37.イリスの戦い
イリスとアディルの剣が交わる。ぶつかり合った衝撃で、周囲から地鳴りのような音が鳴り響く。
アディルは大剣に対して魔力を注ぎ、塊のようにして叩き付けている。
他方、イリスが纏うのは魔力を雷に変換したもの。ぶつかり合うと同時に、アディルの身体へと電撃が移っていく。
「ぬ、うっ……!」
アディルの表情がわずかに曇る。
イリスはその瞬間を見逃さない。
「はあっ!」
地面を蹴って、アディルを押しきろうとする。
だが、アディルが足元に力を入れてこらえる。単純な力押しではアディルの方に分がある。
「イリス、任せて」
「ッ!」
拮抗する二人。アディルの足元に《黒い穴》が出現する。
アディルが後方へと下がろうとする。
イリスはそれを逃さない。下がろうとするアディルへと、猛攻を仕掛ける。
「ふっ――」
一呼吸。その間に幾撃も繰り出されるイリスの剣。
アディルが刀身の動きを最小限にして、それを防ぎきる。連撃を終える瞬間――それを狙ってのカウンターだ。
「……はっ」
イリスは呼吸を大きく吐き出す。連撃が途切れた。
アディルが攻勢に出ようと一歩踏み出す。そのわずかな隙を埋めるのが、アリアの役目だ。
イリスの後方から駆け出し、アディルへと剣撃を繰り出す。二本の短刀による高速の剣術。
アリアが狙っているのは致命傷ではない――致命傷でなくても、ダメージを負えばアディルにも隙ができる。
イリスはその隙に呼吸を整えて、動き出した。その瞬間、
「ハアアアアッ!」
「っ!」
雄叫びと共に、アディルが大きく剣を振るう。
アリアが後方へと下がる。
アディルの周辺の地面が割れ、大気が震える。
イリスとアリアは一度距離を置いた。
「一分はとっくに過ぎたわよ」
「……なるほど、良いコンビだ。二人揃って一人前――いや、どちらも強いな」
「素直に受け取っておくわ」
「ああ、そうしろ。その雷を纏った姿も懐かしい。まるでお前の父を見ているようだ」
《紫電》――紫色の雷は、その素材に使われる《ヴァイオレット・ドラゴン》の体内で作り出された鉱石によるもの。
単独で雷を帯びた素材は、触れるだけでも痺れを起こすほどだと言われ、その雷に耐えることができる人間のみ扱うことができる。
雷魔法を得意とする者であっても、扱うことは難しい。それを、イリスは使いこなしていた。
身体に流れる電流は、自らの身体能力も強化してくれる。
今のイリスは、通常時の倍以上の力が発揮できていた。
イリスは剣を構えて、アディルに問いかける。
「……私の父を殺したのは、依頼されたから?」
「いや、あの時は純粋に興味があった……王国最強と呼ばれる男の実力にな。もしかしたら、俺の求めるものがそこにあると思ったのだが……」
「いえ、いいわ。あなたを倒せば、私の中ではケリがつくっていうことが分かったから」
父に暗殺依頼をした者がいないのであればそれでいい。イリスにとっては、アディルを倒すことで仇を討つことになるのだから。
イリスとアリアは、並んで武器を構える。
現状では二人の方が優勢だった。アディルの大剣の威力は地面を砕くほど――それは脅威ではあるが、イリスに防げないレベルではない。
剣撃も決して速いものではなく、イリスとアリアのレベルなら十分に回避できるものであった。このままであれば、だ。
「……正直少し見くびっていたようだ。アズマとフォルトを倒したのはアルタ・シュヴァイツの方だからな。いや、期待以上だったというべきか」
「……期待、ね。さっきも言ったけれど、私はあなたを楽しませるために戦っているわけじゃないの――次で決めるわよ、アリア」
「うん、合わせる」
イリスの言葉に、アリアが答える。
再び二人が動き出そうとした時だった。
「……ならば、次は一分耐えて見せろ」
「っ!」
アディルの周辺の地面が割れる。全身から魔力が噴出し、その勢いで地面を砕いたのだ。
まるで台風でも迫っているかのような轟音が響き渡る。
「行くぞ――」
次の瞬間、地響きと共にアディルが動き出す。地面を蹴った衝撃による音だ。
気付いたときには、目の前にアディルの姿があった。
(剣からも魔力を……!)
