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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第一章 《剣聖姫》護衛編
32/189

32.服屋での一時

「こういうのとかどうですかねー?」

「んー、先生の雰囲気的に明るい感じよりは落ち着いた方がよさそうなんですよね」

「え、先生?」

「あ、いや……ア、アルタ君の雰囲気に合いそうなものはもっと落ち着いた感じで!」


 店員とそんな話をしながら、イリスが慌てて誤魔化す。

 最初にやってきた服屋では、結局僕の私服を選ぶことになっていた。

 別に好きな服があるわけでもなく、イリスと店員が話しながら僕に合った服を探す、みたいな状況になっている。

 アリアはアリアで、僕に合った服を選んでくれたのだが、


「先生、これとかどう?」

「アリアさん、それ女の子用の服ですよ」


 がっつりワンピースだった。

 僕がそれを着るわけもないのだが、アリアはきょとんとした顔をして僕を見る。


「似合いそうだなって」

「あはは……できれば男物で探してきてほしいですね」

「わたし女の子だから……」

「いや、それはそうですけどね」


 女の子だから女物しか分からない、ということだろうか。

 アリアの服装からすると、むしろあまり女物に詳しいという雰囲気はないし、そもそも興味もなさそうだ。

 それに似合う似合わないの話で言えば、ひょっとしたら似合うのかもしれないが――いや、そんなことはあまり考えたくはない。


「先生、次はこういうのとかどうですか?」


 今度はイリスが店員と選んだ服を持ってくる。

 さすがに二人で選んだだけあってまともな感じのシャツだった。

 それに合わせて、ズボンも選んでくれている。


「よし、それでいきましょう」

「先生、あまり見てないですよね?」

「そんなことないですよ。イリスさんが選んでくれた物ですから。きちんと見て、素直に喜んでます」

「……っ、そ、そうですか? じゃあ、サイズも合っていますし、これ買ってきますね」


 そそくさとイリスが会計に向かう。

 普段のイリスを見ていると、こういう反応は少し新鮮――


(……でもないか)


 思えば、イリスに稽古をつけると最初に約束をした後の剣術の授業でも、そわそわとしていたことを思い出す。

 最初こそ、真面目な印象を受けるイリスだったが、こうして思い返してみると普通に女の子らしい一面の方が多く見える気がする。

 元々、そういう気質があるのかもしれない。

 ただ、クラスメートからも『イリス様』と呼ばれるように、彼女はそういうイメージを多くの者から持たれているに違いない。

 実際、王国最強と名高い《剣聖姫》と人々から呼ばれているのがその最たる例だろう。

 始まりは、剣術大会での優勝から――イリスがたとえば、ただの平民であったのなら将来を期待される剣士という形であったのかもしれない。

 それが四大貴族の、それも騎士団長の娘という立場にあったのだ。

 騎士として期待する以上に、イリスは貴族として《王》になることを期待されている。

 ……そういう意味では、今日という日はイリスにとって羽を伸ばす機会になっているのかもしれない。


(これが作戦の日でなければもっと良かったのかもしれないけどね)


 そう思ったところで、現状僕にできることはイリスを守ること。

《剣客衆》を倒し、後はイリスを狙っている者を捕まえる――それが、イリスを守る上で必要なことだ。


(そこについては団長に期待するとして……)

