41.《剣聖姫》の護衛
僕が《黒狼騎士団》の本部――騎士団長室にやってくるのは久しぶりだった。
ここ最近はずっとイリスの護衛として、学園の講師をしていたのだから仕方のないことだ。
レミィルと向き合うような形で、椅子に腰を掛ける。
「君が手に入れた仮面のおかげで、ゼイル・ティロークを暗殺未遂の容疑で拘束することができた。もっとも、すでに容疑ではなく確定事項になっているけれどね」
「団長は団長で捜査をしてくれていたわけですね。仕事をサボっていたわけではなく」
「はははっ、君は辛辣だなぁ。まだ私は腕も治っていないのに。こっちは問い合わせの処理だって忙しいんだよ?」
レミィルはそう言って、包帯に巻かれた右腕をアピールする。
そんな状態でゼイルを捕えに行ったというのも、彼女らしいと言えば彼女らしい。
現王の息子であるゼイルの暗殺未遂――公表されれば、当然大きな事件となる。
騎士団の内部では公表すべきではない、という声もあったのだが、王自らが事実を公にすべきだと発言したために今や国内にその事実は広まりつつあった。
「問い合わせに答えるのは団員でしょう」
「私は他の団長と話したりしなければならないんだ。まあ、その辺りは大体終わっているけれどね」
「納得してもらえましたか?」
「元々協力依頼も出していたしね。今後大変になるのは《守護騎士団》の方だろう。王宮護衛の任務に携わる騎士だというのに、その騎士の一部がゼイルに協力的だったんだ。内部での取り締まりはこれから始まるんだよ」
ゼイルが捕まって、それで全て終わりというわけではない。
もっとも、イリスを狙う者がいなくなったことには変わりないが。
そうなれば、自ずと僕の役目も終わりを迎えることになる。
「では、僕をここに呼び出したのは新しい任務の話ですか?」
「私はそんなに君を扱き使っているように見えるかな?」
「見えます、ほぼ一人で《剣客衆》四人を相手にしたんですよ」
「はははっ、確かにそうだな。特別ボーナスはしっかり出すことにしよう!」
「ありがとうございます。僕もそれが生き甲斐なもので……」
「君、本当に十二歳とは思えない発言ばかりだな。そういうところが気に入っているところもあるんだが」
「お金はあって困るものではないですからね。まあ、もう少しくらい講師の仕事を続けても良かったとは思いますけどね」
何せ、騎士の給料に加え講師の給料も入ってくる――単純にもらえるお金の量は多い。
最初のメリットはそこにあったが……。
「そんなことを言って、イリス嬢にも剣を教える約束をしているだろう?」
見透かしたように、レミィルがそんなことを言う。
彼女の言う通り、今の僕にとってはイリスを見守るというのも目的にある。
「彼女ならずっと傍にいなくても大丈夫ですよ。僕はあくまで騎士ですから。仕事があれば当然そちらを優先します。そして将来は田舎に家を買います」
「君が田舎で暮らすことを決めた、という事実は初耳だが……未来の話より『今』の話をしようじゃないか」
「あははー、最初に聞いたような感じですね」
「はははっ、そうだね。そして、私は同じことを言うつもりだよ」
「……同じこと?」
僕の問いかけに、レミィルは笑顔のまま頷いて答える。
「元々、イリス嬢には護衛を付けたいというのが騎士団の意向だった。今回は彼女が狙われていることもあったから、無理やり君に護衛になってもらったわけだ」
「そうですね。ですから、イリスさんが狙われなくなった以上――僕の役目も終わり、ですよね?」
「本来ならばそうなるが、最初に言っただろう? イリス嬢には護衛を付けたい、と。彼女から打診があってね」
レミィルの言葉が何を意味するのか、僕にも理解できた。
どうやら、僕の役目はまだまだ終わるわけではないらしい。
***
学園の校舎の屋上――夕暮れ時になると、広い敷地内は朱色に染まって美しく見える。
そんな場所に、イリスがいた。
まだ怪我は治りきっておらず、腕や頭に包帯を巻いている。
暗殺未遂のこともあって、学園では少し浮いた存在になってしまっていた。
もちろん、心配している声もあるが。しばらくは大変なこともあるだろう。
そんな彼女に向かって、僕は声をかける。
「直々にご指名いただけるとはありがたい話、と言ったらいいんですかね」
「……いけなかったですか?」
僕の言葉に、イリスが振り返りながら答える。
「いえ、そんなことはないですよ。君が護衛を必要だと思ってくれることは進歩だと僕は感じていますからね」
「……だって、シュヴァイツ先生が頼ってもいいって、言ってくれたんですよ」
その表情はどこか恥ずかしそうにしていて、歳相応の少女だった。
ようやく、誰かを頼ることができるようになったということだろう。
それが僕であるというのなら構わない。
……こうなると、お金にがめついところはあまり表に出さない方が良いかもしれないけれど。
ともかく、僕はイリスに彼女の護衛として指名された。
結論から言ってしまえば、今までと関係は変わらない。
僕は継続してここの講師として過ごしながら、イリスを守る騎士であり、剣を教える師匠として彼女の傍にいることになる。
「その、やっぱり、迷惑――」
「そんなことはないですって。君はまだ学生で、子供なんですから。誰かに頼るのは当たり前のことです」
「……それは先生にだけは言われたくない気もします」
「あはは、僕は子供でもここの講師で、騎士ですからね」
「そう言われると反論できないですけど……」
「とにかく、気にする必要はないということです。だから、またよろしくお願いしますね」
イリスに近づいて、手を差し出す。
イリスもこくりと頷いて、僕の手を取った。
「はいっ。よろしくお願いします、シュヴァイツ先生」
そこでようやく、イリスは笑顔を見せてくれた。
明日からも、また授業のことを考えながら、イリスとアリアに剣を教える日々が続くだろう。
《剣聖》と呼ばれていた頃では、想像できないような生活だ。――でも、悪い気分はしない。
「じゃあ、今後はイリスさんにも僕の仕事を手伝ってもらいますかね」
「任せてください! 書類整理でも何でもやりますからっ」
「いや、冗談なので落ち着いてください。僕が怒られますから」
こうして、僕は《剣聖姫》と呼ばれるイリスの、本当の意味でも護衛となった。
それがいつまで続くか分からない――けれど、傍にいられなくなったとしても、僕は彼女のことを見守るつもりでいる。
いつか彼女が――この国を守る騎士となる日が来るまで。
これで第一部は終わりとなります。
ここまで読んでいただきましてありがとうございました!
区切りの良いところで一度終わらせる予定もありましたが、二部の構成もある程度考えているのでこのまま継続して連載していきます。
二部は色々と謎の多いアリアがメインのお話となる予定ですので、引き続き楽しんでいただけたら幸いです。
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今後も宜しくお願い致します!