5.模擬戦
学園の本校舎の他に図書館や隣接する食堂が存在している。
基本的には寮で生活している学生達が、日々の暮らしに困ることはないだろう。
僕が生徒と共にやってきたのは練武場と呼ばれる場所だった。
剣術や魔法の演習を行う際に利用されるという。
オッズの案内の下、僕は二十人の生徒達と相対する。
《剣聖姫》と呼ばれていても、特別クラスとかがあるわけではないようだ。
僕の見立てでは、実力的に抜きん出ているのはイリスと、その隣にいる気だるそうな表情の少女。
……確か、アリアという名前だったか。一応、ここにくる前に生徒達の名簿と成績は見ている。どちらも優秀なイリスに比べると、アリアは勉学については平均以下だが、魔法と剣術のレベルは高い。
他方、イリスは模擬戦と言っても気を抜かない質なのか、集中しているのが分かる。
一応、僕の方が年下だけれども本気っぽく見えるのは早々に追い出したいという気持ちの現れなのだろう。
まあ、その方が僕としても都合はいい。
「それじゃあ、オッズ先生には審判をお願いしますね」
「あ、ああ」
オッズが困惑しながらも頷く。僕がこんな提案をしたものだから、内心ではハラハラしているのかもしれない。
その点については、正直悪いことをしたと思う。
「俺からやるぜ」
不意にそう言って出てきたのは、一人の青年。
長身で体格も良く、確か魔法よりは剣術の成績の高い生徒だ。
先ほど、オッズ先生の言葉を遮ったのも彼だった。
「その前に、模擬戦のルールを決めないと――」
「ルールなんていらねえさ。倒れた方が負け……それでいいだろ」
そう言いながら、長身の生徒が模造剣を僕の方へと投げ渡す。魔力を込めることで刃の部分が再現でき、斬られたという感覚を再現できるのだ。
痛みは現実と比べれば弱いが、それでも斬られたことはよく分かるようになっている。
長身の生徒が魔力を込めて、刃を作り出す。イリスも含め、他の生徒達は動くつもりはないらしい。
「先生になるって言うんなら、それ、使えるだろ。いくぜ」
僕の答えを聞く前に、長身の生徒が駆け出す。
構えた剣はシンプルな直剣タイプ。自分で作り出せる剣の種類を変えられる模擬剣だが、彼はシンプルにそれを得意としているのだろう。
フェイントをかけるような動きもない。真っ直ぐ向かってきた長身の生徒は、そのまま僕と交差するような動きになり――地面に倒れ伏した。
「……は?」
その場にいた生徒達は皆、驚きの表情を浮かべている。それ以上に驚いているのは倒れた生徒だ。
何が起こったのか、理解できていないようだった。
ただ、軽く足をかけてやっただけだけど。
「さて、倒れた方が負けでしたね。それでは改めて――」
「ふ、ふざけんなッ!」
長身の生徒が立ち上がり、再び向かって来ようとする。
その首下に、模擬剣の刃を宛がう。
「……!」
「今のが本当の戦いだったのなら、君は二回死んでます。人を見かけで判断しないこと――僕から教えられる最初のことなので、覚えておくように」
一度目は転ぶ瞬間に斬った背中――斬られたことは長身の生徒も分かっていただろう。二回目は今、本来なら首を飛ばすことも簡単だ。
くるりと反転して、生徒達と向き合う。
生徒達が息を呑んで、僕の方に視線を向けているのが分かった。本当なら、もっと派手に分かりやすくするつもりだったんだけど、仕方ない。
「さてと、気を取り直してルールの説明です。僕に一撃でも与えられたら君達の勝ち――それから、一人一人を相手にするつもりなんて面倒なことはしないですよ」
僕は模擬剣を構えて、生徒達を見据える。そして、
「全員で来い。それくらいが丁度良い」
――そう言い放った。