表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第一章 《剣聖姫》護衛編
38/189

38.《剣聖》

 剣を構えて、僕はアディルの前に立つ。

 アディルもまた大剣を構えた。お互い、すぐには動かない。


「痛みますか?」

「……いえ、大丈夫です」


 怪我をしているにも拘わらず、僕の問いかけにそう答えるイリス。

 アリアも意識はあるようで、もう少しすれば動けるようになるだろう。

 二人でここまでよく戦った――そう褒めてやりたいところだが、イリスの表情は暗い。


「……ごめんなさい。任せてもらったのに」


 勝てなかった、そう言いたいのだろう。

 だが、イリスが怪我をした理由も、僕には分かっている。

 それは《騎士》を目指すイリスにとって――何より人として、決して間違った行為ではない。


「イリスさん、君はそこにいる女の子を守るために全力を尽くした、それでいいんです。謝るようなことではないですよ」

「でも……! 先生がいなかったら、私は……!」


 イリスの悲痛な声が耳に届く。

 ずっと、その気持ちが心の中にあったのだろう。

 僕がいなければ、最初に襲われた時に死んでいたかもしれない。

 今の戦いも、僕がいなければ助からなかった――きっと、そんなことばかり考えてしまうのだ。

《剣聖姫》を名乗ったからこそ、彼女は誰にも頼るということをしない。

 初めから、イリスにとって頼れる相手などいなかったのだ。

 王国最強と呼ばれるようになり、人々から期待される存在となったイリスは、戦いにおいても誰も頼ることができなかったのだろう。

 それなら、僕から言えることは決まっている。


「僕がいなければ、なんて考える必要はありませんよ。だって、僕はここにいるんですから」

「……っ!」

「元々、誰にも頼らずに強くなろうとしていたんでしょう。けれど、アリアさんとは剣の修行をしている――少なからず、君が頼れる相手はいるはずです」

「頼れる、相手……」


 イリスがちらりと、アリアの方に視線を向ける。

 最後までアリアが参加することは渋っていたが、それでも戦いとなればアリアのことを頼っている。

 彼女にとって、本当の意味で頼ることができる相手が少ないだけだ。


「イリスさん、僕が一つ約束をしましょう」

「約束、ですか……?」

「はい。僕は必ず、あの男を倒します。何故なら、僕はあの男より強いからです。そして君よりも強い――僕が、この王国で最強であるとここに宣言しましょう」

「……!」


 僕の言葉に、イリスが驚きの表情を浮かべる。

 そう、言葉にする人間がイリスの傍にはいなかった。

 それならば、僕にできることはそれを証明すること。

 誰にも負けることはない、誰よりも強い《騎士》がこの国にいるということを。


「私、よりも?」

「はい」

「私の父よりも、ですか……?」

「はい」


 確認するような問いかけに、僕は頷いて答える。

 王国最強と名高い《剣聖姫》を否定する言葉だ。

 けれど、今のイリスにとって必要なのは、その言葉なのだ。

 僕は言葉を続ける。


「僕が騎士でいる限りは、僕がこの国で一番強いと思ってください。君が頼れる相手は、ここにいます。いつか君が……本当の意味で《最強》の剣聖姫となった時――その時は、僕を守ってくれたらいいんですよ。ですから、せめて今だけでも僕を頼ってもいいんです」

「シュヴァイツ、先生――」


 イリスが拳を握りしめる。

 今だけでも、イリスの頼れる居場所を作る。僕にできることはそれくらいだけど、せめてそれくらいはやってもいいだろう。

 それが騎士として、講師として――何より剣の師となった僕のすることだ。

 元来、こういう役回りは僕には向いてないと思っている。イリスと関わってから、考えるようになったことだ。

 抑えていた感情が溢れ出すように、イリスが言葉を漏らす。


「私は、ずっと誰にも頼ったらいけないって、思っていたんです。これからだって、ずっと……ずっとっ! でも、今だけでもいいのなら――私達を、助けてください……っ!」

「はい、助けますよ。僕は君の護衛で――そして、師匠ですからね」


 ようやく声を絞り出したイリスの頭に、そっと撫でるように手を置く。

 その瞬間、アディルが動き出す。


「話は終わったか? アルタ・シュヴァイツ」

「待っていてくれたのかな?」

「抜かせ、今この瞬間にもまるで隙がない……恐ろしい奴だ」


 アディルはずっと、僕の隙を窺っていた。今のイリスと話している間にも、時折隙を見せることで仕掛けてくるかとも思ったが、どうやらそういうわけにもいかないらしい。


「今仕掛けなかったのは不正解だね。隙がなくても、来るべきだった」

「いや、正直言ってしまえば――俺は今昂っている。イリス・ラインフェルは子供を庇ってしまったが……それでも十分に楽しめる戦いだった。今、それ以上の戦いが味わえるかもしれないんだからな」

