56.馬車の中にて
揺れる馬車の中、僕とイリスの対面にエーナとメルシェが座る形となった。
これから一度、《フェンコール》区画にある《黒狼騎士団》の方へと向かう。
約三日間の間に、決められたルートに沿って移動していくことになる。
一先ず、騎士団の本部を最初は見学する予定となっていた。
もちろん、一般の人間が入れる場所までであるが。
少女とはいえ、エーナとメルシェは二人共軍人だという――そういう意味では、王国よりも若年から戦える人間を多く取り入れているのかもしれない。
移動中の馬車の中でも、イリスとエーナが打ち合わせという形で話を続けていた。
「騎士団本部を見学してから、目的となるいくつかと箇所を回る予定になるけれど、問題はない?」
「ああ、こちらとしてもいくつか場所を確認してから、互いに話し合い催事について決定するつもりだ。私の目的はあくまで視察――これに尽きるな」
資料に目を通すエーナの表情は鋭く、およそ少女とは思えない威圧感も放っている。
黒の軍服が、彼女の雰囲気をより際立たせていると言えるだろう。
その隣、メルシェは落ち着いた雰囲気のまま、同じく資料に目を通していた。
僕とイリスもそれに合わせて資料を読み合わせていく。
もっとも、僕とイリスはすでに資料の確認は終えているが。
……この三日間、警備にはもちろん細心の注意を払っている。馬車を操る御者もまた、騎士団から派遣されていて、少し離れたところから騎士団の護衛も続く。
あくまで目立つように隊列を組むようなことはしない――結果的には、エーナという少女にはそれが合っていたようだ。
「私に対する警備が随分と多いようだが」
「申し訳ないけれど、これくらいのことはさせてもらうわ」
「ふはっ、私も別に嫌味を言うつもりはない。何せ、《剣聖姫》自ら護衛についてはくれているのだからな。それに……」
ちらりと、エーナが僕の方を見る。
僕は笑顔で返すが、エーナがふいっと視線を逸らしてしまう。……もしかすると、彼女は子供が嫌いなのだろうか。
(それとも僕が護衛だと……? さすがに初めから気付く人はほとんどいないと思うけどな)
見た目で判断されることには慣れている。はっきり言って、僕は普段通りなら誰から見てもただの子供でしかないのだから。
さすがに、この護衛団を任されているのが僕だとは、エーナも気付かないだろう。
「……こんなに護衛はいらない――と言いたいところだが、私も私の価値は理解しているつもりだ。私に何かあれば大きな問題になる、ということはな」
「理解してもらっているのなら助かるわ」
「ふはっ、私の立場くらいはな。その上で、視察の時は数を減らしてもらいたいものだが」
「! エーナ様」
メルシェがすぐにエーナの言動を咎めるように口を開く。
だが、エーナがスッと手を出して制止し、
「私の身くらい私も守れるつもりだ。無論、お前達の考えも理解している――だからこそ、減らせという譲歩の話だ」
「それは……」
イリスがちらりとアルタに視線を送る。……その辺りの判断は僕がすることになっている。
エーナとしては、無駄に騎士を引き連れて動きたくはないということだろう。
一団と共にやってこなかった辺り、そういう感じはしていた。
正直言って、彼女は国賓と言ってもいい――本来ならば、もっと護衛を増やしてもよいくらいなのだが、
(まあ、僕が常に近くにいればいい話……ではあるか)
ため息をつきたくなるところをこらえて、頷く。
少なくとも数十人分の騎士の護衛の仕事なら、僕一人でもある程度カバーはできる。
早い話、いつもより気合いをいれて仕事をしろという話だ。
(減らした騎士の分、僕が負担するわけだから……まあ団長から特別給くらいはもらえるか)
サッとそんな計算も終えた。
《黒狼騎士団》の護衛の編成は、僕とレミィルが話し合って決めたもの。
メンバーについてもある程度把握しているが、それなりに実力のある者達を集めている。
それも当然だ――エーナを守るのに、半端な戦力を連れてきても仕方ない。
その上で、僕にかかる負担を考えれば……まあ、十分にカバー可能な範囲であると考える。
イリスが僕が頷いたのを見て、エーナに答える。
「分かったわ。護衛については、本部についたら再編成という形で対応させてもらうわ」
「理解が早くて助かる。さて、これで王都観光――」
「エーナ様」
「……王都視察も捗るな」
(観光って言ったな……)
……それとなく、エーナという少女が軍人なだけではなく年相応であるということも感じられるところがあった。
こうして、僕達四人は一先ず騎士団本部へと向かうことになる。その間は、特に大きな問題も起こることはなかった。