52.少女はいつものように
「報告は受けていない?」
「ええ、本日は窃盗犯を捕まえたという話はありませんが……」
市場から少し離れたところにある《黒狼騎士団》の詰所。
そこの騎士に尋ねたところ、そんな返答があった。
結局、イリスはアリアを心配して学園に戻ることにしたので、それを送り届けて一人ここへやってきたのだ。
先ほどアリアが騎士に引き渡したという盗人を捕えているのなら、ここに連行されているはずだ。
けれど、話を聞いてみるとそんな話は報告もない、という。
「それはいつ頃のお話ですか?」
「時間はそれなりに経過していましたから、もう報告はあってもいい頃だとは思うんですけどね」
「まだ戻っていない騎士はいますので、ここでお待ちになられますか?」
「いや、捕まえたのならすぐにここに来るはずですから。僕は一度、現場の方に戻ってみますよ」
「承知しました。何かあれば現場に騎士を派遣します」
「はい、よろしくお願いしますね」
そうして、僕は詰所を出る。
やはりアリアが嘘をついている――あの時、イリスも違和感があると言っていたが、どうやら間違いではないようだ。
(アリアさんが嘘をつく理由……)
さすがに見当はつかない。
途中目撃した犯人は男――ひょっとしたら、その男とアリアが顔見知りだったという可能性もある。
だから見逃したのであれば、一応説明はつく。
だが、こればかりは本人に聞いてみなければ分からないことだ。
(……と言っても、本人が『引き渡した』と言った以上、問い詰めても同じ答えしか返ってこないだろうしね)
仮にケースが盗まれたままだとすれば、おそらく騎士団の方にも盗まれた側から連絡がいっているだろう。
けれど、そのような報告も入っていないという。
泥棒がいて、ケースが盗まれたという事件自体――把握している者がいなかった。
僕は一先ず、市場の方へと向かう。
丁度、ケースが盗まれたと思われる場所の近くに出ていた露店で話を聞いてみることにした。
「あの、すみません」
「いらっしゃい、お使いかい?」
「いえ、少し話が聞きたくて」
「……あん、こっちは仕事中でよ。悪いがそういう暇つぶしは他を当たってくれねえかな?」
店主の態度が一変する。子供が遊んでいるくらいに思われたのだろう。
……このくらいのことは慣れている。
僕も騎士ではあるけれど、残念ながら見た目や年齢も相まってそう見られることはまずない。
わざわざ説明するよりも、軽く話を聞くだけなら簡単だ。
「まあまあ、そう言わずに。これ、一つ買いますから」
「毎度。……仕方ねえな、何が聞きたいんだよ?」
「先ほどこの付近で盗みがあったと思うんですが」
「ああ、『泥棒だー!』とか男が叫んでたやつか。女の子が一人追っかけてたな。ありゃすげえ動きだったぜ」
どうやら店主は、泥棒とアリアの動きをしっかりと見ていたようだ。
けれど、重要なのはそこじゃない。
「その時なんですが、荷物を盗まれた人は、どうしていました?」
「あん? どうって……そういや、気付いたらいなくなってたな。騎士でも呼びに行ったのかと思ってたが――って、探偵ごっこか? そんなこと聞いてよ」
「あはは、まあそんなところです。ありがとうございます」
「遊ぶのはいいけどよ、そういうのは騎士に任せるもんだぜ」
「ですねー、気を付けます」
まさに僕はその騎士であるのだけど、そこは伏せておこう。
……店主の話を聞く限りでは、やはり泥棒がいたことは事実のようで、この辺りの人間であればそれを把握している。
きっと事件は解決したものだと思っているのだろう。
実際には泥棒も、ケースを盗まれた被害者もいなくなっているというのが事実だった。
(やっぱり、アリアさんにもう一回聞いてみるしかないか)
考えたところで仕方ない。
僕は一度、学園の方へと戻ることにする。
アリアから話を聞いて、それでも引き渡したというのなら、もう一度詰所に戻って確認してみよう。
