53.少女の行方
僕は《黒狼騎士団》の本部へとやってきていた。
僕の方からレミィルの下を訪れるのは久々のことだ。
大体、呼び出されて向かうことの方が多い。
団長の執務室に入るやいなや、数名の騎士が並び立っているのが目に入る。その先に、団長であるレミィルは座っていた。……拘束される形で。
「数日ぶりだな、アルタ・シュヴァイツ一等士官」
「元気そうで何よりです」
「あっはっは、これが元気そうに見えるかな?」
書類の山をまだ処理しているようで、どうやらここ数日はずっと執務室に監禁されているようだった。
今までサボったツケが回ってきたというところだろう。
団長ならば隙さえあればいくらでも逃走できる――ゆえに、数名の監視兼手伝いの騎士がここに集まっているのだ。
僕は団長のすぐ傍に立つ騎士に目配せして、
「ご苦労様です、少し席を外してもらっても?」
「承知致しました。ただし、部屋の中での見張りは――」
「分かってますよ。逃げようとしたら捕まえますから」
「理解が早くて助かります」
「君達、一応ここの騎士団で一番偉いの私なんだが?」
「それなら団長らしくしてくださいよ……」
僕は嘆息しながら席につく。
レミィルもまた、身体を自由にしてもらい、肩を鳴らしながらソファーへと腰掛けた。
レミィルを見張っていた騎士達も外へと出ていく。
「いやぁ、久しぶりの休憩だよ。助かった」
「そろそろ団長が泣き言を言い始める頃かと思いまして」
「さすが私の信頼する騎士だ。このまま私を外に逃がしてくれないか? デートしよう」
「仕事が終わったらいいですよ」
「君も厳しいなぁ……」
苦笑いを浮かべるレミィル。もちろん、僕はレミィルを仕事地獄から助けに来たわけではない。
「それで、アリアさんのことですが」
「ああ、姿を消した君の生徒か。一応、いくつか照合はしてみたよ。残念だが、該当者はいなかった」
「そうですか……」
僕がレミィルに依頼したのは、アリアを知る人物がいないかどうか。彼女の本質は元より、《暗殺者》のそれに近い。
イリスの話を聞く限りではそういう組織に所属していたという可能性も高かった。
だからこそ、現在捕らえている殺し屋や関連する組織の人間に確認してもらったのだけれど……。
「しらを切っている可能性もあるが、元より彼らに接触できる者は限られているからね。話を聞く限りではその事件――騎士に扮した者と、荷物を盗まれた者。それに盗んだ者……いや、あるいは騎士に扮したという者自体がいなかった可能性もある。どのみち、彼女の年齢を考えれば可能性は低かったろうね」
「ですね。それでも、何も情報がないよりはよかったですよ」
「得られなかった、というのが情報になるのかな」
「団長が優先してくれたからですよ。ありがとうございます。」
「なに、女の子一人が行方不明になっているんだ。優先もするさ。公開捜査にするならもう少し時間はかかるけれどね」
「はい、それも分かっています」
アリアが姿を消してからまだ数日と経過していない。
公開捜査となると、各所との連携もあるためそれなりに時間がかかる。
それに、少なからずいなくなった原因に心当たりがないわけではなかった。
間もなくやってくるという帝国の人間――タイミングだけ見れば、あまりに合致しすぎている。
(……飛躍しているとも言えるけれど、警戒しておくことに越したことはないか)
結局、あの日に起きた窃盗事件も目撃者はいても逃走劇が見られていただけに過ぎない。
何人かの騎士には協力して捜査してもらっているけれど、事件を追ってもアリアに関する手掛かりは中々出てこなかった。
「……」
「君が深刻そうな顔をするとは珍しいね。まあ、気持ちは分かるが」
「! そんな顔してましたか?」
「いつもならどこまでも冷静な男だからね、君は」
「……まあ、僕のすぐ傍でずっと彼女のことを心配している人がいますからね」
イリスは、表向きには普通に振る舞っているが、やはりアリアのことがずっと気掛かりなようだ。
この状況でも、案内役を引き受けたのはさすがというべきなのかもしれない。
(アリアさんを見つけるのが、一番の解決策かな。……僕の弟子でもあるわけだしね)
彼女にも、僕は剣を教えている。
護衛対象というわけではないが、アリアは僕の生徒で弟子なのだ。人並みに心配はする。
(まあ、そこが変わったって言われるところかもしれないが――)
「私も君にもっと協力したいのだが、この状態ではな」
「団長はそのままで大丈夫です」
「少しは悩んでくれ? 私を連れていったらメリットあると思うよ?」
「あはは、仲間に追われるのはデメリットなんですよねー」
どう見ても脱出の交渉をしてきたレミィルを切り捨てて、僕は執務室を後にする。恨めしそうな表情で僕を見るレミィル。
……定期的に息抜きできるよう根回しくらいはしておこう。
「さて、どうするかな」
やれることはいくらでもあるが、逆に言ってしまえば手をつけるべきところが分からない。
一先ず、目先にある帝国の人間の案内――この仕事に力を入れることにした。