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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第一章 《剣聖姫》護衛編
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37.イリスの戦い

 イリスとアディルの剣が交わる。ぶつかり合った衝撃で、周囲から地鳴りのような音が鳴り響く。

 アディルは大剣に対して魔力を注ぎ、塊のようにして叩き付けている。

 他方、イリスが纏うのは魔力を雷に変換したもの。ぶつかり合うと同時に、アディルの身体へと電撃が移っていく。


「ぬ、うっ……!」


 アディルの表情がわずかに曇る。

 イリスはその瞬間を見逃さない。


「はあっ!」


 地面を蹴って、アディルを押しきろうとする。

 だが、アディルが足元に力を入れてこらえる。単純な力押しではアディルの方に分がある。


「イリス、任せて」

「ッ!」


 拮抗する二人。アディルの足元に《黒い穴》が出現する。

 アディルが後方へと下がろうとする。

 イリスはそれを逃さない。下がろうとするアディルへと、猛攻を仕掛ける。


「ふっ――」


 一呼吸。その間に幾撃も繰り出されるイリスの剣。

 アディルが刀身の動きを最小限にして、それを防ぎきる。連撃を終える瞬間――それを狙ってのカウンターだ。


「……はっ」


 イリスは呼吸を大きく吐き出す。連撃が途切れた。

 アディルが攻勢に出ようと一歩踏み出す。そのわずかな隙を埋めるのが、アリアの役目だ。

 イリスの後方から駆け出し、アディルへと剣撃を繰り出す。二本の短刀による高速の剣術。

 アリアが狙っているのは致命傷ではない――致命傷でなくても、ダメージを負えばアディルにも隙ができる。

 イリスはその隙に呼吸を整えて、動き出した。その瞬間、


「ハアアアアッ!」

「っ!」


 雄叫びと共に、アディルが大きく剣を振るう。

 アリアが後方へと下がる。

 アディルの周辺の地面が割れ、大気が震える。

 イリスとアリアは一度距離を置いた。


「一分はとっくに過ぎたわよ」

「……なるほど、良いコンビだ。二人揃って一人前――いや、どちらも強いな」

「素直に受け取っておくわ」

「ああ、そうしろ。その雷を纏った姿も懐かしい。まるでお前の父を見ているようだ」


 《紫電》――紫色の雷は、その素材に使われる《ヴァイオレット・ドラゴン》の体内で作り出された鉱石によるもの。

 単独で雷を帯びた素材は、触れるだけでも痺れを起こすほどだと言われ、その雷に耐えることができる人間のみ扱うことができる。

 雷魔法を得意とする者であっても、扱うことは難しい。それを、イリスは使いこなしていた。

 身体に流れる電流は、自らの身体能力も強化してくれる。

 今のイリスは、通常時の倍以上の力が発揮できていた。

 イリスは剣を構えて、アディルに問いかける。


「……私の父を殺したのは、依頼されたから?」

「いや、あの時は純粋に興味があった……王国最強と呼ばれる男の実力にな。もしかしたら、俺の求めるものがそこにあると思ったのだが……」

「いえ、いいわ。あなたを倒せば、私の中ではケリがつくっていうことが分かったから」


 父に暗殺依頼をした者がいないのであればそれでいい。イリスにとっては、アディルを倒すことで仇を討つことになるのだから。

 イリスとアリアは、並んで武器を構える。

 現状では二人の方が優勢だった。アディルの大剣の威力は地面を砕くほど――それは脅威ではあるが、イリスに防げないレベルではない。

 剣撃も決して速いものではなく、イリスとアリアのレベルなら十分に回避できるものであった。このままであれば、だ。


「……正直少し見くびっていたようだ。アズマとフォルトを倒したのはアルタ・シュヴァイツの方だからな。いや、期待以上だったというべきか」

「……期待、ね。さっきも言ったけれど、私はあなたを楽しませるために戦っているわけじゃないの――次で決めるわよ、アリア」

「うん、合わせる」


 イリスの言葉に、アリアが答える。

 再び二人が動き出そうとした時だった。


「……ならば、次は一分耐えて見せろ」

「っ!」


 アディルの周辺の地面が割れる。全身から魔力が噴出し、その勢いで地面を砕いたのだ。

 まるで台風でも迫っているかのような轟音が響き渡る。


「行くぞ――」


 次の瞬間、地響きと共にアディルが動き出す。地面を蹴った衝撃による音だ。

 気付いたときには、目の前にアディルの姿があった。


(剣からも魔力を……!)