奇妙な話ではあるけれど、被害が届けられていない以上――騎士はそれ以上の仕事はしない。いや、できないというのが正しい。
……レミィルなら、面白そうだと食いつきそうな話ではあるけれど。
学園の方へと戻り、女子寮に直接向かうと、周囲を見渡すイリスの姿があった。
僕に気付いて、イリスがすぐに駆け寄って来る。
「先生! アリア、どこかで見ませんでしたか?」
「! いないんですか?」
「部屋にはいなくて……学園の敷地内も色々と見てみたんですけど、見つからないんです」
心配そうな表情で、イリスがそんなことを口にする。
もしかすると、まだ学園には戻っていないのかもしれない。
「どこかで休んでいるのかもしれませんね」
「体調も悪そうだったし、私もう一回学園の外を探してきます!」
「ああ、それなら僕が――」
「その必要はないよ」
僕の言葉を遮ったのは、そんなアリアの声だった。
ふわりと空から落ちてくるように、アリアがやってくる。
神出鬼没というのは、まさにこのことを言うのだろう。
イリスがアリアの下へと駆け寄る。
「アリア! どこにいたの!?」
「屋上。疲れたから休んでた」
「屋上って、そこも探したはずなんだけど……」
「イリスに見つけられるほど甘くないよ」
「もう、心配するでしょ……」
二本指でピースをして答えるアリアを見て、イリスが安堵した表情を浮かべる。
一先ず姿を消したわけではないようだ。
「先生、騎士の人から話聞いてきたの?」
「! はい、先ほど」
「もしかして、いなかったって言われた?」
まるで僕の考えを見透かしているかのように、そう問いかけるアリア。
そういう可能性も視野に入れていたかのようだ。
僕は頷いて答える。
「ですね。まだ報告がないだけかもしれませんが」
「ううん。たぶん、ない」
「どういうことです?」
「わたしが引き渡した人が、騎士じゃなかったのかも」
アリアが少ししゅんとした表情で、そんなことを口にする。
騎士ではない人に引き渡した――つまり、アリアが捕まえた泥棒の協力者だった、という可能性の話をしているのだろう。
(確かにそれなら筋は通るけど)
「ですが、荷物を盗まれたという報告がまだないんですよ」
「あ、それならアリアが返したって言っていましたよ。荷物は取り返して、魔法を使って返したって」
イリスがフォローするように答える。
荷物を取り返して被害者に返した――そこまでしているというのなら、確かに事件は解決している。
問題となるのは、泥棒と引き渡した騎士の行方だ。
いくつか疑問は拭えなくはないけれど、アリアはあくまでやるべきことはやった、ということだろう。
それに、追いかけるのを任せたのも僕だ。
「……となると、騎士を騙った者と泥棒は逃げた可能性があるわけですね」
「ごめんなさい。気付かなかったかも」
「いえ、それはこちらの責任になりますから。アリアさんはきちんとやってくれましたよ。騎士の人相とか分かりますか?」
「うん、後で紙に書いて渡す」
アリアがこくりと頷いて答える。
ここまで協力的なら、アリアが泥棒を庇っている、という線もなさそうだ。
(生徒を疑う、なんて。講師としてはできればしたくないからね)
騎士であると同時に、今はこの学園の講師でもあるのだ。
一先ず、僕の方でこの話は調査を進めることにしよう。
「あ、そうだ。アリア、体調は大丈夫なの?」
「平気。疲れただけって言ったよね。わざわざデート切り上げてきたの?」
「そもそもデートじゃないわよ……。とにかく、何もなくてよかったわ」
「イリスの心配をするのはわたしの役目だから、イリスは何も心配しなくていいよ」
相変わらず仲の良い二人だ。
休みの日も僕と遊ぶより、二人で一緒にいた方が楽しめるだろう。
結局、この日は少し謎の多い事件が起こっただけで終わることになる。
この数日後――アリアが姿を消すことになるとは、僕もイリスも全く想像していなかった。