イリスの目に写ったのは、ひたすらに身体中から魔力を噴出し続けるアディルの姿。
振りかぶった大剣からも、魔力が音を立てて溢れ続けている。
「アリア! 後ろに!」
イリスは声を上げる。
後方へと下がるように合図をした。
振り下ろされた刃に対抗するのは、イリスの剣――雷を纏わせて対抗する。
「くっ……!」
だが、防ぎきれない。
イリスは身体ごと後方へと飛ばされる。
さらに追撃するようにアディルが動き出す。
「十秒と持たなかったな」
「――させない」
イリスとアディルの間に割って入ったのはアリアだ。短刀では、アディルの攻撃を防ぐことはできない――それは、アリアも分かっているだろう。
低く身を屈めてから、アディルと同じように魔力を噴出させて、勢いよく飛び出す。
アディルの大剣とアリアの短刀が重なる。――同時に、アディルの剣が爆発を起こした。
「アリアっ!」
アリアの華奢な身体が吹き飛ばされる。
ただの魔力の噴出だけではない――アディルはさらに、魔力を変換して爆発を起こしている。
アリアがそのまま勢いよく壁に叩き付けられた。
「かっ、は……」
「後ろに飛んで威力を殺したか……。だが、しばらくは動けんだろう。《剣聖姫》、ようやく一対一だ」
イリスはアディルとの距離を取る。
圧倒的な力に加えてイリスよりも速く動ける。
だが、間違いなく長時間続けられるタイプの戦い方ではない。絶えず魔力を消費し続けるのだとしたら、イリスの方にもまだ勝機はある。
(回避と防御に徹して、確実な一撃を狙う……今の私なら――)
できる、そう確信した時だった。
視界の端に捉えたのは、建物の陰に隠れるように怯える女の子の姿。
(なんで、ここに――っ!)
イリスはようやく気付く。
アディルとの戦いの場は、すでに作戦区画からもかなり離れているということに。
背後からアディルが迫る――避ければ、大剣から放たれる一撃が女の子にまで届いてしまう。
(避けられない、のなら、受けきるしかない……!)
イリスが足を止めて、剣に魔力を集約させる。
紫色に強く輝きを増し、耳をつんざくような音が響き渡る。
アディルの剣は、爆発を起こしながら加速していく――雷と爆発が衝突し、大きな爆風を発生させた。
後方へと弾き飛ばされたアディルが、イリスを見る。
「まともに受けきる者がいるとはな」
「……はあ、はあっ」
魔力の爆発による衝撃を殺すことなく、その場でまともに受けきった。
痛みと共に、焼けるような熱さを感じる。右手に大きく火傷の痕が見えた。
イリスはその場に膝をつく。
「……親子揃って同じことを。子供を庇うとはな」
アディルもイリスの後ろにいた女の子に気付いたらしい。
怯えた様子の女の子は、その場でただ震えている。逃げる、ということもできないのだろう。
そんな少女の前で、笑みを浮かべたイリスは再び立ち上がる。
「何を笑っている?」
「……いえ、父と同じことをしたのなら、私は何も間違っていないから」
「くだらん。戦いにおいてその甘さが命取りになる……だが、理解する必要はない。ここでお前は死ぬのだからな」
「……」
アディルの言葉に、イリスは答えない。
誰かを守る騎士になる――それが、イリスの選んだ道だ。
(……回りが見えてなかったなんて、まだまだ修行が足りないわね。シュヴァイツ先生にも、顔向けできないわ)
息が整わないままに、イリスは剣を構える。
身体を無理やり動かして、背後の少女が狙われないようにする。
「来なさい……!」
「そう言えるだけの精神力は褒めてやろう。次で終わらせてやる」
アディルが駆け出す。大剣を振りかざし、イリスに迫った。
もう一度は防げない。イリスにも、それは分かっている。
それでもイリスにできることは剣を握って、戦うことだけだった。
アディルの剣が振り下ろされる――だが、イリスには当たらなかった。横にそれた大剣が地面を抉り、爆発を起こす。
イリスはバランスを崩して倒れそうになるが、それを支えてくれる誰かがいた。
次いで三撃――アディルに対して放たれたのは《風の刃》。
アディルが後方へと跳ぶ。
アディルの剣を弾いたのは、少年の放った剣撃だ。
「シュヴァイツ先生……!?」
「すみません、遅れましたね」
少年――アルタ・シュヴァイツが答える。
こんなにも安堵した気持ちになったのは、初めての感覚だった。
「ここにお前がいるということは……フィスは死んだか」
「ああ、あなたで最後だ」
アルタが剣を構える。
最年少騎士と、《剣客衆》最後の一人が向き合った。