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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第一章 《剣聖姫》護衛編
35/189

35.《剣聖姫》として

 まだイリスが幼い時のことだ。

 日々、父から剣術を教えてもらうことが日課になっていた。それは朝でも夜でも関係ない。

 子供だからこそ、興味のあることには夢中になれた。


「父様! どこにいるのー?」


 イリスは父を探しながら、屋敷の中を走っていた。

 もう日は沈んでいるというのに、帰ってきたはずの父――ガルロを探してイリスは動き回る。

 使用人達も、その姿には見慣れていた。

 幼いイリスには剣術の才がある。ガルロも認めてくれたことだ。

 そんなイリスだからこそ、いつか父を超える剣士となりたいと、この時から思っていた。

 キィン――金属のぶつかり合うような音がイリスの耳に届く。

 庭先の方からだ。きっと、ガルロが剣術の稽古をしている。

 そう考えて、イリスはすぐに走り出す。


「父様――」

「イリスッ!」


 庭先に出た時、ガルロの声が耳に届く。

 イリスを庇うように動いたガルロと、その背後で剣を振りかざす男。

 ――気付いた時にはガルロが倒れ伏し、動かなくなっていた。

 触れると、ぬるりと赤い血が視界に入る。

 現実感がなくて、イリスは叫ぶことも忘れてしまっていた。

 そんなイリスを見下ろすように男が立つ。


「娘を庇うために隙を見せるとは、つまらんことをしたな」

「なん、で……?」

「小娘、お前はその男に生かされた。次に会う時は……お前が俺を楽しませてくれよ、強くなってな」


 スッと、男がイリスの頭に触れて、にやりと笑った。

 顔までは見えない――けれど、その声はよく覚えている。

 話したことは本当に少しだけれど、忘れることなどできるはずもない。ガルロを殺したその男の声を。

 イリスが悲痛な叫びを上げたのは、男がいなくなってからだった。

 ガルロの死を経てから、イリスは変わった。

 雨の日だろうと、嵐の日だろうと関係ない。一心不乱に剣を振り続ける。

 血の滲むような努力を続けて――十歳で大人も出場する剣術大会で優勝を果たす。

 彼女の中にあったのは常に二つの気持ち。他人を守れる強さを手に入れることと、復讐を果たすための力を手に入れること。

 ずっと迷い続けていたことだ――けれど、イリスはアルタに出会ったことで、その気持ちに区切りをつけることができたのだ。


   ***


「あなた、は……」

「思い出したか?」


 イリスは男――アディルの顔を凝視する。

 ローブに隠された顔は良く見えなかったが、その声ではっきりと分かる。

 あの日、ガルロを殺したのはこの男だ、と。


「あなたが、父を……!」


 断ち切ったはずの迷い――けれど、仇を前にしてその気持ちを抑えることはできない。

 イリスの表情が怒りに満ちていく。

 全身から魔力が溢れ出し、魔力が電撃へと変化していく。

 雷の魔法――それが、イリスのもっとも得意とする魔法である。


「中々に良い魔力だ。少しは楽しませてくれるんだろうな」

「……ッ!」

「イリス、落ち着いて」


 アリアが制止する。

 だが、今のイリスには届かない。

 頭の中では分かっている。怒りに任せて戦えば、間違いなくイリスは負ける。

 まともに戦ったとしても、勝てるかどうか分からない相手だと、イリスも分かっているのだ。

 だからこそ、一度イリスはアリアに下がるように提案した。

 それなのに、今は自分の方が動けないでいる。

 目の前に、父を殺した男がいる――仇を取るなら、今ほどに絶好の機会はない。


「父の仇……!」


 イリスが構える。

 右腕に魔力が集約し、魔法陣が展開される。

 一触即発。すぐにでも互いに剣を交えようとする――瞬間だった。


「イリスッ!」

「っ!」


 大気を震わせるような声に、イリスの身体がビクリと震える。

