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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第二章 《暗殺少女》編
51/189

51.軍人娘は恋をする

 少女の名はメルシェ・アルティナ。

 ボードル家のメイドとして、そして護衛として勤めている。

 軍人としての側面も持つ彼女は立場上、エーナ・ボードルの部下という立ち位置にあるが……。


「もう、また勝手にいなくなってしまわれて……」


 嘆息しながら、メルシェは周囲を見渡す。人通りの多い市場の方にも、エーナの姿はなかった。

 お忍びで王都に先行し観光したい――そんなエーナの無茶な要望に応えてやってきたのだが、メルシェから離れないという約束は早くも放免されていた。

 それどころか、幾度となくメルシェを撒こうとすらする。

 メルシェにとっては、困った主であった。


(まあ、実力は本物ですから心配はないかもしれませんが……)


 エーナは決して、親の七光りだけで軍人という立場にあるわけではない。

 彼女の同期や上司に至るまで、彼女に勝てるものはいなかったのだ――《武神の再来》などと軍内部では呼ばれている。

 このままいけば、父の跡を継ぐことも夢ではないだろう、と。


(その武神がこのように奔放では困りますね……)


 深くため息を漏らす。

 優秀ではあるのだが、どうにも行動力が別の意味でありすぎる。

 人混みの中を歩きながら、いよいよメルシェは本気でエーナを見つけようとしたときだ。


「! エーナ様!」


 エーナが、人混みから少し外れたところで立っているのが見えた。

 彼女にしては珍しく、何かを見て興奮している様子はない。

 むしろ、真剣な表情で考え事をしているようだった。


「……」

「まったく、探しましたよ。お一人では行動しないようにと注意しましたよね? 少しはご自身の立場というものを――エーナ様?」

「……」


 メルシェの言葉に、エーナが反応する様子はない。

 怪訝そうな表情を浮かべて、メルシェは再び呼び掛ける。


「エーナ様?」

「む、お前か……」


 メルシェに気付くのも遅れるくらい、深く考え込んでいたらしい。

 エーナにしては珍しい――そうメルシェは感じ取った。


(まさか、私のいない間に何か……?)


 エーナとて軍人――国に有利に働くことがあれば、率先してその情報を得ることくらいはするだろう。

 お忍びとはいえ、視察という意味も含まれているのだから。

 エーナが、ぽつりと呟くように口を開く。


「メルシェ、私を抱いたことがある男は、この世に父上しかいない――その話は知っているな?」

「赤子だった頃だけっていうお話ですか?」

「そうだ。そして、私を抱ける者はもういない……そう思っていた」


 エーナの言いたいことが、メルシェにはよく理解できなかった。

 軍人として生きることを選んだ彼女はよく、縁談の話があれば決闘で勝てれば、という条件を付ける。そして、大体は決闘という言葉を出した時点でエーナには勝てないと諦めるのだが……。

 疑問に感じていると、エーナが言葉を続ける。


「決して油断していたわけではない……だが、私はあの少年に隙を突かれてしまったのだ」

「あの少年……? どういうことです?」


『あの少年』――先ほどエーナの傍にいた少年の姿が頭を過る。

 メルシェの問いかけに、エーナが頷いて答える。


「初めて父上以外に抱かれて、その、胸が高鳴ってしまって……どうしたらいい?」

「……は?」


 頬を紅潮させて、まるで乙女のようなことを口にするエーナに、メルシェは驚きの目を見開く。

 果たしてメルシェのいない間に何があったのか――それ以上に、エーナのそんな姿を見ることになるとは、メルシェもまるで予想していなかった。

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