族であれば、狙われていると分かれば自分の身を危険にする者の方が少ないだろう。……もちろんそれは、貴族に限った話ではないが。
自らが狙われているから、自らを犠牲にして片を付ける――そんな選択ができる貴族がいるのだ、と。
そういう意味では、騎士団の中では騎士としての評価よりも《王》として、何より貴族としての彼女の評価が上がってしまっているところはあるのだが。
「それに、エーナ様も相当な実力者のようです」
「ああ、それはそうだろうね。帝国軍元帥の娘――彼女の実力は親の七光りではない。護衛は不要……何てことを言われたらどうしようかと思ったよ」
暗にイリスのことを指しているのかもしれない。
冗談めかして言うレミィルに、僕は先ほどエーナが言っていた事実を告げる。
「いらないとは言われませんでしたが、減らせとは言われましたよ。『自分の身くらい自分で守れる』そうです」
「……なるほど、冗談でも言うものじゃないな」
レミィルの表情が若干ひきつったものになる。もしも不要と言われていたら、僕の負担はより一層大きくなっていただろう。
「はい。そういうわけで、護衛チームは再編成します。まあ、減らした分は僕がカバーするので、よろしくお願いします」
「その『よろしく』は何のよろしくなのかな?」
「特別給」
「あはは、ブレないなー、君は……」
僕とレミィルはそんな会話をして、お互いの仕事へと戻ることとなった。
騎士団の駐留する時間もそれほど長くはない――僕は早々に名簿を取り出して、護衛の騎士の再編成に取り掛かることにした。