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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第一章 《剣聖姫》護衛編
31/189

31.安息日

 一週間という時はあっという間に過ぎ去った。

 特に代わり映えすることもなく、僕は講師の仕事に加えイリスとアリアに剣を教えた。

 もっとも、彼女達は元々の実力が高い。

 三日もすれば、僕の剣術をある程度受けられるレベルにはなっていた。

 もちろん、イリスとアリアの強さが完成に至る必要はないし、この短時間でそうなるとは思っていない。

 必要なのは、最低限《剣客衆》を相手にしても身を守れるだけの力だ。


(さて、そろそろ時間かな)


 僕は学園の裏門の方で、イリスを待っていた。

 さすがに女子寮の前で待つのは目立ちすぎるということで、ひっそりと人気の少ない方から外へと抜けることにする。

 安息日というだけあって、学園の周辺には生徒も出てくることだろう。

 早めの時間から、学園周辺は離れることにする。

 しばらくすると、イリスが駆け足でやってくる。


「お待たせしましたっ」

「急いでないですから、大丈夫ですよ。それにしても、私服姿というのは中々新鮮ですね」

「……へ、変ですか?」


 僕の言葉に、イリスが心配そうに尋ねる。

 長めの髪を後ろで結い、ベージュ色をベースとした落ち着いた雰囲気の服装をしている。

 学園の制服など着崩す者が多い中、イリスはいつも真面目に着こなしている。普段着にも、その様相がよく出ていた。


「いえ、とてもお似合いですよ」

「あ、ありがとうございます」


 少し頬を赤く染めて、そんな風に答えるイリス。

 ……まるで、これから本当にデートでも行くような雰囲気さえあった。

 あくまでそれは作戦であり、これから僕とイリスはデートを装って《剣客衆》を誘き出すわけだけど。


「シュヴァイツ先生は……いつも通りの服装ですね」

「僕は騎士の正装か講師用の仕事着しか持ってないですからね」

「え、それだと少なくないですか?」

「困ったことはありませんよ、仕事人間なので」


 もちろん、僕は偽りの仕事人間だ。元々、お金を稼いで早くからドロップアウトすることが僕の目標なのだから。

 随分と、目標から遠ざかった状況になってしまっているような気もするけれど。

 何せ、最近では講師職や剣術を教えることに少し楽しささえ覚えてしまっている。


(《剣聖》クラスとマンツーマン授業、とかやったら実は儲かるとか……さすがにやらないけど)

 

 自分から《剣聖》を名乗るなど、それこそやるようなことではない。


「あの、先生?」

「ああ、すみません。そろそろ行きましょうか。その前にアリアさんは――」

「ここ」


 ひょいっとイリスの後ろから顔を出したのはアリアだった。

 完全にイリスの背後に隠れて気配を消していた。相変わらず、神出鬼没という言葉がよく似合う。

 アリアの服装は黒を基調としていて、比較的サイズはゆったりとしている。

 だが、動くたびに金属が擦れるような音がわずかに聞こえる。

 袖の中やゆとりのある服の中に何か隠しているのはよく分かった。


「先生おはよう。早速だけど行こっか」

「ちょ、ちょっとアリア! あなたは後方支援っていう立場でしょ!?」


 イリスが驚きの声を上げる。

 多人数で行動しては、当然敵にも気付かれてしまう。

 可能な限り少数で行動するために、本来ならば僕とイリスの二人だけで誘き寄せるつもりだった。

 そこにアリアも作戦に加えるとなると、やはり離れたところから様子を見てもらう――そういうポジションであるべきだったのだが、


「イリスを守るなら傍にいないと」

「気持ちは嬉しいけど……」

「いいよね、先生?」


 ずいっ、とアリアが僕の前に立つ。

 試合の要求や剣術の稽古も含めて、アリアは割と強引なところがあった。

 もちろん、友人であるイリスのことを心配する彼女の気持ちは理解できる。

 それに、はっきり言ってしまえば三人程度ならあまり変わりはない。大所帯で行動しているわけではないのだから。

 まあ、護衛対象のイリスだけでなく、アリアをいざという時は守らないといけないことにはなるが。


(……離れて交戦、そうなるよりは実際いいかな)

