45.逃げる騎士団長
「呼び出した日にやってくるとは殊勝な心掛けだ。さすが私の信頼する騎士、アルタ・シュヴァイツ一等士官。どうかな、この後デートでも――」
「団長、さっき書類が溜まっているって団員が総出で探していましたよ」
「あっはっは、だからこうして隠れているんじゃないか」
《黒狼騎士団》本部の第七倉庫――人通りの少ない場所に、騎士団長であるレミィル・エインの姿はあった。
日々団員達から提出される書類に目を通すのは団長としての仕事のはずなのだけれど、到着してすぐにレミィルの隠れ家とも言える倉庫にやってくる羽目になる。
先ほどまでは膝を抱えてどや顔で「やあ」などと軽口の挨拶をしていたが、それがこの国の騎士団長の一人なのだから将来が少し心配になってしまう。
「探す方の身にもなってくださいよ……」
「だが、君はこうしてすぐに見つけたじゃないか」
「団長が隠れそうな場所は大体分かりますからね」
「優秀な部下を持てて私は幸せだよ」
「これで優秀だって言えるなら他にももっと優秀な部下がいますよね。……それはともかくとして、何のお話です?」
僕はレミィルに問いかける。
僕を呼び出すくらいなのだから、当然のごとく仕事の話なのだろう。
「まあまあ。少しくらい世間話でもしようじゃないか。最近学園生活の方はどうだい?」
「学園生活というか講師生活というか……まあ、いつも通りですよ。もうすぐテストがあるので学生達に少し落ち着きがないくらいで」
「むっ、テストか。それは確かに集中してもらわなければならないな、うん。イリス嬢は、そんなに心配はいらないかな?」
「彼女は優秀ですからね。剣術だけでなく、魔法を中心とした学問も――って、その感じだとまたイリスさんに関わるお話ですか?」
「あっはっは、また、とは心外な。君は今も彼女の護衛としての仕事で傍にいることを忘れてはいけないよ」
「忘れてはいませんが……まさか、またイリスさんの命が狙われるような事態でも起こった、とか?」
「いや、そういうことではないよ」
「そうですか」
一先ずは安心する。
今、僕を呼び出すということは間違いなくイリスに関わることだと予想できたからだ。
でも、そうなるとイリスには関係のないことで呼び出されたのだろうか。
「もっとも、イリス嬢は関係あるけれどね。いや――これから関係する、とでも言うべきか」
「……これから関係する?」
「ああ。まだ彼女に話はいっていないだろうが、彼女なら間違いなく引き受けるだろう。近々、《帝国》の人間がこちらにやってくる」
「! 帝国、ですか」
《ファルメア帝国》――王国とは隣同士に位置する大国であり、ほんの十数年前までは王国と戦争状態にあった国だ。
今は停戦状態、もとい友好関係を結んでいるということにはなっているけれど……実際には完全に友好国という間柄にはない。
「以前から計画されていたことだよ。王国と帝国――二つの大国が本当の意味で友好を結ぶ……そのための計画の一つだ。帝国側と協力して催事を開催しようということで、その視察のためにやってくるのだが……そこで紹介の役目を担う者が必要になる」
「向こうも貴族、こちらもそれ相当の立場の人間を用意する必要がある、と?」
「さすが、理解が早くて助かる。帝国側は軍部の頂点――ルガール・ボードル殿の娘であるエーナ・ボードル嬢がお目見えになる。他にも貴族やその分家はついてくるだろうが、一番の大物は彼女だ」
「そのエーナ様を案内する役目を負うのが、イリスさんということですか?」
「もちろん、他にも候補はいるがな。《四大貴族》の中ではイリス嬢がもっとも有力だろう。次点では、現候補二番手であるマルシア・フォールマン嬢になる。あるいはその両方か……」
「とにかく、イリスさんがその役目を負った場合は、僕もその場につく必要がある――そういうことですね?」
「そういうことだ」
イリスの護衛――というよりも、帝国側の人間に万が一のことがないように、というのが一番の理由でもあるのだろう。
もっとも、イリスがこの役目を負わなければ、確かに僕の仕事もなさそうなものだが。
(……受けそうだなぁ)
僕の正直な感想としてはそれしかなかった。
王国と帝国の未来のこと考えるのなら、王国内を案内するというのは重要な役目の一つだ。
イリス自身は《王》になりたいと思っているわけではないが、貴族としても、そして騎士としても隣国との仲を深めることができる可能性があるのなら、その話を真っ先に受けるだろう。
護衛の身としてはそういう自ら危険に関わるような道を選んでもらいたいとは思わないけれど……それはあくまで一人の護衛としての考えだ。
「……ま、イリスさんなら間違いなく受けるでしょうから、僕からも話しておきます――こういうことでいいんですよね?」
「あっはは、君にも苦労をかけるね」
「そう思うならもう少し給料上げてくれてもいいんですよ?」
「君、一等士官なのだからそれなりの給料をもらっているだろう。まだ足りないのか。金の亡者なのか?」
「あって困ることがないのはお金ですよ」
「その通りではあるが……それ以上に大切なものがこの世にあるとは思わないか?」
「……? なんです?」
「愛――」
「団長ーっ! ここにいるんですか!?」
そこで、ドンドンッと扉を強く叩く音が耳に届く。
ビクリとレミィルが身体を震わせた。
レミィルを探す団員達に見つかったようだ。
「ま、まさかこんな短時間で駆けつけてくるとは……やるようになったな」
「感心している場合ですか……。仕事してくださいよ」
「もちろん、後でする。後でするが、いつやるとは言っていない」
「そうは言っても、ここからは逃げられないと思いますけどね。僕もいることですし」
「な……君、まさか私の場所を教えたのか……!?」
「団長、この世でお金より大切なものなら僕も知っていますよ」
にこりとした表情をレミィルに向ける。
「僕はもっと、部下から『信頼』される団長になってほしいので」
「あっはっは……今でも十分信頼される団長だと思うけどね!」
レミィルはそう言うと同時に、地面を蹴る。
倉庫内にあるロッカーの上に立つと、天井の壁を無理やり開け始めた。
「……というわけで、イリス嬢とのこと、頼んだよ!」
レミィルは言い残すように天井裏から逃げていく。
構造上、倉庫の外に繋がっているわけだが……。
「どれだけ捕まりたくないんだ……。まあ、出口は全部封鎖してあるんだけどね」
「アルタ・シュヴァイツ一等士官、ご協力ありがとうございます。天井を塞げば、団長はもう袋のネズミですね」
倉庫の扉を開けて入ってきた女性が、そんな風に挨拶をしてくる。
仕事はできる人なのだが……どうしてもこういう風にサボる癖がついているようだった。
団長の仕事も忙しいだろうから、気持ちは分からなくもないが、それこそ逆に疲れそうな気もする。
たぶん、レミィルはそれも含めて楽しんでいるんだろうけれど。
僕もレミィルを迎えに来た騎士に礼をして、その場を後にする。
次の仕事は帝国との関わりが強い――一先ず、戻ったらイリスに話すところから始めようか。