 イリスの目に写ったのは、ひたすらに身体中から魔力を噴出し続けるアディルの姿。

 振りかぶった大剣からも、魔力が音を立てて溢れ続けている。


「アリア! 後ろに!」


 イリスは声を上げる。

 後方へと下がるように合図をした。

 振り下ろされた刃に対抗するのは、イリスの剣――雷を纏わせて対抗する。


「くっ……!」


 だが、防ぎきれない。

 イリスは身体ごと後方へと飛ばされる。

 さらに追撃するようにアディルが動き出す。


「十秒と持たなかったな」

「――させない」


 イリスとアディルの間に割って入ったのはアリアだ。短刀では、アディルの攻撃を防ぐことはできない――それは、アリアも分かっているだろう。

 低く身を屈めてから、アディルと同じように魔力を噴出させて、勢いよく飛び出す。

 アディルの大剣とアリアの短刀が重なる。――同時に、アディルの剣が爆発を起こした。


「アリアっ!」


 アリアの華奢な身体が吹き飛ばされる。

 ただの魔力の噴出だけではない――アディルはさらに、魔力を変換して爆発を起こしている。

 アリアがそのまま勢いよく壁に叩き付けられた。


「かっ、は……」

「後ろに飛んで威力を殺したか……。だが、しばらくは動けんだろう。《剣聖姫》、ようやく一対一だ」


 イリスはアディルとの距離を取る。

 圧倒的な力に加えてイリスよりも速く動ける。

 だが、間違いなく長時間続けられるタイプの戦い方ではない。絶えず魔力を消費し続けるのだとしたら、イリスの方にもまだ勝機はある。


(回避と防御に徹して、確実な一撃を狙う……今の私なら――)


 できる、そう確信した時だった。

 視界の端に捉えたのは、建物の陰に隠れるように怯える女の子の姿。


(なんで、ここに――っ!)


 イリスはようやく気付く。

 アディルとの戦いの場は、すでに作戦区画からもかなり離れているということに。

 背後からアディルが迫る――避ければ、大剣から放たれる一撃が女の子にまで届いてしまう。


(避けられない、のなら、受けきるしかない……!)


 イリスが足を止めて、剣に魔力を集約させる。

 紫色に強く輝きを増し、耳をつんざくような音が響き渡る。

 アディルの剣は、爆発を起こしながら加速していく――雷と爆発が衝突し、大きな爆風を発生させた。

 後方へと弾き飛ばされたアディルが、イリスを見る。


「まともに受けきる者がいるとはな」

「……はあ、はあっ」


 魔力の爆発による衝撃を殺すことなく、その場でまともに受けきった。

 痛みと共に、焼けるような熱さを感じる。右手に大きく火傷の痕が見えた。

 イリスはその場に膝をつく。


「……親子揃って同じことを。子供を庇うとはな」


 アディルもイリスの後ろにいた女の子に気付いたらしい。

 怯えた様子の女の子は、その場でただ震えている。逃げる、ということもできないのだろう。

 そんな少女の前で、笑みを浮かべたイリスは再び立ち上がる。


「何を笑っている?」

「……いえ、父と同じことをしたのなら、私は何も間違っていないから」

「くだらん。戦いにおいてその甘さが命取りになる……だが、理解する必要はない。ここでお前は死ぬのだからな」

「……」


 アディルの言葉に、イリスは答えない。

 誰かを守る騎士になる――それが、イリスの選んだ道だ。


(……回りが見えてなかったなんて、まだまだ修行が足りないわね。シュヴァイツ先生にも、顔向けできないわ)


 息が整わないままに、イリスは剣を構える。

 身体を無理やり動かして、背後の少女が狙われないようにする。


「来なさい……!」

「そう言えるだけの精神力は褒めてやろう。次で終わらせてやる」


 アディルが駆け出す。大剣を振りかざし、イリスに迫った。

 もう一度は防げない。イリスにも、それは分かっている。

 それでもイリスにできることは剣を握って、戦うことだけだった。

 アディルの剣が振り下ろされる――だが、イリスには当たらなかった。横にそれた大剣が地面を抉り、爆発を起こす。

 イリスはバランスを崩して倒れそうになるが、それを支えてくれる誰かがいた。

 次いで三撃――アディルに対して放たれたのは《風の刃》。

 アディルが後方へと跳ぶ。

 アディルの剣を弾いたのは、少年の放った剣撃だ。


「シュヴァイツ先生……!?」

「すみません、遅れましたね」


 少年――アルタ・シュヴァイツが答える。

 こんなにも安堵した気持ちになったのは、初めての感覚だった。


「ここにお前がいるということは……フィスは死んだか」

「ああ、あなたで最後だ」


 アルタが剣を構える。

 最年少騎士と、《剣客衆》最後の一人が向き合った。

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