「分かりました。三人でも問題ないと言えば問題ないでしすね」

「え、ええ……!?」

「三人デート」


 困惑するイリスをよそに、他人に聞かれるとまずい言葉を平気で口にするアリア。

 僕も別に講師という立場ではあるが、それ以前にまだ十二歳の子供。

 傍から見れば三人姉弟のように見えなくもない、かもしれない。


「一応、離れたところに数人の騎士が待機はしていますが、彼らはあくまで交戦となった場合の周囲の安全確保を先決にしてもらうことになっています。この作戦では、基本的には僕とイリスさん、それにアリアさんを加えた三人だけということを念頭に置いてください」

「……分かりました。アリア、危険だと思ったらすぐに下がるのよ? 剣客衆の狙いは私なんだから」

「それが分かってて下がるなんてあり得ない。イリスを狙う奴らはわたしがぶっ倒す」

「アリアさんは頼もしいですね。ですが、無茶だけはしないようにお願いします。もちろん、僕は二人を全力で守る――いえ、二人と協力して戦うつもりですが、たったの一撃で命を落とす可能性だってある世界ですから」


 アズマやフォルトとの戦いも、一つ間違えば致命傷を受けることだってあり得た。

 そうはならないように立ち回るつもりだけど、実際に戦いとなると何が起こるか分からない。

 着地の時に足を滑らせるだとか、体調次第で反応が遅れるだとか――そんな些細な出来事で命を落としてしまうのが、戦いというものだ。

 敗北の後には、後悔をする時間だってないことも多い。


「もちろん、それは分かっているつもりです。私も、そうなるつもりはありませんから」


 先ほどとは打って変わって、真剣な表情で答えるイリス。

 切り替えも早くできるのがイリスの良いところだろう――けれど、彼女の言葉にはどこか重みがあった。

 まるで、以前そういう経験をしたような感じがある。

 ……あるとすれば、イリスの父の死に関わることか。

 少し気になるところではあるけれど、今は聞かない方がいいだろう。

 下手なことを聞いて、イリスの集中を乱してしまうわけにもいかない。


「それで、これからどこに行くの?」

「そうですね。最終的な目的地は決まっていますが、いきなりそこを目指すと明らかに怪しさが満点なので、多少は寄り道をしつつそこを目指します。その間の予定については――別に決めてないので、二人の好きなところで構いませんよ」

「え、そういう感じなんですか……?」

「あくまで自然体で、そういう意味でのデートという言葉だったわけですが、三人で行くので普通に遊びに行く感じですかね。僕はそういうのに疎いので」

「先生、一番年下なのにね」

「あはは、まったくその通りですが、申し訳ないですね」


 僕は普段から仕事ばかりの毎日を送っている。

 趣味と言えば身体を鍛えることや鍛錬――これは前世から変わっていない。

 ただ、最近ではだらりと休日を過ごすことも多い。

 いずれはハマれる趣味でも見つけていきたいところだ。


「そういうことなら……一先ず先生の服でも買いに行きませんか? 仕事着しかないっていうお話ですし」

「僕基準である必要はないんですが……でも、服屋というのはいいチョイスかもしれませんね」

「じゃあ、最初は服屋にゴー」


 アリアが先導するように前を行く。

 いかにも安息日の過ごし方という感じがする。

 これから戦いに赴くことになるのだけれど、その前の最後の息抜きには丁度いいかもしれない。


「アリア、服屋の場所分かっているの?」

「んー、適当にいけばあるよね」

「何ともアリアさんらしい店の選び方ですね」


 イリスと並んで、先を行くアリアの後ろを歩き始めた。

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