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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第二章 《暗殺少女》編
47/189

47.軍人の娘

 その日の夜、イリスは一人部屋にいた。

 すでに寝間着姿で天井を見上げている。


(デート……)


 考えているのは昼間のこと――アリアの提案で再びアルタと共に出かけることになった。


(いえ、そもそも出かけるだけならデートではないわよね。うん、そうよ。それなのに、アリアが急に変なことを言うから……)


 自分に言い聞かせるように、イリスは納得しようとする。

 けれど、どうしてもその言葉が頭から離れない。

 ――イリスは誰かを好きになったことはない。

 もちろん、家族や友人として好きな人間はいる。特別な誰か、ということを意識したことは一度もない。

 イリスにとってその心も、最強の騎士になる上では必要なものでなかったからだ。


(その、はずなのに……)


 イリスは胸に手を当てて、深呼吸をする。

 弱冠十二歳にして、《黒狼騎士団》の一等士官――《剣聖姫》と呼ばれるイリスに対して、自ら『最強』を名乗った少年。それは言葉通りに、イリスの父であるガルロ・ラインフェルを殺した《剣客衆》のアディルを打ち倒した。

 ……思えば、アルタとの模擬試合の時からかもしれない。少し特別な感情を抱いていたのは。

 剣術で圧倒されたのは、初めての経験だった。父に勝てなかった頃のことを思い出した……そういう風に感じていたが、イリスはその後もアルタに助けられている。

 アルタがいなければ、イリスは今ここにはいられなかった――それは間違いのないことだ。


(感謝するのは当然としても……)


 だからと言って、それくらいのことでアルタのことを意識するだろうか。意識してしまう自分に、疑問を感じていた。

 イリスはアルタに剣を教えてもらいたい。その気持ちが一番であり、それ以外の感情などあってはならないと、考えている。

 雑念は剣を鈍らせる。アルタに教えてもらったように、一つの目的を持って剣を振るうことが、イリスには必要なのだ。

『誰かを守るために強くなりたい』、それ以外の気持ちは、今のイリスにはいらないはず――


(そうよ……私には、必要ないこと、だもの)


 深く息を吐いて、そう認識する。

 デートでもなんでもない――ただ、アリアのために出かける。

 イリスが考えるべきはその先、《帝国》とのことだ。


「でも、そうね。違うってことを、確かめるのは必要かも」


 ポツリと呟くように、イリスは言う。

 自身の抱いている感情を否定するために、イリスは週末のデートに臨もうとしていた。


   ***


 同刻――《ファルメア帝国》の帝都ヴェルオ

 中心部に宮殿があり、そこには皇帝やそれに連なる皇族達が暮らしている。

 さらに、帝国は軍事国家でもある。皇帝に次いで権力を持つ、軍を統治する元帥が存在する。

 ルガール・ボードル、現帝国軍の最高司令官という立場にあった。

 そして、その娘であるエーナ・ボードルは一人、庭園に立っていた。

 端正な顔立ち。長い黒髪を後ろに束ね、シャツに黒のズボンとシンプルな服装をしている。

 腰に下げた剣に触れて、


「――」


 一閃。風を切る音と共に、周囲の草木が揺れた。

 庭園に広がる花々が、時間を置いて舞い散る。


「……ふう」

「――こんな夜更けに訓練ですか」

「むっ、お前か」


 エーナの背後から現れたのは一人の少女。メイド服に身を包み、呆れた表情でエーナを見る。


「お前か、ではありませんよ。もうすぐ王都に向かうことになるのです。夜な夜な訓練ばかりではなく、向こうに行かれた時のことも考えては」

「ふはっ、異なことを言う。その時のための訓練ではないか。常日頃から驕らず怠らず――それが軍人の基本だぞ」

「あなたは軍人という立場になる必要はないのですが……無理やり将校に士官されたのでしょう」

「父上も賛成してくださったことだ。私は生まれながらの武人でもあるのでな。毎日の訓練を怠ると寝覚めが悪い」


 にやりと笑みを浮かべながら、エーナは答える。

 その答えに対してもまた、少女は大きく息を吐く。


「貴女が構わなくとも私が構うのです。無理をされて倒れられてしまっては、世話係である私の責任になってしまいます」

「心配するな。その責任はお前を管理する上司の私の責任でもあるのだからな」

「……何でしょうね。間違ってはいないのですが何もかも間違っている気がします。いえ、ただの屁理屈ですね、それは」

「ふはっ、その通り。だが、屁理屈もまた理屈の一つ――全ては私の責任ということだ。納得しろ」


 そうして、エーナは再び剣を振るう。


「……はあ。何を言ってもダメみたいですね」


 少女が再び、大きくため息をつく。

 エーナは高揚していた。耳にした情報によれば、王国には《剣客衆》を四人も打ち倒した騎士がいるという。

 剣技を極めた殺人集団――その頭目も含めて、一人の騎士が倒したのだ。

 そこには、《剣聖姫》も加わっていたという情報もある。


(これが落ち着いていられるか……機会があれば、是非手合わせしてみたいものだな)


 まるで遠足を心待ちにしている子供のように、エーナは心躍らせる。

 来るべき時に向けて、エーナは剣を振り続けた。

少し投稿遅れてしまいましたが更新です。

新キャラ登場ですね!

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