「だから様子を見た、と? 本当に、呆れた戦闘狂集団だね」

「ああ――それが《剣客衆》だッ!」


 アディルが地面を蹴る。

 僕も同時に動き出した。

 大剣を構えるアディルに対して、僕が振るうのは《インビジブル》。

 目に見えない《風の刃》を牽制に使う。


「先の技か。見ているぞ――!」


 ヒュンッと風を切る音がいくつも重なり合い、アディルを襲う。

アディルに届いたのは数十の風の刃。

 大剣を盾にして防ぐが、アディルの身体が後方へと下がっていく。

 純粋なパワー型のアディルには、僕の方が攻撃面では有利に働く。


「う、おお……!?」

「前だけ防いでいる場合かな」

「ッ!」


 アディルが風の刃を受けている間に、右方から剣を構えて動く。

 横一閃――アディルが全てをかき消すように剣を振るう。

 一歩、後ろに下がってそれを回避する。

 アディルの剣は魔力による爆発を発生させていた。鍔迫り合いをするのは危険だ。

 それならば、僕も徹しきった戦い方をする。

 腰を据えて、構えを取る。剣速に全てを置いて、僕は腕を振るった。

 いくつもの風の刃を、常人では目に追えないほどの速度で作り出す。

 轟音となって、アディルを風の刃が襲う。


「ぬぅ……舐める、なッ!」


 風の刃をかき消すように、アディルが大剣を再び振るう。

 大地を割り、大きな爆風が周囲を包み込む。

 巻き起こった砂煙に紛れて、アディルとの距離を詰める。

 距離にして数メートル。僕とアディルの視線が合った。

 守りの構えをすでに取っているアディルに、僕は連撃を叩き込む。

《碧甲剣》の効果が通れば、アディルの持つ剣には魔力が流れなくなる――だが、にやりとアディルが笑みを浮かべた。


「この距離ならば――避けられる心配もないだろう」

「!」


 アディルが大剣を地面へと突き刺す。

 周囲が強く輝きを増して、大きな爆発を引き起こした。


「シュヴァイツ先生――」


 イリスの声が聞こえて、途切れる。

 地面が割れて、僕の身体がふわりと宙を舞う。


(……ここは)


《地下水道施設》――王都の水脈は、この地下水道を流れることで供給される。

 ここは丁度、大きく空洞のある空間だった。

 暗闇の中に、僕は着地する。

 聞こえるのは瓦礫の崩れる音と、水の流れる音。そして、アディルの振るう大剣の音だ。

 ギィン――金属の擦れ合う音が響く。

 暗闇を物ともせず、アディルが剣を振るう。

 その勢いに押されて、一度後方へと跳んだ。


「……ここならば、誰にも邪魔をされることはない」

「意外だね。そんな心配をしていたなんて」

「俺の本気は周囲も吹き飛ばすからな……。周りを気にして本気で戦えない、なんてことは勘弁してもらいたい」

「僕と本気で戦いたい、と?」

「当然だ。アズマを倒し、フォルトも倒し――そして、フィスも倒した。お前は紛れもなく、俺の敵となる男だ。仕事など関係あるか……俺はお前と、本気で戦うつもりだッ!」


 言葉と同時に、アディルが魔力を放出する。

 それは先ほどまでとは比にならないほどの、火山の噴火でも目の当たりにしているかのような膨大な魔力。

 僕とのこの戦いに、全力を注いでいるということが分かった。


「そんなに強い相手と戦いたいのか」

「ああ、俺はずっとそれを求めてきたんだ。戦って戦って……それでも俺より強い者はいなかった。《剣聖》ラウル・イザルフが生きていたのなら、きっと俺の望む戦いができたのだろうと、ずっと思っている」

「――」


 アディルの言葉は、まるでかつての自分を見ているかのようだった。

 戦いの日々の中、やがて自分よりも強い相手がいなくなるという恐怖。強さのみを求めて、たどり着いた先には何もないということ。

 ――強くなって戦い続けるには、僕には理由が足らなかったのだ。


(だから、今回は早めにお金を稼いでやりたいことをする……そう思っていたんだけどね)


 もう一つ、僕のやりたいことは見つけた。

 イリスがどう成長していくのか、僕はそれを見てみたいと思ったのだ。

 今の僕にも、そういう意味では戦う理由がある。


「どうした? アルタ・シュヴァイツ。剣を構えろ。俺の全霊を持って、俺はお前を殺すぞ」

「ああ、僕もそれに応えるよ。ここなら、誰も見ていないからね」

「……なに?」


 碧甲剣を地面に突き刺して、僕は懐から一枚の紙を取り出す。

《簡易召喚術》――魔力を流すことで、紙に記された物を呼び出す魔法だ。

 一筋の光と共に、一本の剣が僕の手元に現れる。

 アディルがそれを見て、目を見開く。


「……その、剣は……!」


 暗闇の中でも、銀色に輝く美しい刀身。

 両刃の剣は、先端に向かうほど細く鋭くなっている。

 一切の刃こぼれもなく美しい姿を保ったまま、強い魔力を帯びてその剣は姿を現した。


「《銀霊剣》――剣聖、ラウル・イザルフの持っていた剣だ」

「何故、お前がそれを……!?」

「答えは簡単だよ。これが僕の剣だからだ」

「何、を……」


 アディルはハッとした表情を浮かべる。

 何かに気付いたように、言葉を続けた。


「まさか……」

「必ず勝つと約束してしまったからね。僕も《剣聖》の名を以て、全力であなたと戦おう」


 言葉に乗せるのは、僕の覚悟。

 剣聖を名乗ったからには必ずアディルをここで倒すという、覚悟の証だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍3巻と漫画1巻が9/25に発売です! 宜しくお願い致します!
表紙
表紙
― 新着の感想 ―
[一言] かっけぇ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