43.朝の訓練
《練武場》にアリアとイリスの姿があった。
アリアは短刀を、イリスは細剣を構えて向き合う。
「慣らすって言っても、加減はいらないからね」
「しないよ。するとイリス怒るから」
「べ、別に怒ったりはしないわよ」
そうは言っているが、イリスが勝負事にこだわりを持っているのは知っている。
特にアリアに対しては、互いの実力が均衡しているだけに手を抜いて欲しくないらしい。
ここ最近では、イリスの方が実力的には上であるようにアリアは感じているが。
「じゃあ、いくよ――」
その言葉と共に、アリアは駆け出した。二本の短刀を構え、腕を交差させて姿勢を低くする。
イリスのどんな動きにも対応できるよう様子見する形だ。
他方、イリスがすぐに動くことはない。
アリアには搦め手が多く、動きの素早さでもアリアに分がある――だからこそ、アリアが来るのを待っているのだろう。
(……動きに無駄はない。怪我の影響はなさそう)
本気を出すと言っても、アリアは当然のようにイリスを心配する。
彼女が無茶をしやすいことは知っているし、無茶をしたからこそ怪我をしたのだから。――《剣客衆》との戦いが尾を引く可能性もあったが、その心配はなさそうだ。
アリアは距離を詰める。まずは一撃――短刀と細剣がぶつかり合う。
お互いに模擬剣を使っているとはいえ、ぶつかり合ったときの衝撃は本物だ。
アリアは一度距離を置いて、再び様子を見る。
今度は、イリスの方から動き出した。
「ふっ――」
一呼吸。イリスが地面を蹴って、アリアとの距離を詰める。
迫るのは剣先――アリアは踊るように身体を回転させて、イリスの剣撃をかわす。
そのまま、一本の短刀を投擲した。
イリスもまた、その攻撃が分かっていたかのように動く。
姿勢を低くしてそれをかわすと、イリスの猛攻が始まる。
(良かった。大丈夫そう)
アリアはイリスの攻撃を防ぎながら、呑気にそんなことを考える。
二刀で初めてイリスの剣速を上回る――片方だけでは、アリアはイリスの剣速に劣る。お互いに本当の意味で全力であるのなら、制服の下に隠した刃を振るうことになるだろう。
逆に言えば、イリスは《紫電》を振るって戦うことになる。
そこまで本気の戦いをイリスとはしたことはない。
だが、少なくとも今のイリスは、アリアから見て怪我の支障は見られなかった。
「――」
キィン、と短刀が弾かれる。
アリアは地面に手をついて、跳躍する。二、三度身体をひねりながら距離を取る――地面に落ちた短刀を拾うためだ。
拾ったと同時に動きを止めるが、眼前に迫ったのはイリスの細剣。ピタリ、とお互いに動きを止める。
「……私の勝ち、ね」
「うん、わたしの負け。イリス、本調子みたいで良かった」
「そんなに心配しなくたって平気よ。それより、前回も含めてこれで私の方が勝ち星が増えてきたんじゃない?」
「そうかな。わたしの方が元々多かったよ」
「な……そんなことないと思うのだけれど。私の方が多かったわよね?」
確認するようにイリスが尋ねてくる。いつでも負けず嫌い――イリスのそんなところが、アリアは好きだった。
だから、わざと煽るように口にする。
「うーん、どうかな。一時期イリス伸び悩んでたとき、あるし」
「うっ……その時は確かに結構負けたかもしれないけれど……。それでも私の方がまだ多いはずよ!」
「じゃあ、もう一回やって今日は一勝一敗にしておこっか」
「……言うじゃない。いいわよ、もう一試合する時間くらいはあるもの」
そう言って、お互いに武器を構える。
早朝から――アリアとイリスは二度目の模擬試合を行った。
……その結果、朝から遅刻しそうになったのは言うまでもない。






