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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第二章 《暗殺少女》編
54/189

54.ノートリア

 学園に戻ると、校門の前でイリスが待っているのが見えた。

 僕に気付くとすぐに駆け寄ってきて、


「アリアのこと、何か分かりましたか?」

「残念ながら、これと言った情報はありませんでした」

「そう、ですか……」


 落胆した表情を見せるイリス。

 普段の生活では落ち着いた雰囲気を見せているが、放課後になるとこうだ。

 人前では見せないようにしているようだが、やはりアリアのことが心配なのだろう。

 クラスでは混乱を招かないように家の都合でしばらく来ないという風に伝えてはいるが、公開捜査となったらそうもいかない。

 少し前にイリスが狙われる事態があったばかりで、今度はイリスと普段から一緒にいるアリアが失踪――噂話に尾ひれがついてもおかしくはない。


「アリアなら、大丈夫だとは思うんですけど……。何でいなくなったのかが分からなくて」

「何か事情があることには違いないでしょうが、数人の騎士には協力してもらっています。今は情報を待ちましょう」

「ありがとうございます。私は……私にできることをしないと、ですね」


 この状況でも、イリスは帝国からやってくる元帥の娘――エーナの案内役を引き受けた。

 責任感のある彼女らしいところはあるが、正直心配なところはある。

 重役に加えて、友人であり家族でもあるアリアの失踪。イリスにとっての精神的負担は相当なものだろう。


「イリスさん、あまり無理はしないようにしてくださいね。無理なら代わることだってできますから」

「大丈夫です。元々、私に依頼のあったことですから。でも、アリアのこと……何か分かったらすぐに教えてください」

「それはもちろんです」

(可能性の話は――今はやめておくか)


 アリアの消えたタイミングと帝国側の視察に関わりがないとは言い切れない。

 むしろ、僕からすればタイミング的にはあまりに合致しすぎている。

 今の今まで、アリアは学園の生徒として普通に過ごしてきたのだ。

 それが、イリスが案内役を引き受けることになってすぐ姿を消した――関係ないと言い切ることはできない。

 それでも、その可能性をイリスに指し示すことは彼女にとって負担になってしまうだろう。


(アリアさんの身のこなしはほぼ間違いなく暗殺者の類……普通に考えれば、彼女が姿を消した理由は帝国側の人間の暗殺――そういうことになってしまう)


 考えたくはないことだけれど、そこまでは考えておかなければならない。

 もちろん、可能性だけで言えば他にも理由は考えられるだろう。

 ただ、あれだけイリスのことを大切に思っているのに、何も言わずに姿を消すということは余程のことがあったとしか考えられない。

 ……だからこそ、仮にイリスが案内役を引き受けないことになったとしても、僕は帝国の要人警護の任に就くつもりだった。

 それがアリアのためでもあり、イリスのためにもなるからだ。


「一先ず、今日は休んでください。帝国の視察が来るのは来週のことですし」

「……はい。そうしないと、アリアに心配されてしまいますよね」


 イリスの言葉に、僕はこくりと頷く。

 ふとした拍子にでも、アリアが姿を現すのではないかと期待してしまう――けれど、彼女が現れることはなかった。

 アリアがいなくなってから数日。それでも時は過ぎていき、僕とイリスが案内役としての仕事を務める日は、刻一刻と近づいていた。


    ***


 ――ほんの数日前のこと。

 アリアは寮を出て一人、夜の街を駆けていた。

 黒のコートに身を包み、全身に武装を施す。

 アリアがここまで武装をするのは久しぶりのことだった――完全に戦うための準備をしてきたのだ。

 アリアは建物の屋根から屋根を飛ぶように移動して、とある建物の上で立ち止まる。


「やあ、待っていたよ、ノートリア」

「――先生」


 アリアは表情を変えることなく、その男を見る。

 白衣に身を包んだ白髪の男――アリアにとって、最初の『先生』。

 もう数年も会っていないが、その容姿にそれほど変化はない。

 白髪の男はアリアのことを見定めるように、


「その武装……まさか、私と戦うつもりできたのかな?」

「……その必要があれば、わたしはあなたと戦う」

「はははっ、面白い冗談が言えるようになったんだね。ノートリア」


 にやりと笑みを浮かべて、男はアリアの方に向かってくる。

 アリアは《漆黒の短刀》を構えて、臨戦態勢に入る。

 少なくとも、今のアリアにとってこの男は敵にしかならない――そう思ったからこそ、ここにやってきたのだ。……イリスにも、アルタにも知られるわけにはいかなかった。


「そんなに警戒しなくてもいい。私は別に君を殺すつもりはないよ」

「……だったら、何の用? あんな芝居までして、わたしを呼び出した理由は?」


 ケースを盗まれた男も、盗んだ男もグルだった。

 目の前にいる男がそうなるように差し向けたに過ぎなかったからだ。


「やれやれ、冷たいな。やはり私では君の警戒心は解けないか。それじゃあ、この子達ならどうかな?」


 男の言葉に従うように現れたのは、二つの影。

 漆黒のローブに身を包み、赤い模様の入った仮面を付けている。

 その素顔を窺うことができないが、ほとんど感じられなかった気配に、アリアは再び身構える。

 そんなアリアに対して、男は手で制止するような仕草を見せ、


「落ち着くといい。別に彼らは君の敵じゃない。何せ君達は、同じ『ノートリア』じゃないか」

「――っ!?」


 アリアは目を見開いた。

 現れた二人は仮面を外して、その素顔を見せる。

 アリアと同じ髪色に瞳。

 顔もアリアに似ているが、どこか大人びた雰囲気を受ける。

 その二人の顔は、アリアがよく知っているものだった。

 二人の肩に手を置いて、男は三日月のような笑みを浮かべて言い放つ。


「君の『兄』と『姉』だ。懐かしいだろう?」

「……嘘、だ」

「嘘なものか。私が彼らを殺したと思ったかな? そんなことはしないさ……君の『父』はそんな残酷なことはしないよ」

「っ! 父さん、も……?」

「ああ、彼もここに来ることになっているよ。この仕事は重要だからね」

「仕事……?」


 男の言葉を聞いて、アリアは問い返す。

 察してはいた――アリアに接触をして呼び出したということは、すなわちアリアを必要としているということ。

 アリアの両手が震える。戦うためにやってきたのに、二人の顔を見ると、どうしても武器を振るうことができなかった。


「簡単なことさ……。この仕事をこなせば、君はまた元の生活に戻れる。望むのなら、この二人との生活も保障しよう」


 男がはっきりとそう口にするのを聞いて、アリアは構えを解く。

 アリアの取るべき選択は、一つしかなかった。

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