「先生」


 くいっと僕の袖を引っ張るようにして、アリアが傍に立っていた。


「アリアさん? どうかしましたか?」

「イリスの選んだ服で喜ぶのは当然として、わたしの服はどうしてダメなの?」

「……いや、前提が違いますからね」


 今度は何故か猫耳フード付きのローブという特殊嗜好な服を持ってきた。

 さすがに何か出し物で着るくらいならまだしも、普段着でそれを着ることはないだろう。

 イリス以上に、アリアは感覚がズレている気がする。

 アリアもまたラインフェル家に世話になっている身だと言っていた。

 そういう意味だと、彼女も貴族らしい生活を送っているということだろうか。

 ……さすがに、そういう雰囲気は感じられないが。


「アリアさんはイリスさんと仲がいいですよね」

「うん、仲いいよ。わたしはイリスのこと大事に思ってる」


 包み隠すことなくはっきりと答えるアリア。

 イリスを狙っている相手については、アリアも知っている――相手の実力が、相当に高いということも。危険を承知の上で、僕とイリスについてきたのだ。

 それだけ、イリスのことを大切に考えているのだろう。


「先生は、イリスのこと大事に思ってる?」

「僕は――そうですね。騎士として、イリスさんを守るつもりです」

「そうじゃなくて」

「……では、師として」

「そうでもない」


 ……二つとも否定されてしまった。

 騎士としてでもなく、師としてでもない。

 そうなると、残るは講師としてくらいしかないわけだが、それも違う気がする。


「――わたしは、イリスだから守る。そこがたぶん、先生とは違うところ」

「……なるほど、そういうことですか」


 アリアの言いたいことが分かった。

 そもそも、僕とは根本的な考えが違っている。

 確かに、僕は言ってしまえば騎士としてイリスを守る立場にある。それ以上でもそれ以下でもない。


「先生も、イリスを守るならそうして」

「イリスさんだから守る、ですか」

「そう。イリスは、わたしも先生も――全部ひっくるめて守りたいと思ってる。そういう子だから、わたしは心配してる。だから、わたしが守らないといけないって思った。けど、先生はもう二回もイリスを守るために戦ってるんだよね? なら、先生もわたしと同じことができるよ。先生はイリスよりも、わたしよりも強いんだから」


 アリアがそう言い残して、その場を去っていく。

 ここまでしっかりと話すアリアは見たことがなかった。普段から口数が少ないように見えるが、イリスのためとなると喋れるようになるのか。

 アリアがわざわざ僕に言ってきたのは、彼女なりにイリスのことを思ってのことだろう。普段通りのように見えて、内心ではイリスのことを相当心配しているのかもしれない。


(イリスさんを守るならしっかり、気を引き締めろってことかな。確かに、目的地はあくまで僕が決めた地点だ。敵はいつやってきてもおかしくはない)


 僕も決して警戒していないわけではない。

 必要とあれば、イリスだけを守り抜くことはできるだろうという自信はある。

 それはつまり、アリアのことは護衛の対象には入れていないということ。

 アリアの言葉には、「イリスだけは必ず守るように」という言葉の意味が含まれていた。

 学生という身分で、そこまでイリスのことを考えているのだ。


(……そういうところは、僕も少しは見習った方がいいかもね。ただ強いだけでは、何も意味もなさないんだから――)

「あれ、アリアはどこに?」

「選んだ服を戻しに行きましたよ」


 会計を終えたイリスが戻って来る。

 手に持った紙袋を僕は受け取ると、


「服の方、ありがとうございます。いくらでしたか?」

「え、これくらい大丈夫ですよ」

「ダメですよ。仮にも僕は君の講師――生徒にたかるわけにはいきません」


 お金については大事に貯めている僕だけど、それくらいのプライドはある。

 ……まあ、色々と仕事を手伝ってくれると言えば誘惑に負けそうなこともあるけれど。

 一先ずお金を渡して、話を続ける。


「それより、次はどこに向かいましょうか」

「朝食を食べていないならどこかお店に入って、それで目的地を目指す。……というのはどうでしょうか?」

「そうですね。僕は食べていないので、二人も食べていないのならそれでいいと思います。いい感じの時間になると思いますしね」

「では、アリアに伝えてきますね!」

「ああ、僕も行きますよ。ここからは極力離れないようにしましょう」

「確かに今は作戦中、ですしね」


 思い出したようにイリスが言う。

 服を選んでいる時は普通に楽しんでいたようだ。

 僕自身、店の中だけでなくある程度離れたところでもイリスを守れる自信はあったし、イリスにも身を守れるだけの実力があると思っている。

 だが、イリスを守るのならば、少なくとも僕は近くにいなければならない――アリアの言葉に対して応えるとすれば、こういうところだろう。


(生徒の頼みだから聞く……何とも講師らしいような、らしくないような……)

「あ、それと先生。朝食の後、少しお時間いただいてもいいですか?」

「それはもちろん構いませんが」

「ありがとうございますっ」


 どうやらイリスからも、何か僕に言いたいことがあるみたいだ。

 ここで話さないということは他人に聞かれたくはないことか。

 そうして、僕達は服屋で買い物を終えて朝食を取りに向かう。

 色々と見て回るようで、気が付けば目的地の方へと真っすぐ向かい始めていた。

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