 それは、いつものように落ち着いた雰囲気の声ではない。

 イリスだけではない――アディルも、アリアさえもその声の方に視線を向ける。


「シュヴァイツ、先生……」


 その表情は、いつものようにどこか優しげで、落ち着いたもの。

 フィスと向き合うようにして立つ、アルタの姿があった。

 とてもアルタから発せられたとは思えない言葉に、幾分イリスは冷静になる。


「イリスさん、君がここに来たのはそのためではないでしょう」

「それは……」

「冷静に、というのは無理かもしれません。けれど、君の行動が君だけでなく、誰かを危険な目に合わせる可能性もあるんです」

「!」


 アルタの言葉に、イリスも気付く。

 すぐ横にはアリアがいる――ここでイリスが下手な行動に出れば、危険な目に合うのはイリスだけではない。

 イリスが選んだのは、誰かを守るために強くなるということ。

 これ以上誰かを危険な目に合わせることがないように、イリスはここに来ることを選んだのだ。

 アルタの言葉で、それを改めて思い出した。


「……ごめん、アリア。取り乱したわ」

「ううん、大丈夫」


 大きく息を吐いて、イリスは改めてアディルを見る。

 怒りの感情は完全には消えていない――それでも、冷静に相手を見ることができた。


「さっきまでの獣染みた表情の方が楽しめそうだったがな」

「悪いけれど、あなたを楽しませるためにここにいるんじゃないわ」

「そうか――フィス」

「はい」


 アディルの言葉に従うように、フィスが剣を抜く。

 イリスとアリアが身構える――だが、攻撃はやってこない。

 二人の後方、アルタと分断するような形で糸が張り巡らされる。


「《糸線結界》――触れれば斬れますよ」

「俺も仕事で来ているんでな。イリス・ラインフェル……お前はここで俺が殺す」


 イリスとアルタを分断することが目的なのだろう。

 下がってアルタと合流することができなくなってしまった――そう思ったが、


「たかが糸の壁で僕を止められると?」

「ええ。少なくとも、これを抜けた者はいませんから。試してみてはどうです?」

「そうさせてもらうよ」


 アルタが迷うことなく動く。

 その言葉には絶対の自信が感じられる――アルタはきっと、イリスを守りながら戦うつもりだろう。

 だが、イリスにも分かる。

 この《剣客衆》二人を相手にするには、守りながらではアルタの身も危険だ。


「待ってください。先生は、その女性の相手をお願いします」

「! 何を――」


 アルタが視線を向ける。

 イリスの表情は、先ほどまでとは違う。

 怒りに満ちたものではなく、戦う覚悟を決めたものだ。

 ここにやってきたのは、守られるためだけではない――ここから先に犠牲になるかもしれない誰かを守るための戦いを、イリスはするためきた。


「わたしもいる」


 イリスに呼応するように、アリアも続く。

 アルタにとっては、イリスだけではきっと心もとないだろう。

 アリアもまた――イリスを守るための覚悟を持ってここにいる。

 だから、今はそれを受け入れる。二人で、アディルと戦うのだと。


「話は終わったか? もっとも、待ってやるつもりもないが。せめて一分くらいは楽しませてくれよ」

「一分、ね――」


 イリスの右手に、再び魔力が集約する。

 空間を裂いて現れたのは、紫色に輝く刀身を持つ一本の剣。


「その剣は……」


 アディルも気付いたようだ。

 剣の名前は《紫電》――ガルロ・ラインフェルの残したものである。


「今こそ、この剣の前で誓うわ。私は《剣聖姫》として、あなたを倒す」


 その宣言と共に、紫色の雷をイリスが身に纏う。

 アリアもまた剣を構える。二人で並んで、アディルの前に立った。

 アディルもまた、二人を見てにやりと笑う。


「ふっ、いいだろう。来いッ!」


 それが、開戦の合図となった。

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