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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第一章 《剣聖姫》護衛編
33/189

33.断ち切る迷い

《フェンコール》区画の外れの方、丁度《蒼剣》が《剣客衆》によって倒された場所の近く。

 教会の他にも、古い建造物の多いここは一つの観光地としても知られる。

 作戦区域の人払いは朝方から騎士達が行っているが、それでも戦いとなればどうなるか分からない。

 朝食を終えた僕達はここを目的地として、目指していた。少なくとも、僕の近くにいるのはイリスとアリアの二人だけだ。

 高台のあるところで、ある程度周辺を見渡すことができる。

 アリアが少し離れたところで待機している。

 イリスが僕に話があるというのを聞いたのか、どうやら二人だけにしてくれているらしい。


「こっちの方ってあまり来たことないんですよね。先生はどうですか?」

「僕はたまに来ますよ。色々と回るのも仕事なので」

「やっぱり先生が仕事って言うのは、何となく違和感がありますね」

「見た目は子供ですからねー」

「見た目というか、子供ですよね?」

「おっとそうでした」


 僕がそう答えると、イリスがくすりと笑う。

 だが、イリスの表情はすぐに暗いものとなった。


「……ごめんなさい、話があるって言ったのに」

「構いませんよ。緊張は解しておいた方がいいですし」


 イリスのペースで話せばいい――そう思っていたが、イリスが少しずつ話を始める。


「緊張、しているように見えますか?」

「僕から見れば、そうですね」


 イリスの振る舞いはいつもと違うように僕は感じていた。

 それは私服の新鮮さと、普通に買い物などを楽しむ姿を初めて見たからだと思っていたが、どこか違う。

 落ち着かない感じがあったのは、朝からずっとだった。


「……私から提案したことなのに、たぶん私が一番怖がっているんです。だって、これから死ぬかもしれないんですよ」


 イリスが口にしたのは、そんな言葉。

 彼女は以前、囮を買って出たときに『命は惜しくない』と言っていた。

 もちろん、死にたくないと思うのは当たり前のことだ。

 言葉と心でそう思っていても、殺されそうになって喜んで死ぬ人間などそうそういないだろう。

 イリスが拳を握り締めて、話を続ける。


「アリアも巻き込んで、今日は私が一番しっかりしないといけないのに、ずっと不安なままなんです。私は《剣聖姫》なのに、敵に出会う前からこんなんじゃ……ダメなんです!」


 朝から――いや、イリスがずっと抱えていたことだろう。

 命を狙われるなんて、普通に生活していたらあり得ない。

 いつ敵がきてもおかしくない、そんな状況で平然としていられる人間の方が珍しい。

 イリスとて、例外ではなかった。


「私は、私を疑っています。本当に、強くなれるかって。《剣客衆》なんて私の敵じゃないって、はっきり言いたいけどできないんです……! どうしたら、先生みたいに強くなれるんですか……?」

「僕みたいに、ですか」

「はい。どうしても聞いておきたくて……」


 イリスが憧れるのは騎士であり、そして父を超えることを目標としている。

 けれど、イリスにとってその目標がいない状態なのだ。

 イリスがどんなことで迷っているかも、言葉にしてもらわなければ僕には分からなかった。

 相変わらず、人としては色々と足りない部分があると反省する。

 けれど、言葉にしてくれたら僕にだって伝えられることくらいある。


「僕みたいに強くなる必要なんてありませんよ」

「……え?」

「君が求める強さは、誰かを助けるための強さです。言葉にするのは簡単ですが、誰かを助けるための力というのは、ただ強ければいいというわけではありません」

「けど、強くならないと……」

「もちろん、僕の言うことは綺麗事に過ぎないかもしれませんね。人を守るためには相応に力が必要になる――けれど、今の君にそれがないとは思いません」


 イリスの前に立ち、僕は続ける。


「別に不安がっていたって構いません。君が勇気を出してここにいるんですから。何もせずに待っていることだってできた――けれど、君は戦うことを選んだ。それだって一つの強さです。無謀と勇気は違うものですが、少なくとも君が選んだ道は勇気のある道だと、僕は思いますよ」

「先生……」


 イリスの表情が明るくなる。

 今の状況で、少しでも彼女の心に余裕ができるのならいい。

 こんなこと、以前の僕なら言えなかったかもしれない。

 何せ、イリスのことを《剣聖姫》としてしか見ていなかったからだ。

 今は彼女の護衛であり、彼女の担任であり、そして剣の師でもある。

 こうしてみると、中々関わりは深くなりつつあった。


「必要があれば僕を頼ってくださいね。そのためにいるんですから」

「……ありがとうございます。でも、もう大丈夫です。弱気なこと言ってすみませんでした!」


 まだ僕を頼る、という選択肢は彼女にはないらしい。

 けれど、不安を口にしてくれただけでも前進した、というところだろう。


「さて、アリアさんも待たせていることですし――ん?」


 イリスとの話を終えて振り返ると、そこにアリアの姿はなかった。

 多少距離を置いても居場所くらいなら掴めるが、アリアの隠密能力は僕に対しても出し抜くことができるレベル。


「アリア……? 話ならもう終わったわ!」

「この状況でかくれんぼ、というわけではないでしょうし……」


 考えられることは一つ――僕の予想よりもさらに、アリアの索敵能力が高かったということ。


「まさか……!」


 イリスも気付いたようで、すぐに周囲を確認する。

 おそらく僕達のいる方向とは逆側に、アリアは向かったのだろう。

 イリスと共に、僕はアリアの後を追って駆け出した。


   ***


 二人の男女が、建物の陰に身を潜めていた。

 一人はアディル・グラッツ、もう一人はフィス・メーデン。

 残る《剣客衆》の二人組だ。


「まるで本当に遊んでいるようだな」

「ええ、間違いなく誘っていますね」


 アルタとイリスの姿を離れたところから見ていた。

 当然、二人にはそれが自分達を待っているのだと分かっている。


「誘っているのならば、そろそろ乗ってやるとするか。様子見するのも性に合わん」

「結局そうなるのですね。どのみち作戦などなかったのでしょう?」

「我々二人で《剣聖姫》を仕留める。それが目的であり作戦だ」

「ふふっ、とても分かりやすいです」


 アディルの言葉に笑みを浮かべるフィス。

 二人が動き出そうとした瞬間だった。


「待て、もう一人はどこに行った?」


 アディルは足を止める。

 アルタとイリスから少し離れたところに、一人の少女がいた。そのはずだったのだが、すでにそこに姿はない。

 決して目を離したつもりはない――にも関わらず、まるでその場から消えたかのように少女はいなくなったのだ。


「――」


 フィスが動く。

『刀身のない剣』を抜き去ると、アディルとフィス目掛けて投げられた二本の短刀が切り刻まれる。

 アディルの視線が、後方の建物の屋上へと向いた。


「剣聖姫に最年少騎士――なかなか面白い組み合わせに混ざっていると思っていたが……まさか我らを出し抜こうとするとはな。これは予想外だった」

「……おじさんとお姉さんがイリスを狙う《殺し屋》?」


 日の光に照らされて、輝いて見える髪と肌。

 まるで物怖じすることなく、二人を少女――アリアが見つめていた。

 まだ幼さの残る顔立ちをした少女が、これほど完璧に気配を消して近づいてきたという事実が、アディルとフィルを驚かせる。

 アルタとイリスだけではない――敵となりえる者が、ここにもう一人いる。


「何者です?」


 フィスが問いかける。

 二人を見下ろすようにして、アリアが懐から二本の『黒い短刀』を取り出し、


「《暗殺者》」


 アリアが構えて、そう言い放った。

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