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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第一章 《剣聖姫》護衛編
34/189

34.守りたい人

 ――その日、雨の日だったことは、今でも覚えている。

 知らない場所、知らない人。誰かが声を掛けてくれるわけでもない。

 少女には目的がなかった。

 ただ、言われるがままに生きてきたからだ。


「……」


 地面に座り込んで、空を見上げる。降り注ぐ雨粒を数える――まるで意味のない行為だ。

 そんな時、すぐ近くでパシャリと足音が鳴った。

 少女が視線を移す。

 そこに立っていたのは、ブロンドの長い髪の女性と、その女性にそっくりな少女。


「こんなところでどうしたの?大丈夫?」

「……」


 女性が心配そうに声を掛けたが、少女は答えない。

 その時、ブロンド髪の少女が駆け寄ってくる。

 自分が濡れるのも構わず、ブロンド髪の少女は傘を差し出して、


「私はイリス。あなたは?」


 優しげに微笑み、問いかけてきた。

 それが、かつて見た微笑みによく似ていて、少女は思わず口を開く。


「……わたしは、ノートリア」


 少女――ノートリアは答える。

 それが、まだアリアという名を持たぬ少女と、イリスの出会いだった。


   ***


 アリアは短刀を交差するように構える。イリスを狙う敵である《剣客衆》はアリアにとっても敵だ。

 そんなアリアの姿を見て、アディルが笑う。


「ふっ、《暗殺者》か。我々に対してその言葉を口にするとはな」

「あなた達を殺せばそれでおしまい、だよね?」

「さて、どうでしょう。私達以外にも《剣聖姫》を狙う者は――」

「ここにはいない。あなた達だけ」


 アリアがフィスの言葉を遮る。

 すでに周辺の確認はできている――イリスを狙っているのは、ここにいる二人だけだ。


「なるほど。索敵能力に優れている――まさに暗殺者だな」

「感心している場合ですか?」


 気付かれたというのに、焦る様子のない二人。

 少なくとも、完全に気配を消しきった状態でアリアの攻撃は防がれた。

 アディルとフィスの強さがアルタに近しいことは分かる。


(……でも、関係ない)


 二人を見据える。

 アディルの方は構えていない。

 アリアの攻撃を防いだのはフィスの方だ。

 フィスが手に持っているのは剣。鞘と柄はあるが、先ほど抜き去った剣には刀身がなかった。

 その正体についても、アリアは聞いている。問題は――それが見えるかどうかだ。


「仕方ありませんね。あなたを殺すのは無益ですが……残しておくと有害です。ゆえに、死んでもらいましょう」


 フィスが剣を抜いた。

 アリアは目を見開く。周囲を走るように伸びる糸を見るために。

 太陽光に反射して、わずかな輝きがアリアの目に入る。

 本命はそれではない――アリアはその場から跳躍して距離を取る。


「!」


 フィスが少し驚いた表情を見せる。

 アリアが回避したことに驚いているのだろう。

 糸状の刀身――見るだけではなく感知する必要はあるが、アリアにとっては得意な分野だ。

 先ほどまでアリアが立っていた屋上の一部が、突如崩れ去る。糸状の刃が切り刻んだのだろう。

 アリアは動きを止めない。追いかけるように糸が動く。短刀を投擲したところで、防がれるのは目に見えている。


(それなら……)


 建物の陰に隠れたところで、アリアは足元へと短刀を投げた。

 そこに現れたのは真っ黒な穴。短刀が中に入ると、今度はフィスの足元に穴が出現する。


「っ!」


 次の瞬間、アリアは驚きの表情を見せる。

 まるで死角からの攻撃が分かっているかのように、フィスが一歩後ろに下がった。

 二本の短刀はフィスの前を通り抜ける。空中に黒い穴が再び出現し、アリアが短刀を回収し、距離を置く。


(反応が早い。まるで未来でも見ているような――)

「逃がしませんよ」


 考える暇も与えてはくれない。

 アリアに対して再び、四方から糸が迫る。

 すぐに地面を蹴ってすり抜ける――だが、


「逃がさん。ここで時間をかけるつもりはないでな」

「……!」


 駆け出した先に、アディルが立ちはだかる。

 フィスの攻撃を避けるのに集中して反応が遅れた。


(避けられ、ない――)


 振り下ろされようとする大剣を防ごうと、アリアが短刀を構える。防ぎきれなければ確実に死ぬ。

 だが、アリアの短刀は守りに適していない。

 切り払うか、あるいはイチかバチか二本の短刀で受け切るか。どのみち、選択肢は限られた。


「終わりだ――!」


 瞬間、二人の間を雷撃が走る。

 アディルがすぐに反応し、後方に下がった。

 その魔法が誰のものか、アリアにはすぐ理解できた。アリアの前に降り立ったのは、ブロンドの髪の少女。

 アリアが守ろうとしていた――イリス本人だった。


「イリス――」

「どうしてこんな危ない真似するのよ!」


 名を呼ぶと、イリスがそれを遮って声を荒げる。

 ビクリとアリアの身体が震える。イリスの声で怒っているのが分かったからだ。

 けれど、イリスがすぐに息を大きく吐いて、


「……ごめんね。私が巻き込んだから」

「……違う。わたしが、イリスを守りたくて」

「分かってる。アリアの気持ちは……だから、無理はさせたくなかったのよ。でも、もう大丈夫」


 イリスの表情に迷いはない。今朝からずっと、アリアは感じ取っていた。

 いつも一緒にいるから分かる微妙な変化――どうやら、アルタと話して調子を取り戻したようだ。

 後方からもアルタがやってくるのが分かる。

 一人でも戦えると思っていた。けれど、どこか安堵していることに、アリアは気付く。


「――フィス、アルタ・シュヴァイツの相手は任せた。俺はこいつらを殺る」

「承知しました。御武運を」

「祈るな、俺には不要だ」


 二人の剣客衆がそれぞれ動き出す。

 フィスがアルタの方へと向かい、アディルがイリスとアリアの前に立ちはだかる。

 短刀を構えるアリアに対し、イリスがそれを制する。


「アリア、一度下がって先生と――」

「久しいな、イリス・ラインフェル」

「……え?」


 アディルの言葉を聞いて、イリスが動きを止める。

 何を言っているのか、すぐに理解できていないようだった。

 アリアにも、その言葉の真意は分からない。言葉だけで言えば、以前あったことがあるような言い方だった。

 アディルの方に視線を向けたイリスは、やがて何かに気付いたように口を開く。


「その声、は……」

「イリス……? どうしたの?」


 アリアの問いかけに、イリスは答えない。


「《剣聖姫》と呼ばれるほどになったのなら、父を超えることはできたか?」


 にやりと笑うアディル。

 イリスの表情が――怒りに満ちたものに変化していくのが、アリアにも分かった。

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